第25話 幼馴染で恋人で従者で 純愛END


「うーん……」


 太陽の光が差し込んでくる。

 もぞもぞとベッドから起き上がった。

 軽い倦怠感けんたいかんを振り払うように背伸びをする。

 隣で寝ている最愛の人を起こさないように、そっと寝室を後にした。



 昨日は激しかった。

 お互い初めての夜だったが、最初からアレだと今後が大変そうだ。

 それは悩ましくもあり、楽しみでもある。いや、嬉しさが圧倒的にまさっている。 ずっとこうなることを夢見てきたのだから。


 最愛の人、そうアイナは、意外にもエッチな娘だった。

 村にいた時から、ひとりでなぐさめていたらしい。

 今思えば、夜にアイナに会うと、妙に色っぽい時があった。息遣いが荒く、頬は上気じょうきし、なまめかしい姿。

 そんなアイナにドキドキしながら、平静をたもつのに苦労していた。


 俺もアイナも、こんな状況でよく耐えたと思う。

 勇者としての使命。従者の必要性。従者にするために性行為が必要だというさだめ。

 もし、あのままだったら、いずれはお互いに割り切るしかなかったと思う。

 でも例えそうだったとしても、俺たちの関係が壊れることは決してありえない。

 間違いなくそう言える。まあ、今となっては必要のない覚悟だが。







 日課の訓練を終える。

 とはいっても、5日振りだった。しかもこの訓練場は女勇者用の方。だから、ここに来るのは今日が初めて。施設の構造自体は同じだったから問題は無いが。


「いずれここに来ると思っておりました。お久しぶりです」


 後ろを振り返ると、クラエアがいた。


「クラエア!? どうしてここに?」


「ここに来れば、カズト様に会えると思って……」


 俺がは、いつも訓練場に来てくれていた。

 短い間だったけど、クラエアには本当にお世話になった。


「もう『様』はいらないよ。それにここは女勇者用の訓練場だ。よく俺がここにいると分かったね」


「貴方が勇者の資格を失ったのなら、いずれここに来ると思ってましたから……。先程の訓練のご様子だと―――疑似神核を手に入れたのですね?」


「―――そうだよ。俺はアイナの従者になった」


 それを聞いて、クラエアはそっと目を閉じる。

 クラエアの表情からその感情は読み取れないが、穏やかな様子だった。


「そうですか……。おめでとうございます」


「ありがとう。勇者失格だけど、現状に満足しているよ。皆には悪いけどね」


「そんなことはありませんよ。勇者でなくとも、従者として厄災に立ち向かうのですから、文句は


 その言い回しを聞いて、いろいろとさっするところがあった。


 おそらく、クラエアが裏で手を回してくれたのだろう。


 自ら放棄して神核を失った俺は、都市側から処罰される可能性があった。

 もう勇者でないのだから、立場が悪くなるどころの話ではない。裏切り者、反逆者、そんな烙印らくいんを押されてしまってもおかしくはない。


 でも、都市に帰ってきてからの数日間、都市側からは事情聴取こそあったが、明確な処罰は無かった。それどころか、勇者地区から追い出されることもなく、アイナとずっと一緒にいることも許されていた。



「―――そうか。いろいろと手を尽くしてくれていたみたいだね。本当にありがとう」


「気にしないで下さい。貴方の役に立つことが私の願いでしたから……」


「それで、クラエアは今後はどうするの?」


 従者候補者だったクラエア。特に、俺の従者になりたいとおりに触れて言っていた。


「それを貴方が聞くのですか? いじわるですね」


「ご、ごめん。そんなつもりじゃ―――」


「冗談ですよ。実は、私……従者になるのはあきらめました」


「そうなの? でも、いいのかい。ベーゼルグスト家の悲願なのかと……」


 クラエアは5大貴族ベーゼルグスト家の令嬢。勇者アーガルムの従者だった者の家系。そのことから、新たな勇者の従者になることが求められていたはず。


「ベーゼルグスト家に連なる者としての使はあります。ですが、その使命を果たすために従者になることは必須ではないのです。ですから、今後は使に注力します」


「そうだったのか」


「はい。従者になることは、家の目的ではなく、私の夢だっただけです……。これからはベーゼルグスト家の者として勇者様に接することになります。今後は以前とは異なり、男勇者だけでなく女勇者の方とも交流しますので、アイナ様ともお話をする機会があると思いますよ。だから、またよろしくお願いしますね」


「こちらこそよろしく、クラエアと今後も会えるようで嬉しいよ」


 これからもえんがあるようでよかった。次会う時はアイナにも紹介しよう。


「―――まったく、この人は鈍感過ぎよ。アイナ様も大変ね」


「ん、何か言った? 声が小さくて聞き取れなかった」


「なんでもありません! それよりも、シラソバから伝言があります。『カズト様のお陰でいろいろと吹っ切れた。ありがとう』ですって。もう武者修行の旅に出られましたよ」


 シラソバが旅に出た!? あれ以来会ってなかったのだが……。


「そ、そうなのか……。別れの挨拶もできなかったな」


「そういうのは嫌だったみたいです。決心がにぶるからって。でも、大丈夫ですよ。シラソバは強い人ですし、きちんと心の整理はついていたみたいですから」


「なら、よかった。またいつか会えるかもしれない。その時にがっかりされないように俺も頑張るよ」


「ええ。それでは今日はこれで失礼します。また会いましょう」


「ああ、今度会う時はアイナを紹介するよ」


「はい、楽しみにしています」


 クラエアが去っていく。

 そんなクラエアの後ろ姿と、今頃どこかで剣の修行に明け暮れているであろうシラソバに、俺は心から感謝していた。







 クラエアと別れて、俺は浴場にいた。


 前世の記憶が戻ったせいか、お風呂文化が身体に定着している。

 訓練程度では汗らしい汗もかかないが、それでもお湯にかってさっぱりとしたい衝動はある。

 この時間だと湯舟ゆぶねを独占できるのも最高だった。


「はぁ~。一人風呂って最高だなぁ~」


「そう? 邪魔だった?」


「はっ、ええっ!?」


 ひとごとだったのに、反応があって驚く。


 目の前には―――カコがいた。


 いつの間にか居たらしいカコは、こちらの様子を気にもせずに湯舟に入ってくる。


「ちょ、ちょっと、待って! こっちは男湯だったよな?」


「うん、合ってる」


「そうか……。いや、そうじゃなくて! なら、なんでこっちにカコがいるんだよ」


「カズトが入っていくのが見えたから」


「いや、意味分からない。女湯の方に行ってよ」


「いいじゃん。昔はよく一緒に入っていたでしょ」


「それは、昔だろ! 今は―――」


「やっぱり。前世の記憶が戻ったんだ」


 あ……、しまった……。カマを掛けられたらしい。

 この世界では、カコとは村で少し会話したことがあるくらい。その頃のカコは気弱な女の子という印象しかなかった。

 でも俺はそれ以外のカコを知っている。幼馴染として一緒に過ごしていた前世の彼女を。


「―――なんで分かったの?」


「さぁ? どうしてでしょうね」


「…………」


「でも……、戻ったのは記憶だけなのよね? 前世の和徒かずとじゃない」


 湯舟の中で、カコの小柄な身体がピタリとくっついてくる。

 細くしなやかな身体。全体的にまだ成長途中の幼い身体つきだ。だが、着やせするタイプなのか、胸の主張はしっかりとあった。

 どことなくギャップを感じるのは、前世の結城ゆうき華古かこと比べて―――。

 いや、やめておこう。その記憶は思い出さなくていい。カコに失礼だ。



「ああ、俺は俺だよ。二階堂にかいどう和徒かずとじゃない」


「よかった。それならいいの」


 カコが正面から抱き着いてくる。お互い、お湯の中で座ったまま。

 カコの冷えた身体がこちらに伝わってきて、思わずぎゅっと抱きしめたくなる。


 前世の記憶がある今なら分かる。俺とカコの間には、切っても切り離すことができないがあることを。あるいは、切り離せないか。


 でも―――。


 俺は振り払うようにカコを引きがす。


「カコ。俺はアイナの従者だ。やめてくれ」


「うん、感じてるよ。アイナにしてはかなり強力な疑似神核ね。嬉しい?」


 俺はうなづくことができなかった。

 なぜなら、知ってしまっているから。あの瞬間まで自分にあった、強大な神核を。

 だから、どうしても比べてしまう……。


「じゃあさ……。試してみない? わたしの疑似神核。カズトとわたしなら間違いなくすごくなるわよ。少なくてもアイナなんかよりはずっと」


 そう言うと、カコが顔を寄せてくる。

 あと少しで唇が触れ合いそうになる瞬間、もう一度押し返しす。


「断る。俺は、アイナの従者がいい」


「そう……。本当に和徒かずとじゃないんだね……。よかったわ」


 カコは立ち上がり、去っていこうとする。

 去りぎわに一度だけ振り返り、こちらを向いた。

 その目には涙を浮かべていたが、すぐに向き直ると、今度は振り返らずに去って行った。


 前世の華古かこ和徒かずとにどういう感情を抱いていたのか、和徒かずとの記憶からは読み取れなかった。

 そして、今のカコが俺に対してどういう感情を持っているのかも分からない。


 だけど間違いなく言えることは、俺が愛しているのはアイナだ。

 そして、俺は和徒かずとでは無いということ。







 部屋に戻ると、アイナはまだ寝ていた。


 寝ているアイナに近寄り、ベッドサイドに腰を下ろす。

 神秘的なまでに整った顔立ちのアイナは、寝顔まで幻想的なほどに美しかった。

 目に少しかかっていた黒髪をさっとかき分ける。その手触りに魅了されて、ついつい同じ動作を繰り返してしまった。


「ん……んん?……」


 切れ長の目がそっと開いて、半開はんびらきのままこちらを見つめる。

 まだ寝ぼけているアイナも可愛らしかった。


「カズト……」


「おはよう、アイナ」


 アイナは寝たままの態勢で腕を広げて、こちらをジッと見てくる。


「ん」


「なに……?」


「抱っこ」


「…………」


「早くして」


 甘えた様子がつい可笑おかしくて、いじわるしてしまう。


「…………」


「ねえ」


「…………」


「ねえってば」


「…………」


「―――カズトの疑似神核、消すよ?」


 無視できずに笑いだしてしまった。

 どうせ疑似神核を消しても、すぐに付与してもらうから意味ないのに。

 むしろ、そうなるのを望んでいるのか。


「ごめん、ごめん。今起こすよ」


「わかればよろしい」


「はいはい」


 アイナを抱き起こしてソファーに座らせる。

 昨日は、行為後にすぐ寝たようで、裸のままだった。

 よく見ると、ベッドがひどいことになっている。初めてだったから仕方ないが、後でシーツを交換する必要がある。


「あー、汗でべとべとする。お風呂いこっかな。ねぇ、連れてって」


 また抱っこして、と催促される。


「甘えん坊だな」


「いいでしょ、久々に2人になれたんだから」


「そうだな、俺の勇者様」


「うん、それいいわね! じゃあ、特別に一緒にお風呂に入らせてあげる」


「それご褒美なの? 今まで散々一緒に入ってきただろ」


「大きくなってからは無かったでしょう。大人になってから美しい女性と一緒に入るなんて、男の夢じゃない。そんな経験ないでしょ?」


 さっきまでカコと風呂にいたとは、口が裂けても言えないな……。


「あー、そうだな、うん……」


「は? あるの??」


「い、いや、ないよ」


「…………」


「あ、えっと、でも、浴場は男女別だろ。一緒には入れないよ」


「いいじゃん。他の人も結構無視してるよ」


「他の男にアイナの裸は見せたくないなぁ」


「じゃあ、女湯の方で」


「…………」


「へぇ~。そっちならいいかって思ったでしょ? 他の女勇者の裸、見たいんだ?」


「何も言ってないだろ」


「ふーん……。まあいいわ。先にご飯食べに行こう。とりあえず、身体をいて」


「そこにお湯とタオルあるよ」


いて」


「自分でやりなよ」


「カズトが汚したんでしょ。ちゃんと責任取って綺麗にして」


「―――わかったよ」


 この様子だと、当分の間は甘えん坊モードだな。

 そんなアイナにあきれるどころか、むしろ嬉しくなってしまう自分がいた。







 アイナと2人で食堂に向かい、朝食をとっていると、見たこと無い女性が入ってきた。そして、こちらに気づくと声を掛けてくる。


「アイナ、そっちも無事だったようね。お疲れ様」


「ハルローゼ! 帰ってきてたの? いつ?」


「昨日の深夜にね」


 勇者ハルローゼ。アイナと共にユーメィたちの捜索に向かった人物。

 現地では会わずに帰還したため、俺が会うのは初めてだった。

 紫色の長い髪が特徴の美女。彫刻のような綺麗な肌に、妖艶ようえんな色気。気の強そうな口調と、整っているが冷めた目つきが神々こうごうしさを感じさせる。

 さらに驚くべきは、その存在感。圧倒的なまでの神核の力強さ。あのショウすら超えている。先程のカコも凄かったが、ハルローゼは比じゃなかった。


 また、だからだろうか、どこかクラエアに似ているなとも思った。



「領主にはもう報告が終わっているのだけど、アイナとも話しておきたくて――― 少し時間を貰ってもいいかしら?」


「ええ、もちろん。そちらの話も聞かせて」



 ――――――――――――――――――――


 そうしてお互いの情報を交換した。


 こちらは、ユーメィを連れて帰還した際の出来事を話す。

 ユーメィは治療中で、フェイクトがつきっきりで看病している。

 それ以外で特に質問が多かったのが、帰り道に突然現れた『奇妙な女性』。

 あれは亜人側の神ではないか、という推測がなされたが、確証はない。

 俺が二階堂にかいどう和徒かずとを完全に封印した時は、そのまま気を失ってしまったからその後が分からない。どうやら、あの場にいた他のメンバーも気を失ってしまったらしく、全員が目を覚ました頃には、姿を消していた。

 あれは何だったのか? 目的は? 依然として分からずじまいのままだった。


 ハルローゼからの情報は、「偽ゴブリン」と名付けた亜人をひたすら狩ったということ。これで亜人の神の力を大分たいぶぐことができたらしい。

 肝心の亜人の神には会えなかったらしく、まだ存在しているようだ。

 ショウはそれを倒すためにまだ樹海に残っている。

 さらに、反転したリズベットをらしい。その際に、ハルローゼの従者が1名犠牲になったが。


 これでミランダとリズベットという2人の勇者の死亡が確定した。

 俺も含めれば、『31人の勇者』の内、3人が減ったことになる。



 ――――――――――――――――――――



 一通りの情報交換が終わると、今度は俺の話になった。


「それで……アイナ。その人は誰?」


「よく聞いてくれたわ。彼は私の従者よ。名前はカズト」


「へっ? アイナに従者?」


「うん。いいでしょう」


「フェイクトみたいな偽装じゃなくて?」


「うん、正式な従者」


 どうやらハルローゼは事情を知っているようだ。

 本当はフェイクトがアイナの従者じゃなかったと。

 だからこそ、ハルローゼは目を丸くして驚いていた。


「そ、そう。まあ、よかったわ……。おめでとう、アイナ」


「ありがとう、ハルローゼ。これで心配かけずに済むわ。それと、ユーメィのことは任せて。つぐないにはならないけど、これからは私たちが全力で支えるから」


「そう……。なんだか―――随分ずいぶんと変わったわね、アイナ」


「そうかな。だとしたらカズトのおかげよ」


 満面の笑みで俺を見るアイナ。こちらも笑顔で返す。


「―――これからは仲良くしていけそうかしら」


「もちろん。ハルローゼには負けないんだから」


「たった一人の従者を得たくらいで調子に乗らないの」


「カズトだけで十分よ! ねー、カズト」


「ははっ、そうだな俺の最高の勇者様」


「うふふっ、カズトだって、最高の従者よ。いいえ、最高の幼馴染で恋人で従者よ! 愛しているわ、カズト」


「俺もだよ。アイナは最高の幼馴染で恋人で勇者だ! 愛している、アイナ」



 そんな俺たちを見て、ため息をつきながらボソリとハルローゼが言う。


「―――やっぱり、アイナのこと嫌いかも」


 そう言うハルローゼは、あきれながらも笑顔だった。





 ― ルートA 純愛END 完 ―


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