第20話 勇者奪還作戦 4 ―ハルローゼ視点―
カゲムネの案内で、洞窟の奥へと向かう。
その足取りは、優雅に、華麗に、堂々と。
慎重にビクビクしながら進むなんて、
私の中の神核を意識する。
神核とは、形の無いモノ。概念上の存在。
でも、確実にある。ここには無いけど、常に私に
神核の所在を具体的には表現しづらい。言うなれば、別の次元に存在している。
この世界と接しているもう一つの世界。名づけるなら、裏の世界。
この世界とは
この解釈は、わたし
―――だから、これができるのは、たぶん私だけ。
洞窟の奥から、偽ゴブリンが現れた。距離は20mは離れている。
目を
心臓の少し上……首の付け根……鎖骨の中央……。そこに設定する。
裏の世界に存在する、偽ゴブリンの核。
右腕をおもむろに前に突き出す。手は
私の力に、距離は関係ない。次元も超える。ただ、設定し、あると
―――
周りからは、突き出した手のひらを閉じただけ、手をパーからグーに動かしただけに見えるだろう。
―――でも、実際は違う。遠く離れた偽ゴブリンの核を握り潰した。
偽ゴブリンが倒れる。外傷は無い、でも魂も無い。一瞬苦しんだような表情だけが、この偽ゴブリンの死を物語っていた。
「お見事です、ハルローゼ様。まだ神核を得てから3ヶ月程度でこれほどとは……。いやはや、
サルナーの賞賛を無視して、私は偽ゴブリンの死体に近づき、蹴り飛ばした。
遠くの壁にぶつかり、原型を
この程度じゃあ気が済まない……。
「ハルローゼ……」
ヨハンが、こちらを
「なに? 従者ヨハン」
私が睨みつけると、ヨハンはビクリとして、伸ばしかけた手を引っ込めた。
「失礼しました、ハルローゼ様。急ぎましょう……」
「―――ええ、そうね……」
さらに奥へと進むと、
道中、何度か偽ゴブリンを握り潰した。
その後で死体を徹底的に破壊するたびにヨハンから心配そうな眼を向けられたが、すべて無視している。
大丈夫。怒りに身を任せても、怒りに
だから、そんな目で見ないで……。
「ハルローゼ様。中央の道はまだ奥まで続くようですが気配はありません。左の道にはユーメィ様が囚われており、今のところ安全です。右には……」
カゲムネが言いよどむ。右の道に行くなら、覚悟がいりそうね。
「では、フェイクトとサルナーは左に行き、ユーメィを救いなさい。救出後はそのまま脱出を最優先で。カゲムネはリズベットを探しなさい。それと、中央の道がどこに繋がっているのか知っておきたい。そして、私とヨハンは右へ行くわ」
指示を出すと、フェイクトは
ヨハンを
血の匂いが濃くなっていく。
自身の破壊衝動が治まらない。目に付くモノすべてを―――ブチ壊シタクナル。
この先に何があるのか、想像できた。理解した。否応なく
でも―――その予想は、甘かった。現実は想像の上を行く。
広間に着いた。
視界に入る偽ゴブリンの群れ。数は7体。
すべての偽ゴブリンを視界に収め、手を突き出し、即座に握る。
倒れ伏す7体のゴミを無視して、正面にある祭壇らしきものにたどり着く。
私は祭壇に捧げられているモノを力なく
薄汚れた血まみれの身体のパーツ。元は彫刻のように美しかったはず。私のように。
胴体には穴が空いていた。中から臓物が引き抜かれている。
首から上は原型を留めていなかった。判別できるのは茶色いチヂレ毛。それが赤色に染められていた。
「―――ミランダ」
髪の特徴から、そう判断した。残念だけど間違いない。
「ミランダ様……。まさか、勇者様がこんなことに……」
ヨハンが口を手で押さえながら
ミランダとは、あまり親交が無かった。彼女については、気の弱い印象しかない。
私が従者選びに没頭していたこともあり、話し掛けもしなかったし、話し掛けられもしなかった。
だからたいして思い入れもない……はずだったのに……。
こうなる可能性も考えていた。覚悟しての捜索だった……でも―――。
感情を失って立ち
―――そこで、ある事に気づく。
「待って……。これ……、生きて、る……?」
「!? た、たしかに……バカな―――」
ミランダだったモノから神核の鼓動を感じる。
かすかに……ほんの
ミランダの身体に触れる。心臓は潰れて動いていないのに、まだ死んでいない。
身体の機能は停止しているのに、まだ死ねていない。
『こ……して……、コロ……シテ……、お……がい……コロシ……テ……』
頭の中で声が響く。
ミランダの悲痛な叫びが、神核を通して私に伝わってくる。
「う、そ……。まだ死ねないの……? 勇者は、神核保有者は、こんな状態でもまだ死ぬことができないの!!」
自分でも気づかぬ内に、自身の身体を抱きしめていた。
手足が震えるのを抑えられない。
こんな恐怖は―――ヨハンに犯された時以来だった。
「ハルローゼ!」
ヨハンが後ろから抱きしめてくる。
「さ、触らないで!」
悲鳴に近い叫び声でヨハンを拒絶する。あの時の私のように。
死ねない、という恐怖。どんな目にあっても、死ぬこともできないという絶望。
「…………」
「―――ヨハン。わ、わたし、どうしたらいい……?」
神核を得たことの万能感。超越者としての自信。勇者としての誇り。
今の私の根底にある力が、権利が、祝福が―――呪いのように感じてしまった。
「うっ……ぅぅ……ァ……くっ……」
強烈な胸の痛み。胸が押し潰されそうになる。
「ガァ……ぁ……ぐッ……」
全身から汗が吹き出る。息ができない。
―――助けて……助けて、ヨハン……。
「ハルローゼ! しっかりしろ! オ、オレが、オレがついている。大丈夫だ、オレがいる! もう間違えない。オレが君を守る……。だから、反転するな! しないでくれっ!」
ヨハンが強引に私を抱きすくめる。もう離さない、とでも言うように。
今度は抵抗できなかった。するつもりも無かった。
彼に身を任せ、
「ヨハン、ヨハン。怖いよ……怖い……よ……」
「すまない。すまない……。本当にごめん、ハルローゼ」
まるでかつての
そんな彼の
静寂が時を
「ヨハン……ありがとう。もう大丈夫よ」
「失礼しました、ハルローゼ様」
「―――ええ。ねぇ、ヨハン。ずっと一緒にいてくれる?」
「もちろんです。いつまでも
「ありがとう。なら、私は平気。私が勇者でいる限り、あなたを苦しめるわ。それなのに、あなたを手放したくない。近くにいて欲しい……。ごめんなさい、ヨハン」
「―――謝らないで下さい。謝らなければいけないのはオレの方です……。君から離れたくない。そばに居たい……。愛しています、ハルローゼ」
「私も愛しています、ヨハン」 と素直な言葉が自然とこぼれた。
私は、ミランダを楽にさせてあげる決断を下した。
この状況でも、まだ生きているなら、このまま連れ帰る選択の方が正しいのかもしれない。
でも、それは本当に正しい判断なのか?
いくら神核保有者といえど、ここまで無残に壊された身体が元に戻るとは到底思えない。
神核保有者の自己治癒能力にも限界はある。治癒はできても再生は不可能。それができるならユーメィは義手義足じゃない。教会の回復秘術も同様。
仮に何かしらの奇跡があってこの状態から戻せたとしても、それまでの間、ミランダは死ねないまま地獄の苦しみを味わい続ける。
私の勝手な判断になるが、同じ勇者としてミランダをこれ以上苦しめたく無かった。
ミランダの身体に手を
―――そして、優しく握り潰した。
―――その瞬間、強大な力の
圧倒的なまでの高揚感。私の髪が一瞬だけ朱に染まる。
嫌でも湧き上がる歓喜の
―――そう、私は理解した。理解してしまった!
「ふ、ふざけないでっ! こんなシステム……最悪だ! 最悪だわ!」
「ハルローゼ様。ど、どうされました?」
私は頭を抱える。知りたくなかった。でも、知ってしまった……。
「ヨハン、これは駄目……危険すぎるのよ……」
「何がですか? 何が危険なのですか?」
これが
こんなことが他の勇者に知られたら―――。
「ヨハン。今から言うことは、絶対に秘密にして! ミランダの神核を破壊したら、私の神核が強化されたの……しかも、とんでもなく強化された……。つまり――― 他の勇者の神核を破壊すると、破壊を行った側の勇者の神核が大幅に強化されるの」
「そんなことが……。ハルローゼ様、もしこれが他の勇者に知られたら―――」
「そうよ。最悪の場合、勇者同士で殺し合いが起こる」
顔面蒼白になるヨハン。きっと私も同じ。
そこにカゲムネが現れる。
「ハルローゼ様。洞窟の奥深くから強大な力を持つ者の気配が迫ってきております!」
このタイミングで?
いえ、勇者が3人も負けたのよ。それが出来る敵がいるのは当然だった。
さっきまでの私なら迎撃を選択していた。
でも、今は戦いたくない。それどころではない事態が起こり過ぎた。
「ユーメィは救助できたの?」
「はい、既に脱出しております。残るは我々3人だけです」
「なら私たちも脱出よ。それと、リズベットは?」
「残念ながら発見できませんでした。ですが、そのことについてサルナーからハルローゼ様に
リズベットが反転……。それは勇者としてあってはならないこと。
一度反転したらもう戻れない、と聞いている。
だから、反転した勇者は討伐するしかない。
そして、さらなる疑念が私の頭をよぎる。
―――もしかして反転した
リズベットを討伐したとして、トドメを刺した勇者に神核の強化が起きたとしたら……?
それは反転した相手だから特別だった、ということで
でも、もしそこから同士討ちによって神核が強化できる、と推測されてしまったら……?
それに、そもそもカゲムネはいつからここに居たの? 私たちの話をどこまで聞いていたの?
カゲムネは私の従者であると共に、今なお領主にも仕えている身。
つまり、領主にもこの情報が伝わってしまう可能性がある。
というより、既に知っている可能性もある。
だとすれば、誰がどこまで知っているの?
カゲムネや領主だけではない。サルナーだってアーガルム教の高位司祭。
知っていてもおかしくはないし、今後どういう行動にでるか予測がつかない。
―――私は、疑心暗鬼になるのを止められなかった。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
ハルローゼがユーメィを救出していた頃、樹海に侵入している一団がいた。
それは、ショウを中心とした捜索部隊の第2弾。
こちらはハルローゼたちから2日遅れての出発だった。
そのメンバーは男勇者とその従者を中心に組まれており、その中には
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