第19話 勇者奪還作戦 3 ―ハルローゼ視点―
カゲムネを先頭にして、
カゲムネが指をさす方角を見ると、ここからかなり離れた場所に
「あれが入口ね」
「はい。付近の足跡と匂いからして、相当な数がいるかと」
こんな離れた場所から足跡と匂いを? まあ、それはどうでもいいわ。カゲムネの能力は信頼している。私の従者になる前は、領主に仕えていた諜報員。厳密に言えば、今でも仕えている。
でもだからこそ信用できる。お互い利用できる関係だから。
優秀な人材は
気づけば、私の髪が
自覚せずに、自然と神核の力が解放されている。
「勝手に神核の力が解放されている……。サルナー、なぜだか分かる?」
私の従者、サルナーに問いかける。サルナーは
「ふむ……。予想になりますが、よろしいですかな?」
サルナーは、アーガルム教の高位司祭の一人。
神核や勇者についての知識に優れており、また回復秘術の使い手。
「構わないわ」
「ハルローゼ様の精神状態に
「なら、前者ね。後者なら、あなたたち従者も感じ取れるでしょ」
「ですな。―――ハルローゼ様、お怒りですか? 怒るな、とは申しませんが、けして怒りに飲み込まれてはなりませんよ」
「安心して。怒りを覚えている自分とは別に、そんな私を客観的に見ている自分もいるの。判断は間違わない。ただ―――敵を壊し過ぎちゃうことくらい、許してね」
「さすがは我が勇者。それで、どうしますかな。まだあれがアタリだとは決まっておりません」
たしかにそうね。でも、こんな場所に
十中八九、あの洞窟が当たりだと思うけど、確実にそうだとは言えない。
それに、あそこに敵がいるなら、遠目からでも見ておきたい。
できるなら、何体か
そんな私の元に、アイナの従者であるフェイクトが近寄ってきた。
「ハルローゼ様。早く行きましょう。もはや
普段冷静なフェイクトが、ひどく
ユーメィのことが心配で、気が気でない様子。
そんなにユーメィのことを思っているなら、なぜ裏切ってアイナの従者になったのか……。
とりあえず、フェイクトを落ち着かせようとする。
「フェイクト、落ち着いて。まだあそこにユーメィがいるとは決まってないわ」
「―――いえ、いるんです。ユーメィ様はあの洞窟にいます」
迷いなく、いる、と断定するフェイクト。
―――私は、その様子に、何かしらの引っ掛かりを感じた。
どうしてフェイクトは、ユーメィがあの洞窟にいると断定できるの?
どうしてアイナは、あんなにも弱かったの?
どうしてフェイクトは、アイナの従者なのに、あれだけ強いの?
今回の捜索隊で、アイナとフェイクトと一緒にいて感じていた疑問。違和感。
―――そこから一つの仮説が
(もしこの仮説が合ってるなら―――お
私はフェイクトに問う。この状況で
「フェイクト、正直に答えなさい。―――ユーメィの従者枠はいくつ?」
フェイクトの顔がこわばる。
ああ、そうなのね……。その表情だけで分かったわ。
「もう一度聞くわ。ユーメィの従者枠はいくつなの? 2人じゃないのよね? ―――3人、なのでしょう?」
「そ、それは―――」
「待って! ハルローゼ、違うの。私が悪いの!」
アイナが悲痛な
「質問を変えるわ。アイナ、フェイクト、答えさない! フェイクトは誰の従者なの?」
私の問いかけに観念したのか、フェイクトははっきりと答えた。
「私の
「フェイクト……。ごめんなさい。ユーメィにもフェイクトにも迷惑を掛けて……。そのせいで、ユーメィがこんなことになってしまうなんて……」
「アイナ様の責任ではありません。あの時、ユーメィ様と私が無理やり
なるほど、これはユーメィの
アイナとフェイクトのやり取りを聞いて、だいたいのことを理解した。
「つまり、こういう事ね。アイナが従者を持たずにいたから立場が
フェイクトならユーメィの頼みを断れない。こんな周りを騙すような行為は、ユーメィの従者の中でもフェイクトくらいにしか頼めないものね……。
「ついでに聞いていい? アイナの従者ということにしてから、フェイクトの疑似神核が強化されたよね。どうして?」
あれがあったから、フェイクトが勇者を乗り換えた、と皆も信じた。
「それは……あのタイミングで、ユーメィ様の従者枠が2人から3人に強化されたのです。それがきっかけで、ユーメィ様がこの計画を思い付かれました」
ああ、そういうことね。
元々従者枠が2人だったユーメィが、あの時3人に増えた。
だけど、それを隠して2人のままだとした。
そして余剰分の1人をアイナの従者フェイクトとした。
フェイクトの疑似神核の強化は、従者枠が3人になったことでユーメィの神核が強化されたことによるもの。
「―――他に聞きたいことも言いたいことも山ほどあるけど、今は勘弁してあげる。とにかく、今もユーメィとフェイクトが従者契約を
「はい。あまりにも離れていると方角くらいしか分かりませんでしたが、ここまで来るとはっきり感じ取れます。ユーメィ様はあの
これで確定ね。後は、ユーメィたちを救うのみ。
もはや
「カゲムネ、先行しなさい! ヨハン、サルナー、それとフェイクトは私と共に! ザルバックとアイナは洞窟の入り口の封鎖を! 騎士たちはここで待機して。もし私たちに何かあれば、帰還して都市に報告しなさい!」
指示に従って、皆が行動を開始する。
私と4人の従者(ヨハン、カゲムネ、サルナー、ザルバック)とアイナ、フェイクトが、洞窟に向かって樹海の中を駆け抜ける。
洞窟の入り口に到着した。
カゲムネは既に中に侵入している。姿は見えないが、付与している疑似神核の位置がだいたい分かるので問題ない。何かあればすぐ知らせに来る。
私を先頭にして、ヨハン、サルナー、フェイクトが続く。
洞窟内は微量の光があった。発光するコケの一種か。でも、光源としては少し心もとない。
神核をさらに解放する。身体を包んでいた青白い光が強まる。光り輝くように。
わずかに光が灯る洞窟内が、私という光によって明るく照らし出された。
中に入ると、腐敗臭が
ただ、少しおかしい。―――こちらに向かって風が通り抜けている。
「風が吹いている。どこかに繋がっているの?」
ヨハンが指を舐めて、手をかざす。
「確かに……。洞窟ではなく、
思っていたよりも、中は広いのかもしれない。
匂いはひどいが、こちらが
カゲムネが先行しているので、罠の心配もいらない。このまま進もう。
一本道を真っすぐ進むと、途中で道が分かれていた。正面の道と、右に小道。
正面から風が吹いている。右の方は、空気がこもっていた。
どこからか、カゲムネの声がした。
「ハルローゼ様、右は行き止まりで
「わかった。亜人を調べるから生かしておいて。カゲムネは勇者を探して」
カゲムネの気配が遠ざかっていく。私は右へと向かった。
右の小道を進むと、カゲムネの言っていた通り、
そこに2体の動くモノ。
こちらに気づいて、ぎゃあぎゃあ
「会話できるほど知性は無いか……。1体だけでいい、捕まえて」
私の指示に、フェイクトが動こうとする。
でもその前に、ヨハンとサルナーが終わらせていた。
サルナーが、亜人との距離を瞬時に詰めて、おおよそ人の身では持ち上げることすら出来ない巨大なメイスを振りぬく。
亜人は、自分が殺されたことに気づいていなかったかも。もう首から上が吹き飛んでいるから。
もう1体は、地面に崩れ落ちていた。ヨハンが両足を切り落としていた。
両足を失ってまだ生きている方へ近づく。
その姿は―――緑色の肌に、やせ細った
「これは―――ゴブリン?」
かつて城塞都市アーガルム周辺にも生息していたモンスターの名前を挙げる。
遥か昔に
既に書物の中にしか存在しないモノ。以前読んだことがあり、その特徴を覚えていた。
「ふむ……。ハルローゼ様、これは違いますな」
サルナーが否定する。
「じゃあ、これはなに?」
「―――分かりませぬ。ゴブリンと一部特徴が似ておりますが……。それでも、ゴブリンのようなモンスターとは、生物のとしての格が違います。元は知性があったかもしれません」
「知性があった? 信じられないわ。文明がある生活をしているとも思えない」
「目から狂気を感じます。強制的に狂わされているような……。若しくは、狂わなければ生きていけなかったような……」
「―――狂わされたか、
私は、両足を失ってもがく亜人の腕を掴んだ。そして、足を亜人の肩に乗せる。 次の瞬間―――そのまま腕を引きちぎった。
「ギャアアアア」と
「弱い。騎士ならともかく、この程度で勇者と従者が負けるとは思えない」
「同感ですな……。しかし、やはりモンスターとは違います。どちらかといえば、 精霊に近い存在、かと。まるでエルフのような」
「精霊? エルフみたい?」
「もちろん精霊には至っておりません。血も流れますし、臓器もある。なので、
人の枠に
エルフなどの他種族は、この世界では特別な存在。
人というカテゴリーに分類されながらも、人間とは明確に異なる。
それは―――魔力を持っていること。
人間には魔力が無く、魔法も使えない。できるのは、せいぜい神の力を借りた奇跡である秘術くらい。
「そう……。ではこの亜人が、エルフと同様に、人の枠に含まれているなら、こいつらの神がいてもおかしくないわね。それが勇者たちを倒せた存在、つまり今回の敵ね」
私の推理に、サルナーが微笑みながら肯定する。よくできました、とでも言うように。
サルナー本人は、既に同じ推理にたどり着いていた。それでも、あえて結論を言わずに、私の思考を
まったく、食えないおじさまね……。
―――この亜人を『
2体の偽ゴブリンを処理した後、カゲムネが言っていた騎士の死体を発見した。
装備品から、
騎士の死体は、原型を留めていないほどに、
犯された
私も、従者も、フェイクトも理解できてしまう。
―――ユーメィたちがどんな目にあっているのかを。
そこに、カゲムネの声が聞こえてきた。
「ハルローゼ様。ユーメィ様と、ミランダ様を発見しました」
リズベットは……? でも、それよりも別の言葉が自然と口から
「そう……よかった。―――それで、敵は後何体? 全部私にやらせて」
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