第17話 勇者奪還作戦 1 ―ハルローゼ視点―


 私の名は、ハルローゼ。


 城塞都市アーガルムで暮らす平凡な家庭の一人娘。

 父は、5大貴族の1つベーゼルグスト家が管理する大図書館の職員。

 母は、同じベーゼルグスト家の元メイド。


 そんな私に転機が訪れたのは、成人の儀でのこと。

 そこで神核を得た私は、勇者になった。


 それからの日々は、目まぐるしかった。


 元々都市内に住んでいたので、比較的早くに勇者地区へ召集された。

(召集は、都市内が最優先で、その後は遠隔地から順次受け入れをしていた)

 建造されたばかりのお屋敷(女勇者用の共同住居)に住まわされ、使用人から世話をされる生活。まるで、貴族のようだ。

 今までこうべれていた相手から、今ではうやうやしくこうべれられる。

 愛情を持って育ててくれた両親でさえも同じだ。今では、私のことを尊敬と畏怖いふの対象としてみている。


 恋人との関係も変化した。

 私には、神核を得る前から付き合っていた恋人がいた。名前はヨハン。

 少し気の弱いところがあって自信無さげな態度だけど、とても優しい彼。

 気が強く、物事をはっきりと言うタイプの私。

 私たちの相性は、良かった……と思う。

 キスまではしたが、そこから先はまだだった。

 私はずっと期待して待っていたのに、煮え切らない態度のヨハン。

 そんな彼にやきもきしながらも、大切にされていると信じていた。


 ―――従者契約に性行為が必要だと知った日。その夜に、私はヨハンに犯された。


 人が変わったように、ヨハンは私を乱暴に扱う。初めてだった私は、準備も出来ていないのに強引にかれた。泣き叫びながら「優しくして」と懇願こんがんしているのに、ヨハンはうすら笑いを浮かべたまま止まらなかった。


 勝手におおいかぶさり、勝手に動いて、勝手にてたヨハンは、行為を終えた後、 疑似神核を得ていないことに絶望していた。


 私が従者契約を許可しなかったからだ。


 行為中だって、その気になればいつでもヨハンを突き飛ばすことはできた。

 私は神核保有者。手加減をあやまると、彼を殺しかねない存在なのだから。


 ヨハンとの性行為を望んでいた。ヨハンが従者になることを望んでいた。

 でも、こんな無理やりな行為は望んでなかった。かつての面影おもかげなど無い、変わり果てた彼を従者にするなんて望んでいなかった。


 ―――従者になりたい、とすがり付くヨハンを見て、私の中でなにかが変わった。


 そして、あらためてヨハンとの性行為に及び、今度は従者にした。

 現在でも恋人関係は解消していないが、私の中では、もう


 その後、私は精力的にを行い、その過程に没頭ぼっとうした。

 数多あまたの従者候補者と性行為を繰り返し、吟味ぎんみする。

 誰が私の従者として最適か? どうすれば強力な疑似神核を与えられるか? 

 まるで研究者のように、いくつもの仮定を置き、トライ&エラーを積み重ねる。


 その結果、私の勇者としての地位は盤石ばんじゃくになりつつある。

 私の従者枠は―――4人。

 神核の強化により従者枠が増えていくので、単純に方がとされる。

 まだ召集されていない者もいるが、『31人の勇者』の中で、従者枠が4人というのは、まだ3人しかいない。つまり、上位3名の内の1人に入っている。


 ―――私こと、ハルローゼは、勇者として成り上がる。誰にも負けない!


 ――――――――――――――――――――――――――――――――――――――



 朝になって目をます。

 毎日夜遅くまで行為にふけるというただれた生活を送っている自覚はあるが、毎朝きちんと決められた時間に目が覚める。それは神核の影響なのか、元の気質のせいか。

 ベッドには、私以外誰もいなかった。久しぶりに、ひとりで寝たらしい。

 最近、記憶が少し曖昧あいまいだ。

 記憶力の低下ではない。むしろ、記憶力は良くなっている。

 だが、を覚えてられない。昨日の晩御飯が思い出せない感覚に似ている。その感覚が強まっている。

 神核を得た影響だろうか。人の枠を超えて、神に近づく。そのせいで些末事さまつごとに関心が無くなっているのだろう。



「誰か、いる?」


 声を上げると、扉が開いて使用人の女性が入ってきた。


「おはようございます、ハルローゼ様。おもののご用意はこちらに」


「ありがとう。浴場に行ってくる」


「かしこまりました。では、そちらにご用意しておきます」


 裸だった私は、ナイトガウンだけを羽織はおり、屋敷の共有部へ向かう。



 勇者の共同住居は、2階建ての屋敷を、横につなげていく造りをしている。

 それぞれが独立した2階建ての建物。それを並べて壁の一部だけが接している。

 それなのに共同住居と呼ばれるのは、屋敷のはなれに共有部があるから。

 具体的には、浴場・食堂・談話室など。これらは女勇者とその従者で、共有する。


 浴場は男女別に存在する。女勇者用と、男従者用。

 さすがに一緒には入らない。まあ、他の女勇者が男を連れ込んでいるのを見たことはあるけど。



 浴場に着いて、ナイトガウンを脱ぎ捨ててカゴに入れる。

 風呂場の中には、だれも居なかった。身を清めてからゆっくりとお湯にかる。

 この時間が好き。今だけは、勇者の責務から解放されるから。

 自身の肩にお湯を掛ける。腕と足をほぐすようにマッサージする。

 神核を得てから、肌が綺麗になっていった。昔とは大違い。

 身体が少しずつつくり替わっていく感覚がある。

 手足は細いままなのに、しなやかに力強くなった。

 家事仕事で少し荒れていた肌が、透き通るように美しく、そしてきめ細やかに。

 女として綺麗になるというより、生物を超越して、彫刻のような造形美へ。


 そしてなによりも、むらさき色の長い髪が、しっとりと輝くようになった。


 神核を意識して、力を開放する。

 身体が、わずかに青白いオーラに包まれる。

 変化はそれだけではない。一番の変化は―――。



「相変わらず、すごーい。その髪」


 急に声を掛けられる。いつの間にか、セルレンが浴場にいた。同じ女勇者の。


「おはよう、セルレン」


「おはよう、ハルローゼ。ねえねえ、その髪、触らせて」


 そう言うとセルレンは、身体も洗わずに湯に入り、私の髪を優しく触る。


 私の髪は―――神核の力を開放すると、薄紅色うすべにいろに変化する。


 むらさきから薄紅色うすべにいろへ髪色が変化するのは、知る限りでは私だけ。

 この不思議な特徴に、少しだけ優越感を抱いていた。


「うーん、羨ましいなぁ。セルもハルローゼみたいになりたーい」


 くりっとした目のセルレンが、はしゃぎながら言う。

 あどけない笑顔の彼女は、容姿も言動も実年齢より幼く見える。

 そんな可愛い妹のようなセルレンと、お姉さんぶる気の強い私は、まるで姉妹のように仲が良かった。


「もうやめてって、セルレン。ほらっ、ちゃんと肩までかりなさい」


 解放していた力を抑える。すると、髪色がむらさきへと戻った。


「えー、いいじゃーん。ケチぃ」


「はいはい。そんなこと言ってると、怒られるわよ」


 言った瞬間、はっとする。いつもの調子で軽口をたたいてしまった。

 おそるおそるセルレンを見ると、顔を曇らせていた。


「…………」


「―――ごめんね、セルレン」


 ユーメィも、私たちと同じ勇者。

 温厚で思慮深いユーメィは、誰からも好かれる人格者だった。

 もちろん、私とセルレンも好きで、とても仲が良かった。


 そのユーメィが、10日前に遠征に出たきり行方不明になっていた。


「ねえ、ハルローゼ。ユーメィ、どうしたのかな? 大丈夫だよね?」


「大丈夫よ。ユーメィだけじゃなく、ミランダとリズベットもいるんだから。勇者3人とその従者たちよ。問題なんかあるわけないわ」


「うん……」


 北の樹海への遠征は、勇者3人とその従者6人、さらに都市から騎士団も同行している。

 日程は5日を予定していたが、多少はズレてもおかしくはない。

 ところが、1週間を経っても消息が掴めず、ついに10日が経過した。

 数日前に捜索隊が出発しているが、いまだ帰還していない。


 セルレンは不安げな顔をしているが、私はそんなに心配していなかった。

 なぜなら、私たちが勇者だから。そして、強力が従者がいるから。


 樹海が想像以上にやっかいで、道に迷ったりして帰還が遅れているのだろう。

 ただそれだけ。もうすぐ戻ってくる。そう信じていた。






 私とセルレンは、お風呂から上がると食堂に向かった。

 2人で朝食を食べる。セルレンも美味しい食事にすっかり機嫌が直っていた。


「それでね~、お店のおじさんが、『かわいい勇者様にサービスだ』って言って、クッキーをくれたの。それがすっごい美味しくて! ねえ、今度一緒に食べに行こうよ」


「それはよかったわね。でも、あのおじさん。私が前に行った時には何もサービスが無かったわよ……。へえ……」


「ちょ、ちょっと、ハルローゼ怖いよ。ダメだからねっ! おじさんに酷い事しちゃだめよ!」


「大丈夫。安心してセルレン。そんなことしないわよ。ただ、次はサービスしてもらうだけよ。次は、ね……」


「うぅ……。ハルローゼの笑顔が怖いよぉ……」



 取りめの無い話をしながら食事を楽しんでいると、ふと食堂の入り口から気配を感じた。


 私とセルレンが同時に目を向けると、

 ―――そこにはアイナとその従者のフェイクトがいた。


 それを見てセルレンが顔をしかめる。私も今一番会いたくない相手だ。


 普段から嫌っているので、あちらも声を掛けてくることはない。

 離れた場所で食事をするのだろうと思い、興味を失う。

 だが、予想とは違って、こちらにまっすぐと向かってきた。


「おはよう、ハルローゼ、セルレン。少しいいかしら」


 目を向けると、アイナが気まずそうにしながらもはっきりと声を掛けてくる。


「―――なにかしら、アイナ」


「ごめんなさい、食事中に。もし良かったら、ユーメィのこと、何か知らないかなって思って―――」


 アイナがユーメィの名を口にした途端とたん、セルレンが大声を上げる。


「ねぇ、どういうつもり! 今更ユーメィに何の用なのっ!」


 セルレンの怒りの目は、アイナとその後ろに控えるフェイクトに向けられていた。


「―――ごめんなさい。でも……私もフェイクトも、ユーメィが心配で……」


 その発言は、火に油を注ぐようなもの。

 セルレンをなだめようとしていた私も一瞬カッとなりかける。


 ――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 端的に言うと、アイナは他の女勇者から嫌われていた。

 アイナが嫌われている理由は2つ。


 1つ目は、アイナがここに来た当初、かたくなに従者を得ることを拒否していたこと。

 長い黒髪の美しい女性。その容姿は、多くの従者候補者を魅了する。

 毎日ひっきりなしにアイナの元へ候補者が群がる。

 既に他の勇者の従者になっていた者でさえ、アイナに色目を使っていた。

 そこまでなら仕方ない、と思えるが、アイナは一切応じなかった。

 恋人がいる、の一点張り。そのくせ、その恋人を従者として呼ぼうともしない。

 これは勇者の責務を放棄する行為であり、他の勇者の決意を嘲笑あざわらうようなもの。他の勇者だって、けして望んで性行為をしている者だけではないのだから。

 相談に乗ろうと声を掛けても、意固地いこじになっていたのか拒絶する。

 日に日にアイナへの不満が募り、他の女勇者と従者候補者との間にみぞができていた。


 2つ目は、ユーメィの従者だったフェイクトを従者にしたこと。

 アイナへの不満が溜まり、いよいよ都市側も圧力を掛けようとしていた時、突然 アイナはフェイクトを従者にした。

 観念して従者を得たことは良かったが、よりによって相手がフェイクトだったのが問題だった。

 ユーメィとフェイクトの関係は有名だった。ユーメィが勇者になる前から2人のきずなは深く、特にフェイクトはユーメィ一筋で、他の勇者からの誘いに一切乗らず、ユーメィだけに忠誠を誓っていた。

 フェイクトは実力も確かで、他の従者からも一目いちもく置かれる存在だった。

 ユーメィも義手義足のハンデをものともせず、その人となりは人気があった。

 まさに理想的な勇者と従者の関係として捉えられていた2人。

 そんなフェイクトを、アイナが奪った。

 孤立しかけたアイナが唯一気を許していた相手がユーメィだったにもかかわらず。

 そんなユーメィを裏切って、フェイクトを自分のものにした。

 ユーメィは、気にしていない、と周りに言い聞かせていたが、さすがにこの一件はアイナとフェイクトの評判を地に落とすのに十分だった。

 都市側は、ようやく従者を得たアイナと、アイナの従者になって疑似神核をさらに強化したフェイクトに対して寛容的になったが、他の女勇者と従者たちは違う。

 アイナとフェイクトは、完全に孤立して今に至っている。


 ――――――――――――――――――――――――――――――――――――――



 アイナへのいら立ちを押し殺して、私は話を進める。


「セルレン落ち着いて。アイナ、私たちもユーメィの安否は気になっていたの。何か新たな報告がないか、確認してみましょう」


 私は指をパチンと鳴らす。

 これが合図。姿を隠していた従者が、どこからともなく現われる。


「ハルローゼ様、お呼びでしょうか」


「カゲムネ、話は聞いてたでしょ。ユーメィたちの捜索はどうなっているの?」


 私の従者の1人。名前はカゲムネ。諜報ちょうほう斥候せっこうを得意とする。


「実はその件ですが―――今朝になって新たな情報が入りました。捜索隊が15名の死体を発見したと」


 そんなまさか!?

 私は、どうせ大丈夫だろう、とたかくくっていた。

 15名の死体……。まさか、ユーメィも?


「なっ、ユーメィは? ミランダとリズベットは?」


「発見した死体は、従者6名と、騎士団のものでした。3人の勇者様は不明です」


 カゲムネの報告にセルレンが取り乱す。


「そんな……。ありえないよ! ユーメィは? ユーメィは無事なの!?」


 アイナとフェイクトも落ち着かない様子だった。

 特にフェイクトはガタガタと震えていた。


「まさか……。あっ、フェイクト、大丈夫?」


「バカな……ユーメィ様……」



 まさか疑似神核のある従者が全滅するなんて……。

 神核を持つ勇者ほどではないが、疑似神核を持つ従者は強力な存在。

 そんな従者を殺すほどの敵がいる。


 北の樹海には、何があるというの……。


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