第16話 勇者のサロン 5
<カズト視点>
「ビーチコ。26歳。サンクリオ出身。実は、とある貴族の方から
「却下」「却下します」
「サセーコ。23歳。バララシア出身。はい、王都の学院で主席でした。将来はこの国のために少しでも役に立てればと思い、勉学に
「却下!」「却下します!」
「ヤバヨ。年齢は分かりません。奴隷でした。母が奴隷で、奴隷商の元で生まれたので詳しくは分かりません。その後、娼館に引き取られました。幸いにも容姿に優れていたので、客を取るようになってからは一気に駆け上がって、裕福な生活が出来るようになりました。でも、心は満たされなかったんです。えっ、今ですか? それは もちろん、もう最高です! だって、どの勇者様も私を求めちゃって凄いんですよ。どの方も、お前のテクは別格だ、って言うんです。だから、今はひとりに決めきれなくて―――」
「却下!!」「却下します!!」
従者候補の面談が行われていた。
主に判断するのは、ササレイアとクラエア。
ギーセクの従者候補は、妻であり従者でもあるササレイアが行い。
俺の従者候補は、自らも従者候補に名乗り出ているクラエアが担当していた。
ギーセクと俺は、そんな様子を少し離れた場所で見ていた。
「なあ、ギーセク―――」
「言うな、カズト。お前とは違って、オレは早くからここにいた。だから分かるんだよ。あの
「勇者が原因……?」
「そうだ。勇者の従者に対する世間一般のイメージって、勇者の配偶者なんだよ。だから、自然と美男美女が候補になりやすい。候補者たちも初めからそのつもりで来ていた。そんでもって、従者契約に性行為が必要って後になって分かると、どうなると思う?」
「従者候補者は、勇者から性行為してもらえるようにアピールする」
「そうそう。そんな状況で、他の勇者はどう考える? どう行動した?」
「―――まあ、ハーレムを楽しむ、か」
「正解。カズト、勇者サロンの夜の部って出たことあるか?」
「いや、無いな。いつも夕食前には帰っていた。なんだ、その夜の部って」
「簡単に言うと、乱交パーティーだ。サロン内にある複数の扉、あの先にある部屋がなんなのか知らないだろ?」
勇者サロンの室内には、多くの扉があった。
密談用の個室と聞いていたが。
「他の人に聞かせたくない話とかするための小部屋だろ」
「はっ、間違ってはないな。でも、意味が違う。あれは―――ベッドルームだよ。
要は、意気投合したらさっさと済ませろよってわけだ」
「露骨すぎるな……」
「夜になるとな、各部屋に勇者がそれぞれ入っていくんだよ。それで、従者候補者がその扉の前で並ぶ。そうして、複数の行列ができるんだよ。最後の方だと、複数人で同時に押し掛けるらしい」
思わず、その光景を想像してしまう。
扉の向こう。大きなベッドの上で次の相手を待っているのは、アイナの姿だった。
嫌な妄想をかき消すように大きく頭を振る。
「―――それって、女勇者の方も同じなのか?」
「さぁな、あっちの情報はまったく聞かない。でも、同じようなもんだろ。勇者と従者たちはな、強力な
「
「だってそうだろ。厄災から世界を救うため、勇者は勤めを果たす。勇者の勤めを果たすために、従者を得る。従者を得るために、性行為が必要。ここまでお
俺の想像していた勇者像と違い過ぎる。
英雄色を好むとは言うが、むしろ色を好むからこそ英雄になれる、とでも言わんばかりだ。
「俺は神核を得た時、精一杯がんばって、剣の修行を重ねて、身体を鍛えて、経験を積んで厄災から世界を救おうと決意したのに……」
もちろん、
人々から賞賛されたい。両親から
俺もアイナも勇者として一緒に世界を救いたかった。
その後は、お互いの両親のように冒険者になって結婚したかった。
冒険者として成功し、夫婦としても幸せな家庭を作って、そんな日々を望んでいたんだ。
―――けして、従者を得るために他の相手と快楽に溺れる生活なんて求めていなかった。
俺はひとりになりたくて、中庭へと向かう。
従者候補の面談はまだ続いていたが、あの様子だと候補は決まらなそうだ。
候補者は性行為について熱心なアピールをする。それは、他の勇者には響くやり方なんだろう。
でも、クラエアとササレイアには逆効果だ。
2人とも俺とギーセクに従者をあてがいたいのは本心だろう。
でも、それは夜の相手という意味ではなく、勇者を支えるパートナーを望んでいるのであって、双方の求めているものが根本からズレていた。
中庭を歩いていると、1組の男女がいた。
見たことない女性と―――男性の方は、フェイクトだ。アイナの従者。
2人もこちらに気づく。
フェイクトは俺に見られたくなかったのか、気まずそうな顔をする。
そして、一緒にいた女性を隠すように俺の前に立つ。
「カズト様……。あの時以来ですね。用が無ければ、これで失礼したいのですが」
俺もフェイクトとは会話したくなかった。
アイナのことは知りたかったが、こいつの口からは聞きたくない。
「中庭を散歩してただけだ。それじゃあ」
早々に立ち去ろうとする俺を、フェイクトの後ろにいた女性が呼び止める。
「カズト……様……。ねえ、フェイクト。この方が、あのカズトさん?」
「―――はい」
「そう……。フェイクト。アイナさんを呼んできて」
「!? で、ですが」
「いいから。お願い」
顔を見合わせる2人。やがてフェイクトが折れて、走っていった。
「初めまして、カズトさん。ユーメィと申します。貴方と同じ勇者です。とは言っても、この通り、戦力にはなりませんが」
そう言って、少しよろけながら立ち上がるユーメィ。
その姿には、違和感があった。
「―――義足」
「ええ。左足と右手もです」
よく見ると、右手も義手だった。
義手義足の女性、ユーメィ。
数日前に聞いた話を思い出す。たしか、フェイクトがアイナの従者になる前に仕えていた相手。あの時、グーリンカムは「フェイクトは、ユーメィからアイナに乗り換えた」と言っていた。元々、フェイクトにとって、ユーメィは命の恩人だったとも。また、アイナに乗り換えたことにより、フェイクトの疑似神核が大きく強化されたとも聞いている。
そんな2人がなぜ一緒にいるのだろう?
アイナとユーメィの関係は?
「ユーメィさんは、俺のこと知っているんですね?」
「はい。以前は、アイナからよく聞かされていましたから」
寂しげな笑顔をみせるユーメィ。
なぜならその瞳は、何かを伝えようとしていたから。
義足のせいか、立ち姿が不安定で、
フェイクトが、ユーメィを裏切ってアイナの従者になったのだとしたら、この人は、フェイクトとアイナの被害者なのかもしれない。
そう思うと、何を言っていいのか分からなかった。
「少し……歩きませんか。お手をお借りしても?」
「ああ、もちろん」
義手ではない方の左手を差し出される。俺はそっと
ユーメィは義足であることを感じさせないくらい器用に歩いている。
おそらく神核の影響だろう。義足のハンデを身体能力の高さでカバーしている。
ユーメィと手を繋ぎながら並んでいるとよく分かる。
彼女の身体の内側から、強大な神核の鼓動を感じるのだ。
『存在感』とでも言おうか、無視できないオーラのようなものをひしひしと感じる。
「カズトさん。貴方にお会いしたかったんですよ」
「俺に、ですか」
「ええ。ぎりぎり間に合いました」
「間に合った……?」
「ええ」
「どういう意味ですか?」
「それは、ご自身でよく考えてください。そして決断してください」
「すみません。何を言っているのか分からない」
「そうですね……ごめんなさい。実は、私は明日から遠征があるんです。しばらく帰れないと思います」
「遠征、ですか。それは勇者の勤めですか?」
「ええ。厄災が何なのか未だ不明ですが、各地に兆候らしきものが生じています。 この地ですと、北の樹海と、南西の砂漠地帯に。今回は北の樹海の調査に行きます。どうやら、亜人らしき者が現れたと。もし、その亜人に神がいれば、私たちでないと対処できないかもしれません」
この世界の神は数多く存在する。そのほとんどが
もし亜人に神がいるとすれば、その神と、その神から加護を受けた者は、 勇者と従者の存在に匹敵する。
仮に亜人とその神が実在し、人々の脅威になるならば、それは厄災と言えるだろう。
「その……。失礼ですが、大丈夫なのですか? そのお身体で」
「勇者の責務からは
「そうですか。お気をつけて」
「ありがとうございます。話は変わりますが、カズトさん。従者はお決めになられましたか?」
なにかを期待するような目で問うユーメィ。
その目は、どちらの答えを期待してのものか。
「―――いえ、まだ。ここに来たばっかりですし……」
「そうですか……。差し出がましいようですが、早くお決めになられた方が良いでしょう」
「…………」
「たとえ
なんだか責められているような気がして、こちらも意地の悪い返しをしてしまう。
「ユーメィさんはいいのですか? フェイクトがアイナの従者で」
「―――このままで良いとは、思っていないです」
「つまり、取り返す、と?」
「そうではないのです。このままでは良くないのは、アイナにとって、です」
「アイナとフェイクトは上手くいってないのですか?」
「それ以前の問題です。あの時は、無理やりでしたから」
「無理やり……だと……」
身体がカッと熱くなる。
「い、痛い、です……。勘違いしないでください。最終的には、アイナも納得しました。さっきから誤解させるようなことを言っているのは自覚しています。ごめんなさい」
「―――どういうつもりですか?」
「貴方も決断すべきだ、ということです。これ以上は、今は言えません。」
決断……。早く従者を決めろ、ということなのか?
中庭をぐるりと回り、最初に出会った場所に戻ってくる。
ユーメィを座らせて、アイナを待つ。1分1秒が待ち遠しかった。
やがて、フェイクトがひとりで戻ってくる。
「申し訳ありません、ユーメィ様。アイナ様は、他の方に誘われて外出しているようです」
そんな……。やっと会えると期待していたアイナに会えなかった。
「まあ、なんと間の悪い……。ごめんなさい、カズトさん。アイナに会わせられる せっかくの機会だったのに……」
「いえ、お心遣い感謝します。やはり、普段は会えないのですか?」
「ええ。至るところに監視の目があります。勇者が男女で会うのは、あまり歓迎されないことです。特にカズトさんとアイナの関係は、薄々気づかれていると思います。都市側から危険な関係だと判断されているフシもあります。でも、遠征前なら多少のことは目を
そうだったのか……。
俺とアイナが恋人だということは、村では隠していなかった。
少しでも調べればすぐにわかることだ。
そのことを都市側から危険視されていたら、今後も会うのは難しいかもしれない。
「残念ですが、今日はここまでとしましょう。カズトさん、遠征から帰ってきたら―――また会ってくれますか?」
「あ、はい。もちろんです」
「ありがとうございます。では、その時までに決断されることを願っています」
―――それから1週間後、ユーメィが参加した遠征隊の消息が途絶えた。
―――さらに数日後、15名の死体が発見された。
―――そのうちの2名は、ユーメィの従者だった。
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