第15話 勇者のサロン 4



 カズトが城塞都市アーガルムに滞在して5日が経過した。


 勇者専用に用意された施設がある場所(以下、勇者地区)での生活にも慣れてきたカズト。


 何人かの男勇者との交流も重ね、多くの従者候補者たちからの誘いもあった。


 しかし、カズト本人には従者を従える気が無く、いまだ従者はいない。


 また、あれからアイナにも会えずにいた。


 ――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 <カズト視点>



「―――998,999,1000」


 日課にしている剣の素振すぶりを終え、一息つく。

 勇者地区に用意されている訓練場は、俺ひとりで貸し切りだった。


 城塞都市アーガルムに滞在して、5日目の朝。

 到着した当初は都市の有力者たちとの面会なども多く、慌ただしい日々を過ごしていたが、ようやく落ち着きのある日常を取り戻しつつある。


 俺はここでの生活にも慣れ、村にいた頃、日課にしていた訓練も再開できた。



 木刀の片付けをしていると、背後にいた人物が声を掛けてくる。


「お疲れ様です、カズト様。こんな朝早くから訓練をされるなんて、やはり他の勇者様とは違いますね」


 と言って、タオルを渡してくるクラエア。

 神核を得てからはこの程度の動きで汗などかかないが、その気持ちは嬉しいので 感謝して受け取る。


「ありがとう。クラエアはどうしてここに? 俺に用かな?」


「いいえ、特に用はありません。しいて言えば、カズト様の従者候補ですから」


 そう言って、寂しげな笑顔を向けてくる。

 その表情は、こちらを気遣きづかってのものだろう。


「クラエア……。すまないが―――」


「ええ、分かっています。カズト様のお気持ちは十分に理解しています。アイナ様を思われて、従者を持つ気にならないのでしょう? 私はその考えに賛同はしておりませんが、尊重したいと思っています。ですので、おそばにいることをお許しください」


「―――わかった」


「ありがとうございます。必ず役に立ちますから」



 クラエアは、俺が城塞都市アーガルムに召集された際、案内役をしてくれた人だ。


 初日で彼女の役目は終わったはずだが、それ以降もいろいろと助けてくれている。


 クラエアは従者候補者で、従者を目指している立場なので、いずれかの勇者の近くでアピールすることは自然なことだが、なぜか俺にしか興味がないようだ。

 ここ数日、何人かの男勇者に会ったが、クラエアに目をつけている者は多い。

 にもかかわらず、それらの誘いはやんわりと断っていた。


 実際、クラエアがいるお陰で、俺は随分ずいぶんと助かっている。

 元々クラエアはこの都市の人間なので、地理に明るい。

 しかも、5大貴族ベーゼルグスト家のご令嬢なので、いろいろと融通ゆうずうが利く立場だ。

 さらに、容姿に優れ、品のある所作しょさは思わず見惚れる時がある。


 ―――だからこそ、申し訳なく思う。なぜなら、俺は従者を持つ気が無いからだ。


 アイナにフェイクトという従者がいるのは分かっている。そして、アイナはそうするしかない状況だったのも理解した。

 俺はそれを責める気にはなれなかった。

 だからといって、じゃあ俺も従者を―――とはならない。

 そう簡単に割り切れるものじゃないからだ。


 この先どうなるのかは分からないが、当時のアイナの苦悩を知りたいと思った。

 そして、その時アイナの近くに居れなかったことを謝罪したい。

 だが、まだ一度も会えていない。

 そういったこともあって、アイナに会うまでは踏ん切りがつかないのだ。


 我ながらちょっとばかり女々めめしいな、と思う反面、直接会ってアイナと気持ちを伝え合うことが重要だとも考えている。

 それだけアイナを信じているし、簡単に切れる絆ではないからだ。



 クラエアが俺にたずねる。


「カズト様、本日のご予定は?」


「おえらいさんとの面会の予定は、もう無かったはず。今日はゆっくりしようかな」


「でしたら、一緒にに行きませんか?」


「……またそれか」


「はい。必要なことです」


 時間に余裕ができると、いつもクラエアから勇者サロンに行くことを誘われる。


 サロンとは、貴族の社交場を指す。

 勇者サロンとは、勇者と従者候補者の交流の場だ。


 従者枠に空きがある勇者は、勇者サロンに通うことをなかば強制されている。

 これをおこたると、勇者としての責務を果たしていない、とみなされてしまう。

 クラエアは、俺が従者を持ちたくない、という考えを尊重はしてくれているが、せめて従者を探すフリでもいいからした方がいい、そのために勇者サロンに通って欲しい、と言っているのだ。

 そうしないと俺の立場が悪くなる、とクラエアは危惧きぐしている。


 俺のためを思っての提案なので、無碍むげには出来ない。


「わかったよ、クラエア。気が進まないけど、行こう」


「ありがとうございます。きっといい出会いがありますよ」


 クラエアが微笑む。その目は、俺の心変わりを期待しているかのようだ。

 おそらくクラエアの本心は、俺が従者を持つことを望んでいるのだろう。






 クラエアを連れて勇者地区にある、勇者サロンを訪れた。


 まだ朝も早いので、中は静かだった。

 勇者サロンの内装は、貴族の社交場を参考にして造られているので、広々としたダンスホールに、派手な装飾が目に付く。豪華絢爛ごうかけんらんそのものだ。


 中央のダンスホールを囲む様に複数のテーブルとイスが並べられ、奥には中庭に続くテラス席がある。また、入ったことは無いが、複数の扉があり、中は密談もできる小部屋になっているらしい。


 特に用は無いので手持ちぶさたになっていると、外のテラス席から声が掛かる。


「おーい。こっち来いよ」


 クラエアと一緒に声の元へ向かうと、そこには2人の男女がテーブル席に座っていた。さっきの声の主は、この男性からだ。


「初めて見る顔だな。ここに居るってことは勇者だろ? オレはギーセク。勇者だ。それで、こっちはササレイア」


「初めまして、ササレイアです」


 偉ぶった様子もなく、気さくな態度のギーセク。

 横に座るのは、おしとやかな雰囲気のササレイア。


「初めまして、カズトです。数日前に勇者として召集されました」


「おはようございます。ギーセク様とササレイア。あいかわらず仲が良くてうらやましいです」


 俺とクラエアも挨拶をする。クラエアは良く知った仲のようだ。


「まあ、元から夫婦だしな。オレはササレイア一筋ひとすじだよ」


 そう言って、ササレイアにニコッとするギーセク。

 それに対して、ササレイアは微笑みながらも困った顔をした。


「本来なら、旦那がそう言ってくれるのは嬉しいんだけどね……。ねえ、よかったらご一緒しませんか? いいでしょ、アナタ」


「ああ、もちろん。朝食は済ませたかい?」


 まだ朝食を食べてなかったので、ここで食べようと思っていた。

 俺とクラエアは、お誘いを受けることにする。




 4人で食事が進む中、さっき気になったことを聞いてみる。


「そういえば、ササレイアさん。ギーセク様が『妻一筋つまひとすじ』って言った時、困った顔をしていましたよね。なぜですか? 普通は嬉しいのでは?」


 俺の発言に、顔を見合わせるギーセクとササレイア。

 不躾ぶしつけな質問だったかな、と頭を下げると、2人があわてて言う。


「ああ、気にしないでくれ。大した事じゃないんだ」


「ええ、そうです。それと、カズト様は勇者様なのですから、私のことは呼び捨てにして下さい。旦那にもはいりません」


 すると、話を聞いていたクラエアが、2人の代わりに俺に教えてくれた。


「ギーセク様とササレイアは、夫婦であると同時に、勇者と従者の関係にあります。先日、ギーセク様の従者枠が2つに増えました。つまり、ようになったのです」


「そういうことだ。だが、オレは妻以外を従者にする気はない。その考えでいいと思っているんだが、ササレイアの意見は違くてな……」


 俺はササレイアに目で問うと、ササレイアはうなずいた。


「従者が増えると、勇者の力は強化されます。もちろん、旦那が従者契約のために、私以外の女性と性行為することに抵抗が無いわけではありません―――でも、勇者として必要なことです。ギーセクに万が一のことがあってからでは遅いのですから」


「大丈夫だって! ササレイアもオレの力は知っているだろ? そんな心配することじゃないのに。オレは君を悲しませたくないんだよ」


 お互いのことを気遣うように見つめ合う、ギーセクとササレイア。

 これは、からこその意見の違いだ。


 ―――正直、うらやましいと思った。


 2人にとっては深刻な悩みかもしれないが、俺からすればだ。

 俺とアイナの内、どちらか一方だけが勇者なら、この2人と同じ立場だっただろう。そして、同じように悩んでいただろう。

 だが、俺たちは両方勇者になってしまった。今では会うことすら出来ていない。


 そこで、クラエアが意見を述べる。


「私は、ササレイアの考えに賛成です。ギーセク様、です。奥様のためでもあるんですよ。納得してください」


 そう言いながら俺の方を見る。まるで、俺に対しても言っているようだ。

 俺は思わず口を挟んでしまった。


「俺はギーセクに賛成かな。奥さんが従者というだけで十分じゃないか」


 ギーセクは、俺の擁護発言に驚き、顔をほころばせる。


「だよなぁ。ってか、驚いたぜ。ここにいる勇者はみんな従者集めに夢中でな。カズトやオレみたいなのは少数派なんだよ。いやぁ、カズトに知り合えてよかったぜ。勇者なんてもんはな、! な、カズト」


「……あ、ああ」


 ここで従者を1人も従えるつもりは無い、とは言えなかった。


「それで、カズトの従者は、クラエアなのか? それとも他に?」


「いや、いない……」


「そうか、いないってことは、妻や恋人も無しか。普通はそういう相手がいれば、真っ先に従者にするしな。カズトも早くいい人が見つかるといいな!」


「ああ、ありがとう……」


 俺は歯切れの悪い返事しかできなかった。

 そんな様子をみて、ササレイアが言う。


「アナタ、カズト様はきっと誠実な方なんですよ。だって、あのクラエアが一緒にいるんですもの。どんなに誘われても、他の勇者様には見向きもしなかったクラエアが、ですよ」


「たしかにそうだな。カズト、うまくやれよ! 従者にしたら、きっと他の勇者が がっかりするだろうな。クラエアは人気だから」


「いや、クラエアとは―――」


 慌てて否定しようとすると、クラエアがテーブルの上で手を重ねてくる。


「ふふっ、ギーセク様、ササレイア。カズト様を困らせないでください。私は、カズト様から選んでもらえるように、頑張っている最中なんです。でも、他の方を選ばれても文句は言いませんよ。2人目でも3人目でも構いませんから」


「ク、クラエア!?」


 不敵な笑みを浮かべるクラエア。戸惑う俺。

 そんな様子を見て笑うササレイアが、提案する。


「なんだか、うちの旦那も、カズト様も乗り気では無いですね。困ったものだわ。なら、クラエア。今日は私たちで2人の従者候補を見つけましょうか。ギーセクには、私が認めた2人目の従者を。カズト様には、クラエアを含めた上での1人目を。何人か候補を絞って、その中から決めてもらいましょう」


 ぎょっとする俺とギーセク。対して、クラエアは手を合わせて大きくうなずいた。


「まあ、それはいいですね! ぜひやりましょう、ササレイア。おふたりに前向きになってもらわないとね!」


 勝手に合意するササレイアとクラエア。

 ギーセクが、ササレイアを止めようとする。


「お、おい。ササレイア。勝手に決められても困るんだが―――」


「いいのよアナタ。アナタのためですもの。私としても、私と性格が合わない方が 2人目の従者になるのは、さすがに嫌だったの。そういう意味では、私が候補を選んで、その中からアナタが決めるのが一番よ。これなら私もアナタも納得でしょ? い・い・わ・ね!」


「あ、ああ……君がそう言うなら……」


 ササレイアにやり込められるギーセク。

 今度は3人の目が俺に向く。


「カズト、こうなったらお前もだ。オレに付き合え! お前だけ逃げるなんて許さんぞ」


「旦那がやる気になってよかったわ。カズト様も頑張ってくださいね!」


「カズト様、これは逃げられませんね。なんだったら、私を今すぐ従者にして頂いてもいいのですよ」


 なんだか、ハメられた気がする。

 クラエアに非難の目を向けると、彼女は耳元でささやいてきた。


「申し訳ありません、カズト様。でもですね、せめて従者候補を絞っておくだけでも時間は稼げますよ。従者がいないまま何もしていないと、周りも不審に思うでしょうから。これもカズト様のためです」


 そう言われると、返す言葉も無かった。

 俺はしぶしぶ了解すると、クラエアは笑顔になった。


「さあ、食事も終わったことですし、そろそろじゃないですか。このくらいの時間から従者候補者が続々とやってきますよ」


 クラエアの予想通り、勇者サロンに複数の女性が入ってきた。

 これから、従者候補者たちとの交流が始まるようだ。




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