第14話 勇者のサロン 3 ―クズオ・アーバッハ視点―


「―――んあ」


「あっ、はっ、はぁ―――あああああん」


 クズオが目を覚ますと、ベッドの上で、見知らぬ裸の女が倒れ込んできた。


「ぁぁ……勇者さまぁ、クズオさまぁ。お願いしますお願いしますお願いします」


 取りかれたように、懇願こんがんしてくる。

 器量も良く、身体付きも悪くない。が、いかんせん、この女が誰か分からねぇ。


「―――んで、お前だれだ?」


 さっきまで目の前で揺れていたモノをつかみながら、たずねる。


「あっ、痛っ、やさしく、してっ……。わたしっ、は、ジーナ……お忘れですか?」


 ジーナ……? 知らん。

 まあ、いい。いつものことだ。昨晩、どこかで引っ掛けた女だろう。

 娼婦かもしれないな。随分ずいぶんと慣れてそうだ。


「あー、そうか。ジーナか。えーっと、従者候補者……だよな?」


「はぁはぁ……、わたしはっ、冒険者です。旅をっ、してっ、ここに来た―――」


 冒険者か。まあ、他所よそから来たならどうでもいい。後腐あとくされもないだろう。


「そうか。じゃあ、どけ。腹減った」


「まつ、待ってください! 従者は? してくださるんですよね? ね?」


 ジーナは取り乱す。その目は、約束が違う、と訴えていた。


「従者契約か……。あれはなぁ、心構えが大事なんだ。契約できなかった原因はお前にある。ジーナ―――心ではボクを拒絶してただろう? と契約が成立しないんだよ」


 もちろんウソだ。従者契約なんて契約の意志さえあれば、まず失敗しない。契約の意志さえあれば、心に迷いがあっても成立する。


 だが、ジーナはそれを知らない。


 そもそも従者契約に性行為が必要なんて、一般には公表されていなかった。

 一般に出回る書物に、そんなことを記載するわけにはいかないからだ。

 しかし、『31人の勇者』が現れたことで、状況が変わる。

 今までは勇者は1人だったから一部の者だけが知っていればよかったが、さすがに今回は数が多すぎる。よって、公表された。


 それにより世間では、従者になれる、と周知されている。

 つまり、知る者は少ない。

 ―――だからいくらでもウソをつける。勇者側に有利になるように。


 ジーナはあせりながら言い訳を口にする。


「そ、そんな。迷いなんてありませんよ……。本当です。信じてください」


「本当にそうか? ボクたちは、昨日会ったばかりだ。ボクにすべてを捧げる覚悟なんて、まだないだろ?」


「すべてを捧げる―――」


「そうだ。勇者の従者ってのは特別なんだよ。厄災から世界を救うため、勇者と身も心も一つになって立ち向かわなければならない。それが従者だ! どうやら、ジーナにはその覚悟が足りなかったようだな」


「覚悟が足りない……。い、いやっ。夫を裏切ってあんなことしたのに……。それなのに、従者になれないなんて―――。わたし、夫になんて言ったら……」


 おい、こいつ夫がいたのか!

 あっ、思い出してきたぜ。たしか昨日、酒場でこいつらのパーティーに会った。

 同じパーティーに夫がいて、いちゃいちゃしてたからムカついて、「ジーナを従者にするから寄こせ」って言ってやった。

 それで、こいつの夫がそれを拒否して、その場でボコボコにしてやった。

 それで、ジーナを奪ったんだ。


「まあ、そんなに自分を責めるな。契約の成否にはも関係あるしな」


 もちろんこれもウソだ。契約します、と願ってヤレばいいだけ。


 厳密に言うと、従者契約の成立自体は簡単だが、にはざまざまな要素がからむ。


 行為時のや、とかで『疑似神核の』に影響が出るらしい。が、実はまだここら辺はよくわかっていない。

『与える疑似神核の強さ』を左右する要因は、経験則でしか分からない。


 ―――だから何度も身体を重ねる必要がある。回数を増やし、また相手も変えて。


 都合のいいことに、既に自分が疑似神核を与えている相手には、その後の性行為を繰り返しても。現状維持か、強化だけ。

 つまり、ヤリどく。疑似神核の更新はノーリスクで、利点しかない。


「ああ……。あなたごめんなさい、ごめんなさい。せめてあなた以外に抱かれるなら従者にならないといけないのに。それすらも叶わないなんて……」


 うつろな目で「ごめんなさい」と繰り返すジーナ。

 ジーナからすれば、従者になる、という名目があればこそ、夫を裏切っても心をたもつことができたのだろう。

 だが、それすらも叶わないのであれば、ただ裏切りだけが残る。


 うなだれるジーナに色欲しきよくが湧き上がったボクは、彼女の耳元でささやく。


「ジーナ。もう一度だけチャンスをやろう。あと一度だけだ。すべてをボクに捧げろ。それで疑似神核を得られたら、夫の元に返してやろう」


「チャンス……。夫の元に帰れる……」


 ジーナの瞳は暗くよどんでいた。


「ああ、帰れるぞ。さぁ、後ろを向け。かわいがってやろう」


「はい! お願いします。―――クズオ様にすべてを捧げます」


 その後、ようやく食事にありつけたのは、日が沈んでからだった。






 無事に疑似神核を得たジーナは、ふらふらとした足取りで夫の元へと帰っていった。

 ジーナは満足した様子で、何度も感謝を述べていた。

 ―――後で破棄されるとも知らずに。

 ジーナの疑似神核は弱かった。見込みが無い。

 どうせ後で別の女に契約を切り替える。それまでは夢を見させておいてあげよう。



 ボクが有するは2人。

 とは、何人の従者を持つことができるか、という数。

 これは神核の強化によって増えていく。

 ボクは従者枠の内の一つを空けて、ジーナに割り当てた。

 今頃、従者契約を破棄されたシラソバが怒り狂っているだろう。


 従者契約は、勇者側が一方的に破棄できる。いつでも、どこでも。

 契約を破棄すると、従者の疑似神核が消滅する。

 破棄された従者は、いきなり力が無くなるので、すぐにわかる。

 ボクが従者にしていたのは、ネネとシラソバ。そして、シラソバの契約を破棄してジーナに切り替えていた。






 食事を済ませると、後ろに控えていた従者ネネが声を掛けてきた。


「クズオ様、この後はいかがいたしますか」


「そうだな。シラソバがそろそろ乗り込んでくるだろうから、みんなで勇者サロンに行こうか」


「かしこまりました」


 ネネが一礼すると同時に、部屋の扉が勢いよく開いた。

 開いた先には、息を切らしたシラソバが怒った様子で立っていた。


「おい、勇者クズオ。探したぞ! どういうことだ! なぜ、契約を破棄した!」


 疑似神核があれば、体力があるため、そう簡単には息を切らさない。

 疑似神核があれば、あるじ(勇者)の位置はだいたい感じとれるため、あちらこちら探し回る必要はない。


 契約を破棄された者は、従者だった頃の万能感を知っているため、執着する。


「シラソバか。どうした? そんなに取り乱して」


「どうしたではない! なぜ、契約を破棄したのか、と聞いているんだ!」


「落ち着けよ。仕方ないだろ、これも勇者の責務だ。ボクだって、君を手放すのはしいと思っているよ。そんな立派な胸は、そうそういないからね」


 そう言って、残念そうにシラソバの胸に目を移すと、シラソバは慌てて両手で胸を隠そうとする。


「ふざけるなっ! お前たちは毎回そうやって―――どこまで私を愚弄ぐろうすれば気が済むんだ」


「バカになんてしてないさ。君が美しく、身体も魅力的だから従者にしてたんだ」


「だからそれがっ……。私は、剣の腕が、必死に鍛錬を重ねてきたこの身が、勇者様の役に立つと思ってこの地に来たんだ。それなのに、どの勇者も私の身体だけを求める。抱き心地の良さだけを評価する。いったい何のために私は―――」


 悔しそうに唇を噛むシラソバ。


 ――――――――――――――――――――


 シラソバが生まれた遠くの地では、将来有望な剣士として有名だった。

 その武術は他を圧倒していた。若さと美しさと実力を兼ね備えていた。

 そんなシラソバが武者修行の旅の途中で、勇者が現れた、との噂を耳にする。

 そしてシラソバは、厄災から世界を救うため勇者に協力しようと決意した。


 ―――だが、現実は非情だった。


 従者候補者として迎え入れられたシラソバは、勇者のを知る。

 あくまで人の枠内で高い実力を持つシラソバと、人の枠を超えた実力の勇者。

 模擬戦で完膚かんぷなきまでに叩きのめされる。

 しかも、相手の勇者は剣すらまともに振ったことが無かった。


 シラソバは勇者に素早く近づき、剣を巧みに操って勇者から剣を弾き飛ばした。 剣に素人しろうとの勇者には何が起こったのかすら分からなかっただろう。

 だが、剣を弾いた瞬間、シラソバは目にも止まらぬ速さで殴られた。

 見えなかった。速すぎて何も見えなかった。

 そして腹を殴られた衝撃で、嘔吐おうとし、気を失った。何もできずに完敗だった。


 神核の力をその身で知ったシラソバは、従者になるため性行為を受け入れた。


 ―――だが、そこでも理不尽さを知ることになる。


 疑似神核の力が強大すぎて、のだ。


 仮に、実力を数値化できるとしよう。

 一般的な兵士が10だとすれば、シラソバは50はあった。この差は大きかった。

 だが、従者が得られる疑似神核はそれに+500されるようなものだった。

 つまり、510と550になる。よって大した差ではなくなってしまうのだ。


 さらに、疑似神核で付与される力には、がある。

 例えば、クズオの神核が1000だとする。

 この場合、1000の内、何割くらいが疑似神核として従者に付与されるのか、が大事になってくる。


 クズオに昔から仕えるメイドのネネは、戦闘訓練などをしておらず、実力は2だとしよう。だが、クズオが勇者になる前から忠誠を誓っているネネは、昔から何度も肌を重ねており、疑似神核での強化が+600になる。よって602。

 それに対して、シラソバは+300。よって350。差は歴然だ。


 つまり、勇者だけでなく、メイドのネネにすら剣士シラソバは負けるのだ。


 シラソバの努力や誇りが、根底からくつがえされたようなものだ。

 シラソバは今までに、5人の勇者と性行為を行っていた。

 勇者の関心は、シラソバの身体―――剣の実力など誰も評価していなかった。


 そして、5人の中で最も強い疑似神核をくれた相手が、クズオ。

 しかし、他よりはマシなだけで、けして強力ではない。

 よって、ネネはもとより、他の勇者の従者にも劣りがちで、従者全体の中でも実力は下位に位置していた。


 ――――――――――――――――――――


 悔しそうなシラソバにクズオは言う。


「今から勇者サロンのに行くぞ。シラソバも来い。満足できる疑似神核を得られたら、また従者にしてやるぞ」


「くっ……。またか、またをするのか。―――わかった」


 シラソバにも意地があるのだろう。バカな奴だ、とボクは内心で笑う。

 顔も身体も良い。そして何よりも、その屈辱に耐えるさまが良い。

 ボクはシラソバを手放すつもりは無かった。

 実力的には少々不満だが、それ以外はボク好みだ。


 そんなボクに、ネネは言う。


「クズオ様。そういえば、本日新たな勇者様が到着されたそうです。男性の方で、これで男勇者は10人目になります」


「ほお、10人目か。挨拶でもしておこうか。今どこにいる? 名前は?」


から勇者サロンにいらっしゃるそうです。お名前はカズト様です」





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