第13話 勇者のサロン 2

 <カズト視点>



「申し上げにくいことですが―――現在、召集済みの勇者の中で、まだ従者を従えていない方はおりません。これは、男勇者・女勇者ともにです。女勇者には、全員。」


「―――えっ」


 クラエアの言葉に、俺は呆然とするしかなかった。


 そんなまさか! ありえない! 

 クラエアが俺を騙そうとしてる、とは思えないが、それでも信じられなかった。


「クラエアを疑うわけじゃないが、信じられないよ」


 そんな俺に、クラエアはさとすように言う。


「けしてアイナ様を卑下ひげするつもりはありません。これは仕方のないことなんです。私はアイナ様とお話したことが無いので、人となりはぞんげません。ですが、苦渋の決断だったであろうことは想像できます」


「苦渋の決断って……。たしかに従者が必要なのは理解できます。でも、だからって―――」


 納得できない。少なくてもこの目で見るまでは信じない。


「わかりました。では、勇者の皆様が住んでおられる屋敷までご案内します。ただし、会えるとは限らない、とお考え下さい」


「―――お願いします」






 俺はクラエアの案内で、勇者と従者向けに用意された地区へ向かった。


 城塞都市の北門を出ると、複数の建物が立ち並ぶ場所に着く。

 ここら一帯すべてが勇者たちに用意されたもので、共同住居、訓練施設、そして勇者と従者の交流の場であるサロンなどがあった。

 中央に色とりどりの花が植えられた広場があり、そこから左右対称に建物が立ち並んでいる。

 どの建物も新しく建築されたばかりで、きれいだった。

 奥の方はまだ建設中のものも多く、作業している人たちも見かける。


 クラエアが、先導せんどうしながら言う。


「中央の中庭を挟んで、左右に分かれます。向かって右が、女勇者と男従者用です。左は男勇者と女従者が使います。現在、カズト様も含めると、女勇者が12名、男勇者が10名の計22名になります。最終的には31名全員がここに来られる予定です」


 一刻も早くアイナに会いたい俺は、クラエアに頼む。


「とりあえず、アイナの住む屋敷へお願いします」


「かしこまりました。アイナ様は、女勇者専用の共同住居に住んでいると思われます。まずはそこに向かいましょう。ですが一つ注意点がございます。女勇者用の施設に入れるのは、使用人などを除けば、女勇者と男従者だけです。カズト様は中には入れませんので、呼び出す形になります」


「会えるならそれでいいけど、どうしてですか?」


「ここは勇者と従者が円滑に生活するための場です。あからさまに言うなら、異性の勇者と従者が性行為を行いやすいように配慮されております。例えば、女勇者の使用人はすべて女性です。つまり、勇者がここで接する唯一の異性は、従者と従者候補者のみです」


「つまり、男の俺が、女勇者のアイナにここでうのは難しいってこと?」


「はい。さらに付け加えると、男勇者が女勇者に会いに行くということ自体が周囲の反感を買う可能性があります。特におふたりが恋人同士だとバレれば、カズト様とアイナ様のお立場が悪くなるかと」


「どうしてですか?」


「―――それだけ『従者は必死ひっし』ということです。勇者だけでなく、従者にも数々の恩恵が約束されております。また歴史上、従者は勇者の配偶者になることが多いです。その恩恵や地位を求める者が、従者候補者として、世界中からここに集まっているのです」


 本人の意志とは関係無く神核を得る勇者とは違い、従者候補者は自らの意志でここに来ている者が多い。

 また、勇者はであるのに対し、従者はである。

 これらの事情を考慮すると、クラエアの言う『従者は必死ひっし』というのも納得できてしまった。


 アイナに会うことすら難しい、と理解した俺に、クラエアはさらに続ける。


「特に悲惨ひさんなのが、従者になれなかった従者候補者です。候補者は、自身の栄達えいたつや周囲の期待に応えて、従者になるためにこの地に来ます。では、そういった者が、最終的に従者になれずに終わったら、本人はどう思うでしょうか? 周囲はどう考えるでしょうか? それぞれの置かれている事情にもよりますが、多くの場合、として立場を失うことでしょう」


 悲壮感をただよわせながら言う、クラエア。

 その様子を見て、俺は理解した。これはまさにクラエアにも言えることなんだと。

 

 クラエアの家系、ベーゼルグスト家の初代当主は、勇者アーガルムの従者。

 つまり、初代当主と同様に、勇者の従者になることは、ベーゼルグスト家の悲願なのではないか。

 一族の期待を背負っているクラエアは、従者になれなかった場合―――。


「クラエアもそうなんだね?」


「……はい。なので皆さん必死なのです。この場所は、外見は勇者と従者が集う楽園です。ですが、その内側はけして美しくも華々しくも無く―――。そんな状況で、もしカズト様とアイナ様が恋人同士だと知られたら―――。もし、お二人が密会していたと知られたら―――」


「俺とアイナに危害きがいが及ぶと?」


「いえ、直接なにかされることは無いでしょう。おふたりは勇者様ですから。ですが、恋人関係の解消は迫られるかと。そして、監視下に置かれるかもしれません。そうやって、強引に引き離されると思います。その上で確認しますが、カズト様は恋人であるアイナ様のため、従者を得ることに抵抗されるのでしょう?」


「ああ、アイナと約束したんだ。従者契約をするために性行為が必要なら、それは受け入れられることじゃない。アイナもそうだ」


 そうだ、アイナも同じ考えのはず。

 アイナに従者がいるなんて、なにかの間違いだ。


「残念ながら、そのお考えは―――世界を敵にまわしてしまいます。厄災から世界を救うため、神核保有者はその責務をまっとうしなければなりません。それが勇者です。そのためには万全ばんぜんす必要があります。従者の存在は、勇者を助け、勇者の力を底上げする必須の要素です。その従者を否定することは、勇者の責務から逃れようとすることにほかなりません。最悪の場合、ことなるかもしれません」






 クラエアに連れられ、屋敷の前に到着した。

 目の前にある屋敷は、一際ひときわ大きな2階建ての建物だった。

 その大きさとガラス張りの窓の数から、かなりの人数が収容できそうだ。


「ここが、女勇者用の共同住居です。現在12名の女性の勇者様と、その従者である男性のみが住むことを許されております」


「たったそれだけの人数で? いくらなんでも―――」


「これはあくまで住居です。本来なら、勇者様おひとりずつに専用の屋敷を用意する予定でしたが、建設が間に合わないため、やむを得ずこの様な形になっております」


 これで仮の住居なんて……。村育ちの俺には、まるで別世界に来た気分だ。


「では、カズト様。アイナ様へ取り次いで参りますので、少々お待ちください」


 そう言って、クラエアは屋敷の中に入っていく。


 アイナに早く会いたい。会って確かめたい。

 気がはやる俺は、アイナを探すように屋敷のガラス窓を一つ一つ確認していく。


 そこで、一つの窓に人影を発見した。

 半透明なガラス窓では、中の人が誰なのかは分からない。人の形をしたシルエットが見えるだけ。

 そのシルエットは、窓に両手をついてこちらを向いている。

 そして、別のシルエットが現れ、2つのシルエットが重なる。

 声は聞こえないが、窓ガラスはガタガタと揺れていた。


 あの部屋の中で、のか―――さすがに分かってしまう。


 まだ時刻は昼を過ぎたくらい。

 この屋敷に住んでいるのは、女勇者と男従者だけ。

 最悪の想像が、頭をよぎる。もし、アレが―――。


 そんなことを考えてしまい自己嫌悪におちいっていると、後ろから声を掛けられた。


「おい、おまえ。誰の従者だ?」


 振り返ると、そこには真っ黒な全身鎧フルアーマー姿の大男が立っていた。

 全身鎧フルアーマーは、首から手の先、足の先まですべてを覆っていて、肌が見えるのは顔のみ。

 鎧を着ていても分かる体格の良さと、背の高さ。

 そして鋭い眼光は、威圧感を放っていた。


「俺はカズト。従者じゃない。おまえは?」


「セルレン様の従者、グーリンカム。従者じゃないだと……。だが、この存在感は―――ああ、そうか、もしかして勇者か?」


「そうだ」


 俺がうなずくと、グーリンカムの表情はより険しくなる。


「なんで男勇者がここにいる? サロンの従者に飽き足らず、女勇者にまで手を出しに来たのか?」


「そうじゃない。俺はただ、こいび―――同郷の人間に会いに来ただけだ」


 クラエアからの説明を思い出し、という表現を避けた。

 ここでアイナが恋人だと知らせることは得策では無い、と感じたからだ。


「ほお、誰だ? 従者なら呼んでこれるぞ」


 ここでアイナの名前を出していいのか迷う。

 男の従者を呼び出すのなら問題ないのだろう。

 だが、呼び出したい相手は、異性の勇者だ。


「―――今、呼びに行ってもらっている。大丈夫だ」


 グーリンカムは、納得がいったのか、この場を離れようとする。


「そうか、邪魔したな」


 そうして立ち去ろうとしたグーリンカムが、途中で足を止める。

 その視線の先には、屋敷から出てきた男に向けられていた。


 屋敷からクラエアと一人の男が出てきた。

 その男は、長身の細い体躯たいくに、整った顔立ちをしていて、肩まで伸ばした金髪。 そして、が特徴的だった。

 あれは―――ハーフエルフ。尖った耳はハーフエルフのあかしだった。


「チッ、むかつく奴に会ったぜ」


 グーリンカムが舌打ちをしながらつぶやく。相当嫌っているようだ。


 戻ってきたクラエアが、気まずそうにしながら、連れてきた男を紹介する。


「カズト様、お待たせしました。こちらは―――アイナ様の従者のフェイクトです」


 アイナの従者……。そんな、馬鹿な―――。


 フェイクトは、俺を一瞥いちべつした後、たまたま隣にいたグーリンカムに顔を向ける。

 そして、俺を無視して、グーリンカムに話しかける。


「なぜ、君がここにいる? 用が無いなら立ち去ってくれないか」


 冷静なフェイクトの物言いに対し、グーリンカムは皮肉げに言う。


「勇者カズトと、少し話をしてただけだ。てめぇなんかが勇者カズトと同郷なワケねーよな。分際ぶんざいで」


『裏切り者』と言われたフェイクトは、まったく気にしていないようだ。


「じゃあ、用は済んだか。カズト様と話すことがある。外してくれ」


「いいや、終わってねーな。裏切り者が男勇者に何の話だ? まさか、次は男に乗り換えるつもりか?」


「下らんことを口にするな。はっきり言おう。邪魔なんだ。立ち去れ。さもないと―――」


「ほぉ。てめぇが? オレに? ―――やろうってのか?」


 剣呑けんのんな雰囲気の2人。

 クラエアが慌てて止めに入る。


「おやめなさい! 従者同士の私闘も禁止されてますよ。ここで問題を起こせば、お仕えしている勇者様にもご迷惑が掛かることを今一度考えなさい!」


 クラエアの言葉にハッとするフェイクトとグーリンカム。

 だが、グーリンカムのいら立ちは治まらなかった。今度は俺に話を向けてくる。


「勇者カズト。このフェイクトって奴を信用しない方がいいぞ。こいつは乗り換えたんだ。しかも、よりにもよって大恩だいおんあるユーメィ様を裏切って!」


 まくし立てるように言うグーリンカム。俺は気になって問い返す。


「裏切った? ユーメィ様?」


「ああ、そうだ。勇者ユーメィ様はこのクズハーフエルフの命の恩人だ。そして、ユーメィ様が神核を得られる前から親しくしていた。だから、こいつはユーメィ様の従者になった。だが、こいつはあっさり捨てたんだよ。別の女勇者の従者になったんだ!」


 なんとなくだが、話の流れはわかった。

 グーリンカムは、フェイクトが仕える相手を変えたことが許せないんだろう。

 まあ、気持ちはわかる。

 だが、それよりも俺には確かめなければいけないことがある。


「―――乗り換えた相手が、アイナなのか?」


 そう、フェイクトに問う。フェイクトは気まずそうな顔をしていた。

 そして、俺の問いに答えたのはグーリンカムだった。


「そうだ! アイナ様は恋人がいると言って、従者の誘いをかたくなに断っていた。毎日毎日、多くの従者候補者が群がっていたが、態度を変えなかった。そうなるとな、どんどん立場が悪くなっていくんだよ。しかも、アイナ様は恋人の名前を言わなかった。恋人がいるなら、普通は従者にしちまえばいいんだ。最低1人は従者がいれば、2人目以降がいなくても多少肩身が狭くなる程度で済む。なのに、アイナ様はそれすらも拒絶した。そのせいで、不倫ふりんだとか、いろいろと噂が立ってな……。それで追い込まれていったアイナ様は少しずつおかしくなっていった。オレも気の毒には思ったが、相手の名前すら言わないんじゃあかばいようがない。そんなある日、突然アイナ様が従者を従えていた。それがこのフェイクトだ! どんな手を使ったんだか知らないが、こいつはユーメィ様からアイナ様に乗り換えたんだ。そして疑似神核を大きく成長させやがった。今では、従者の中でも実力は上位に位置する。こいつはそういう奴なんだよ!」


 話を聞いた俺は後悔した。

 アイナがそんなに追い詰められていたなんて……。

 ―――せめて近くにいれば。そんな思いが頭をよぎる。


 アイナは責められる立場にあるのだろうか?

 もちろん、こうなってしまって悲しい。くやしさと無力感にさいなまれる。


 だが、どうしても「裏切り者!」とうらむ気持ちになれなかった。


 この話を聞いた今でも、俺はアイナを愛している。

 

 幼い頃からずっと一緒で、姉弟のように育ち、気が付けば一人の女性として愛していた。

 想いが通じ合った時は嬉しかった。

 短い間だったけど、恋人としての時間はかけがえのないものだった。


 だが、今アイナがそれを望んでいないのだとしたら、俺は身を引くべきなのか?


 愛しているからこそ―――身を引くべきか、あきらめずにいるべきか。


 俺には答えが出せなかった。



 ―――心が揺れる。すきが生まれる。そんな状況で、


 ―――身体から青白いオーラがあふれ出てくる。


 息を飲むフェイクトとグーリンカム、クラエア。

「まさか……」

「おい、なんだこれ! ありえねぇ」

「反転? いえ、違う。これは……」


 ―――力が沸き上がる。みなぎってくる。


 ―――だが、これはダメだ。心の奥底にある、アレが出てくる。


 俺は力を抑える。が、やり方はわかる。


 しばらくの間、自身との葛藤かっとうの後、力を抑え込むことに成功した。


 他の3人は、俺が落ち着いたのを確認すると、ほっとしていた。

 今起こったことを知りたそうな素振そぶりを見せていたが、俺が首を振ると、断念したようだ。

 俺にも分からないから答えようがない。

 それに今の出来事を考える気分になれない。アイナのことで頭がいっぱいだからだ。


 そして、フェイクトが真剣な顔で言う。


「カズト様。このような立場で言うのを申し訳なく思いますが、率直に言います。アイナ様のことはあきらめた方がいいでしょう。カズト様もアイナ様も勇者に選ばれし御方。残念ながら結ばれる運命ではありませんでした。カズト様、勇者のお役目を果たしてください。従者を従えてください。でないと取り返しのつかないことになります。―――ですが、もし、あきらめないのでしたら、地獄を見る覚悟をお持ちください。それはカズト様だけでなく、アイナ様も地獄を見ます。壊れてしまうかもしれない。たった1ヶ月で、アイナ様は実際そうなりかけてました。そこまでする覚悟があるのなら―――私からアイナ様を取り返してみてください。それが出来るのなら」


 そう言うと、フェイクトは屋敷に帰っていった。


 話をきいていたグーリンカムが、済まなそうに言う。


「そういうことか。勇者アイナの恋人は、勇者カズトだったのか……。それならアイナ様が恋人の名前を言えるわけないよな……。恋人が勇者じゃあ、従者にも出来ないからな。カズト様、いろいろと悪かった。だが、オレもあえて言わせてくれ。こればっかりはしょうがねぇよ。フェイクトがクソなのはもちろんが、それでも、フェイクトを排除したところで、状況は変わらねぇ。結局は、勇者同士だけでは成り立たない。お互いに別の相手を従者にするしかない。それぞれ従者を従えた上で―――ってならいけるかもしれない。どうしても一緒にいたいなら、そこまでは妥協しろ。まあ、それでいいならだけどな」


 そう言うと、グーリンカムも去っていった。


 最後に残ったクラエアが、俺の手をそっと握る。

 手から伝わる体温が、少しだけ気を落ち着かせてくれた。


 クラエアが手を引いたまま歩き出す。そして振り返らずに言う。


「カズト様。私からは何を言っていいのかわかりません。ですが、必ず前を向いてください。絶望は、神核に悪影響を及ぼします。神核を失うことも、させることもあってはなりません。貴方さえよければ、私がそばにいます。貴方は他の勇者とは違う。そう確信しました。まずは、貴方の住む屋敷に向かいましょう。その後、勇者サロンに行きませんか。きっといい出会いがあるかもしれません」




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