第12話 勇者のサロン 1
<カズト視点>
馬車の荷台で揺られながら、城塞都市アーガルムを目指す。予定ではもうそろそろ着きそうだ。
街道の両端には、既に建物がちらほらと建っている。
城塞都市アーガルムは、その名の通り巨大な城壁に囲まれている。
だが、その城壁はあまり意味をなしていない。
なぜなら、20万人を超える人口のすべてを、その城壁内に収めることは不可能で、城壁外にも街並みが続くからだ。
城塞都市を空から見ると、人が仰向けに大の字で寝そべっているように見えるだろう。
胴体部分が城壁内。最も栄えている。
左右に広げた手の部分が、東西を横断する大通り。この街道に沿って城壁外まで街並みが続いている。西も東もそれぞれ別の港町に繋がっている。
足の部分は、南東と南西に続く大通り。この街道も同様に城壁外まで街並みが続く。南東の街道は鉱山へと続き。南西の街道はオアシスのある町とその先の未開領域の砂漠へと続く。
頭の部分は、ほとんど何も無かった。つい最近まで。
というのも、城塞都市の北側は、不気味な樹海と
そこで、その空き地に目を向けた領主は、31人の勇者と、将来の従者になる従者候補者たちを迎え入れるための施設を建設していた。
―――そこで、ようやく俺にも召集がかかった。
この召集は、受け入れ施設の完成度合に沿っての段階的なものであり、城塞都市から遠隔地に住む者を優先として、順次行われていた。
俺は神核を得てから3か月経って召集された。そして今向かっている最中。
幼馴染兼恋人のアイナは、1か月前に既に召集されている。
同じ村に住んでいたのに召集された時期が違うのは、女勇者用の施設が先に完成したかららしい。
召集には逆らえないので、先に召集されたアイナを、俺は見送った。
神核を得た日、アイナと恋人になった。
あれから2ヶ月の間、アイナと甘い日々を過ごした。
元から幼馴染として、姉弟として、いつも一緒だったが、恋人になってからは、より距離も近くなり濃密で新鮮な時間を過ごした。
何度もキスを交わし、一緒に裸で水浴びもした。裸で抱きしめ合い、互いに身体を触れ合う。胸の柔らかさも、引き締まった大きいお尻のハリも
でも、最後の一線は超えなかった。その
「カズト様、そろそろ到着しますよ」
物思いに
「ありがとう、思ったより早かったね」
「そりゃあもう、勇者様のお陰ですよ。発表があってから、人も物も増えましたが、領主様が街道の整備を進めましてね。むしろ前よりも、流通は円滑になったんですよ。だから、みんな感謝いているのです、カズト様」
「ははは……。俺は何もしていないけどね」
少し前に『勇者が31人現れた』と正式に発表された。
それ以前から噂はいろいろと漏れていたので、すぐに受け入れられた。
さすがに勇者の顔と名前は周知されていないが、関係者には伝わっている。
この馬車も領主から
軽い確認だけで、城門を通過できた。
門兵からは、期待の目を向けられて一礼される。
城塞都市内に入り、馬車を停める場所まで行く。そこで迎えの者が待っているらしい。
待っていたのは―――
肩幅が狭く細い身体つきだが、
年齢は俺よりも少し上だろう。20代半ばくらい。
若々しさと、落ち着きさを兼ね備えている。
身分が高い、または実家が金持ちなのかもしれない。そう思わせる気品があった。
馬車を降りる俺に近づいてきて、声を掛けてきた。
「カズト様でお間違いないでしょうか?」
その
その瞳は、自信で満ち
「はい。東村から来たカズトです。召集通知を受けてきました」
領主の印が入った招集通知を渡すと、中身を確認もせずに会話が進む。
「ようこそ城塞都市アーガルムへ。お待ちしておりました。私の名は、クラエア・ベーゼルグスト。カズト様をご案内する役をさせて頂きます。ちなみに―――私も従者候補者です。
クラエアと名乗る女性は、余裕の笑みを浮かべながら、ゆっくりと値踏みをするかのように俺を見ていた。
俺はクラエアの名前に、引っかかりを覚えていた。
クラエア・ベーゼルグスト。
城塞都市アーガルムの領主を支える5大貴族。その一つに、『学術』を管轄する貴族ベーゼルグスト家があるからだ。
「ベーゼルグスト。あの5大貴族の?」
「ええ。現当主の孫娘にあたります」
「これは失礼しました、クラエア様。どうぞよろしくお願いします」
俺は
それに対してクラエアは、ゆつくりと首を振った。
「カズト様、おやめください。貴方は神核を保有する勇者様。選ばれし御方です。一方で、私はただの従者候補者に過ぎません。勇者様のお情けを頂けなければ、選ばれなかった女として残りの人生を送ることになる
彼女の内面を
クラエアはへりくだった様子に見えるが、その
「どういうつもりかは分かりませんが、普段通りの話し方でいいならそうします。だから、クラエアもそんなにかしこまらないで下さい」
俺はそう言って、周囲を見回す。アイナが迎えに来ていないか探すためだ。
しかし、アイナの姿は見当たらなかった。
そんな俺にクラエアが言う。
「―――他の方とは違うようですね。少し興味が出てきました。ところで、カズト様。なにかお探しでしょうか? 私はこの都市の人間です。いろいろと融通の
クラエアの話し方は変わらないが、表情はいくらか柔らかくなっていた。
俺は1か月前に召集されたアイナについて聞いてみる。
「クラエアはアイナを知っていますか?」
「はい。貴方と同じ『31人の勇者様』ですね。アイナ様は既に召集されて、この城塞都市に滞在されております」
「今どこにいるか、分かります?」
「現在、遠征されている方の中にアイナ様のお名前はありません。ですので、都市内にいることは間違いないかと。具体的な場所は
アイナへの興味は無さそうに答えるクラエア。
なにかヒントでも、と思って食い下がる。
「じゃあ、どこか居そうな場所とか分かりますか? もしくは、行きそうな所」
「いえ、まったく。そもそも、アイナ様は女性の勇者です。女勇者には、男の従者。男勇者には、女の従者が従います。現在召集されている男勇者の情報ならともかく、女勇者のことは私の管轄外ですので……」
なるほど。従者候補者だからといって、同性の勇者はクラエアにとって関係の無い存在だった。
「失礼ですが、カズト様。アイナ様とは、どういったご関係で?」
「恋人です。同じ村出身で、俺より1か月早く召集されてて―――」
「そうですか。それは残念でしたね。どちらかだけ神核を得たのであれば、問題無かったのですが……」
「ああ……。でも、大丈夫です。信じてますから」
同情の目を向けてくるクラエア。
俺は彼女の言いたいことを理解していた。
―――勇者と従者の関係。つまり、従者を得るために性行為が必要なこと。
この事を後に知り、俺とアイナは困惑した。
ショウがかつて言っていた「恋人になっても、お前たちはうまくいかない」という考えは、後になって理解はできたが、受け入れることは到底できなかった。
従者契約の方法を知ってからの俺とアイナは、より関係が親密になった。
―――離れたくなくて。愛する者はお互いだけだから。
でも、最後の一線を越えられなかった。
―――この先の未来の不安に駆られて。裏切られるのが怖くて。
そして踏ん切りがつかないうちにアイナの召集通知が来た。
その時、焦った俺は、出発日の前夜に、アイナに対して「最後までしよう」と言ってしまった。
これはアイナを信用していない、と思われても仕方のない発言だった。
そういう気持ちを見透かされたのか、アイナが「純潔の証を残したい」と提案してきた。
お互いに従者を得なくてもいい状況に落ち着くまで待とう、と。
私を信じて、と言われ。逆に、男のカズトは証明しようが無いけど、私は信じてるから大丈夫、と言われてしまい、俺は黙ってうなずくしかなかった。
―――だから、俺はアイナを信じる。そして、アイナからの信頼に応えてみせる。
そんな俺の気持ちを知ってか知らずか、クラエアは
「申し上げにくいことですが―――現在、召集済みの勇者の中で、まだ従者を従えていない方はおりません。これは、男勇者・女勇者ともにです。女勇者には、全員男性の従者がいます。」
「―――えっ」
クラエアの言葉に、俺は呆然とするしかなかった。
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