第9話 村を発つ 2

 <カズト視点>



「アイナ姉さん。俺だよ」


「カズト! ど、どうしたの、こんな夜中に」


「それはこっちの台詞せりふだって。俺は水を汲みに。アイナ姉さんは?」


 暗くてよく見えなかったが、アイナ姉さんは妙に色っぽかった。

 ほほは赤く染まり、吐息がはぁはぁと漏れている。

 少し息が荒く、胸がわずかに上下していた。

 寝間着ねまき姿で、布団から出たままの状態なのだろうか、少し服が乱れていた。


「え、ええ。な、なんだか寝れなくて……」


「どうしたのあわてて。変な夢でも見た?」


あわててなんてない。ここにカズトがいると思わなくて……びっくりしただけなの、なんでもないわ」


 何かをごまかすような素振りなのは分かるが、言いたくなさそうなので、追及しないでおく。

 とりあえず、話を変えよう。


「そうか、ならいい。それよりも、今日は大変だったね」


「ね、大変だった。あれからどう? 身体の調子は」


 胸に激痛が走って起きた、と言ったら、余計な心配をかけるだろう。

 そのことは黙っておくことにした。


「神核のすごさに驚いてるよ。身体がすごい軽いんだ」


「私も。正直、ここまでとは思わなかった。たぶん、今の私はうちの両親よりも強いかも」


「俺もそう思う。さっき、父親を全力で抱きしめたら怪我させそうになった」


「カズトもそうなの!」


「ってことは、アイナ姉さんも?」


「私は、興奮したらコップを握り潰しちゃった……。お気に入りだったのに」


 なんで興奮したのか、は聞かないでおこう。


「力を抑えるのに苦労しそうだね」


「そうね。それよりカズト。ちょっと聞いてもいい?」


 少し話して落ち着いたのか、アイナ姉さんは微笑みを向けてくる。

 ただ、なぜだろう。その微笑みが、いつもと違う気がする。

 視線が熱っぽい? いつもの優し気な雰囲気とは違う。


「なに、アイナ姉さん」


「うーん、と。まずその『姉さん』って止めない?」


「えっ」


「あっ、違うの。嫌じゃないのよ。でも、できれば『アイナ』って呼んで欲しい」


 突然の提案に驚いた。

 元々は『アイナお姉ちゃん』と呼んでいた。

 その後、俺がアイナ姉さんを異性として意識し始めた頃、思い切って『アイナ』と呼んだことがある。

 その時、「お姉ちゃん」って呼んでよ、と怒られた。

 それ以降、『アイナ姉さん』と呼んでいた。


 どんな心境しんきょうの変化だろうか。分からない。

 だが、異性として見てほしい俺としては願ってもないことなので受け入れる。


「わかったよ、アイナ」


「ふふっ、ありがとう、カズト」


 その笑顔にドキリとした。

 昔からアイナが美しいのは分かっていた。分かり切っていた。

 でも、今までで一番美しいと感じた。


 目が離せない。その瞳に吸い込まれそうになる。

 今までの俺に対して一度も向けてこなかった感情が、その瞳に宿っているようだった。


「アイナ―――今日は一段ときれいだね」


 思わず口に出してしまった言葉。

 こんなキザな台詞せりふは初めてだ。


「そのめ方……。カズト、言ってくれたのね!」


 ―――また?


「カズト、愛してるよ」


 そう言って、頭の後ろに両手をまわしてキスをしてきた。


 初めての唇の感触に、驚きよりもうれしさが溢れる。

 目をつぶる間もない口付けだったので、俺は目は開けたまま。

 視界いっぱいにアイナの顔がある。

 アイナの美しい切れ長の目は、閉じられていた。

 目を閉じる際に、こぼれ落ちた涙が頬を伝っている。

 唇の温かさが、アイナの深い愛情を俺に伝えようとしている気がした。


 しばらくすると、アイナの唇が離れていく。

 名残惜なごりおしさを感じるのは、贅沢ぜいたく過ぎる欲望か。


「しちゃったね、カズト」


「ああ……。ずっとしたかった」


「本当? やっぱり運命だよね」


「俺がずっとアイナのこと好きだったの、気づいてた?」


「―――そうだったんだ。ごめん、知らなかった。でも、これからは違うよ。私も好きだから。大好き。絶対離さない」


 ―――もう?


「ずっと一緒だろ。小さい頃から」


「そうね。、これからも―――ずっと一緒にいようね」


 そう言って、ぎゅっと抱きしめられる。

 キスの時は何もできなかったので、今度は俺からも抱きしめ返す。


 ―――抱き合っている最中、違和感を感じた。


 昔からアイナには抱きしめられていた。今回も同じ抱きしめ方。

 ただ、今までと違い、胸を押し付けられている気がする。

 キスしたせいで、俺が過剰に反応しているのだろうか。

 それなら、その違いを、俺は受け入れたかった。


「アイナ。これからは、恋人として一緒にいたい」


「―――嬉しい。ええ、もちろん。私たち恋人よ。幼馴染恋人よ」


「幼馴染も入るのか」


「それも大事よ。なんだから」


「そうだな。そのきずなも大事だよな。切っても切り離せない大切なものだ」


「え、ええ、そうよ……。言っておくけど、だからね」


「当り前じゃないか。


「―――うん、わかってる。好きよ、カズト」


「俺もだ、アイナ」



 しばらく抱き合った後、俺から体を離した。

 キスした時と同様に名残惜しかったけど、これ以上抱き合っていると別の欲望が出てきそうだったから。


「私の部屋来る? あっ、やっぱりカズトの部屋にしましょう」


 恋人として一緒の部屋で寝る。つまり、そういうことでいいのか?

 同じ考えだったら嬉しい。

 でも、今まで姉弟としてよく一緒に寝ていた。

 その場合の俺は「抱き枕役」。信頼を裏切ってはダメだ、と煩悩ぼんのうに耐えて手は出さなかった。幸せだったけど、つらくもある時間だった。


 今はどっちなんだ? 

 恋人としてそういう行為をするなのか、姉弟としてただ一緒に寝るのか。

 判断がつかない。万が一、俺が暴走して傷つけてしまったら―――。


 それに俺のベッドは汗でびっしょり。そこにアイナは寝かせられない。

 俺は断腸だんちょうの思いで決断する。


「いや、いつも言ってるけど無防備すぎ。我慢できなくなるからやめとこう」


「ふーん。まあ、いいわ。ゆっくり行きましょうか。それはそれで楽しみ」


 あー、俺やっちまったな、これ。

 ま、まあ、いい。俺もアイナとゆっくり関係を深めていこう。

 アイナも言ってた通り、それはそれで楽しみだ。


「じゃあ、戻ろうか。俺は水汲んでから寝るよ」


「待って。聞きたいことがあるの」


「ああ、そうだった。で、何を聞きたいの」


「神核を得た時のこと、教えてほしいの」


 アイナの表情はさっきまでとはうって変わり、真剣味を帯びていた。


「いいよ。えっと、成人の儀の途中で、急に光が全身から溢れてきて、空中? に浮かんでるような感覚におちいって、周りは真っ白い何も無い所で浮かんでて―――」


「なにそれ……」


 アイナのつぶやきに、思わず話を止める。

 アイナは呆然としていた。


「どうしたの、アイナ」


「いいから続けて。お願い、カズト」


「わかった。それで、真っ白くて何も無い場所に浮かんでて、どこからか、上か下か、前か後か、本当にどこから声がしているのか分からないけど、声が聞こえてきて、『あなたは選ばれた』って。そしたら、雑音、っていうのかな。ヘンな音がして、声がよく聞こえなくなって、断片的にしか聞き取れなくなったんだよ。それで、拾えた言葉が、『神核を育てろ』『神核を分け与えろ』『厄災から世界を救え』って部分かな」


「―――そう。ねぇ、他になにかなかった? 全身が痛くなったりとか、記憶が蘇ったりとか」


「全身が痛くなる? 記憶が蘇る? いや、分からないな」


「本当? その……、カズトが言葉を聞いたんでしょ? その後、なにがあったの?」


「いや―――実はその後のこと、あんまり覚えてないんだよね」


「あんまり覚えてない、ってどういうこと。光が収まった後、私が話し掛けたよね? それまでどうだったの?」


「ああ……。そうそう。アイナに話しかけられて意識が戻ったんだ。それまでの記憶が無いんだよ。あれっ―――なんで記憶が無いんだ」


 アイナに言われて、よくよく思い出してみると、気がする。

 何かがあった気がする。でも、思い出せない。なんだろう―――。


「―――そう。カズトにはが無かったのね。もしくは忘れてる」


 センタク? 宣託せんたく(神のお告げ)のことか?

 神かどうかは分からないけど、それこそ宣託なら、『あなたは選ばれた』『神核を育てろ』『神核を分け与えろ』『厄災から世界を救え』ってのがそれかもな。


「アイナはどうなんだ? 声は聞こえなかったらしいけど、はあったのか?」


 俺の問いかけに、アイナは難しい顔をして黙る。

 なにかを迷っているように見える。

 そして、何かを決意したように、軽くうなずくと、真っ直ぐ目を見て口を開く。


「カズト。聞いて。実は―――」


「おっ、その声はアイナか? おお、アイナ! ちっ、カズトお前もいるのかよ」


 俺を見るなり舌打ちをしながら近づいてきたのは―――たしか、ショウだ。


 ショウは、俺たちと一緒に神核を得た男性。歳は18で俺より2つ上。

 俺が知る限り一番と言っていいほどに背が高い。

 広い肩幅と隆起りゅうきした筋肉、相当腕力がありそうだ。

 服装も綺麗で、村に住む俺たちとは根本から違う生活を送ってきたのだろう。


 ショウが、俺から目線を外し、アイナの身体をじろじろと見ながら近づいてきた。


「よう、アイナ。。なんつーか、。お前の家に行こうとしてたんだぜ。それとも?」








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