第10話 村を発つ 3

 <カズト視点>



 ショウが、俺から目線を外し、アイナの身体をじろじろと見ながら近づいてきた。


「よう、アイナ。。なんつーか、。お前の家に行こうとしてたんだぜ。それとも?」


 ショウの言葉に、アイナが鬼の形相ぎょうそうで睨みつける。


「あんたを待ってる? 私が? ふざけないで! 誰がショウなんか―――」


「わかったわかった、うるせーな。真夜中だぞ、静かにしろよ。それより、お前ら何してんだ? たしか―――だよな?」


「うるさい、あんたには関係ない。それよりもって言ったでしょ」


 俺はアイナとショウのやり取りを聞いて、少し驚いていた。

 いつも冷静なアイナが、ショウ相手には露骨に感情を表に出していたからだ。

 その感情は、明確な拒絶だったので、変な心配はしていない。

 だが、男性からの不躾ぶしつけなアプローチは今までにも散々あった。

 どんな相手でも、アイナは努めて冷静に対処していた。

 にもかかわらず、ショウに対しては感情を表に出すほどのがあるように感じられる。


「アイナ。ショウとは知り合いなのか?」


 その問いかけに、アイナは気まずそうな顔をする。


「まあ、そうね。あっ、でも、勘違いしないでカズト。全然関係ないから」


「へえ、知り合いなんだ。知らなかった。いつから?」


「えっと―――ずっと、昔か……な」


 俺とアイナの会話に、ショウが割り込んでくる。


「はははっ、ずっと昔か。そうだよな、オレとアイナはずっと昔からの仲だ」


「ちょっと変なこと言わないで、ショウ。あんたとはなんの関係も無いんだから」


「おいおい、なんの関係も無いってことはないだろ。でもでも出会えたんだ。オレなら運命を感じるけどな」


「だ、だれがあんたなんかに。もう帰って! 二度と顔を見せないで!」


 アイナが嫌悪感を丸出しにしてショウを突き放す。

 それなのに、ショウはどこ吹く風の様子。むしろ面白がっている。

 良好な関係ではないだろうが、昔からそれなりの付き合いはあるようだ。

 生まれてこの方アイナと一緒に生きてきたとはいえ、さすがに四六時中アイナといたわけではないので、アイナの交友関係のすべてを知っているとは言えないが、こんな知り合いがいたとは驚きだ。


 アイナに邪険じゃけんにされていたショウは、俺に視線を向けると、呆れた様子で言う。


「ってか、カズト。お前まだ記憶が無いのか?」


 俺が答える前に、アイナが割って入ってくる。


「ショウ止めて。カズトに話し掛けないで!」


「いや、お前のためでもあるんだがなぁ」


「そんなこと頼んでない。余計なこと言わないで」


 アイナのため? 記憶? 『まだ記憶が無い』って、俺は何か忘れてるのか?

 俺は、ショウに問うことにした。


「記憶? なんの記憶だ?」


「カズト……」


 アイナが何か言いたそうな目をしている。


「大丈夫だよ、アイナ。ちょっと気になってさ。なあ、ショウ。よかったら教えてくれないか。俺は何かを忘れているのか?」


 ショウはニヤつきながら口を開こうとして、途中で閉じる。

 ショウはしゃべる寸前にアイナの表情を見てその口を閉じたのだ。

 俺はアイナをうかがい見る。すると、アイナは本気でショウを睨みつけていた。


 そしてショウは「はぁ」とため息をつくと、面白くなさそうに口を開いた。


「ったく。しょうがねぇな。カズト、昔この村で俺たち3人は会ったことあるだろ? それを覚えてないかって聞いたんだよ」


 そうだったのか。思い返そうとしたが―――駄目だった。

 昔と言っていたが、幼い頃だろうか。ショウの外見も変わってて、そのせいで思い出せないのかもしれない。


「そうだったのか……。すまん、まったく記憶にない」


「―――忘れんじゃねーよ。まあ、その方がいいけどな」


「昔会った時に何かあったのか?」


「それは自分で思い出せ。忘れてるお前が悪い。オレから言うつもりはねーよ」


 そう言われてしまうと、何も言い返せない。

 忘れてる俺が悪い、か。たしかにその通りだ。


「もういいでしょ。帰ってよ、ショウ」


「しょうがねーな。じゃあ、別の奴でいいか。おい、アイナ。だからな。この埋め合わせは必ずしろよ」


 そう言うと、ショウは後ろを向いて離れていこうとする。

 アイナはそっぽを向いて、ショウが立ち去るのを待っている様子だ。


 俺はアイナとショウの関係性が分からずに、あえて口を挟まずにいた。

 だが、もういいだろう。

 アイナが嫌がっているのは間違いない。なら、釘を刺しておこう。


「待て、ショウ」


「あ、なんだよ」


「カズト……?」


 アイナの肩を抱き寄せ、ショウに向かって言う。


「アイナと俺は付き合っている。恋人だ。今後は勝手にアイナに会うな」


 その言葉を聞いたアイナは、ぱぁと顔を明るくする。

 アイナが笑顔で身体を寄せてくる。腰に手をまわし、肩に頭を乗せてきた。


 ショウは驚いた表情の後、つまらなそうな顔をした。


「おい、付き合って無いって言ってただろ」


「おあいにくさま、恋人になったの」


 アイナが勝ち誇ったように言う。


「くそっ、また先を越されたか―――」


「いいな。勝手にアイナに会うな」


「―――わかったよ。だけどな、同じ神核保有者だ。勇者っていう使命もある。そういった関係上、会うなってのは無理だ。そうだろ?」


 神核保有者の話題を出されると、拒否できない。

 事実、4人の神核保有者は今後も顔を合わせることになるだろう。

 嫌でも行動を共にしなければいけないかもしれない。


「神核保有者としての事情なら仕方ない。でも、個人的に会うのはダメだ」


「おいおい、束縛が過ぎるんじゃないのか? アイナが愛想を尽かすぞ」


「残念でした。私は束縛される方が好きなの。カズト限定でね」


 アイナの笑顔を見て、ショウが苦虫を嚙み潰したような顔になる。

 さっきとはまるで逆の立場になったようだ。



 今度こそ立ち去ろうとしたショウが、足を止める。あることに思い至ったようだ。

 そして、余裕を取り戻した表情で言う。


「おい、お前たち。を知ってて付き合ったのか?」


 勇者が従者にする方法? 何を言っているんだ、こいつ。

 アイナと目を合わせる。アイナも首をかしげていた。


 俺たちの様子を見て、ショウが笑いながら言う。


「はははっ、こいつはウケるな。おい、アイナ。今からでもオレの女にならねぇか? オレなら受け止めてやれるぜ。オレのモノになるなら、別に構わねぇぜ」


「結構よ。死んでもあなたの女にはならないわ。私はカズトだけで十分なの。それ以外必要ない」


「つまり、他の男には抱かれないってか?」


「当り前じゃない」


「へぇ、じゃあ、カズト。お前はどうだ? 勇者だぞ。女なんて腐るほど寄ってくる」


「興味ない。アイナさえいればいい」


「なるほどな。じゃあ、お前らは勇者失格だ。下手したら、もうこの地には住めないかもな。いや、どこにもお前らの居場所なんてねーよ。諦めてに従うしかないのさ。その時、お前らの関係がどうなるか見ものだぜ。アイナ、忘れるなよ。オレなら受け止められる。困ったらオレのところに来い」


 含みを持たせた捨て台詞ぜりふを吐いてショウは去っていった。






 あれから、が経過した。


 当初は、で城塞都市アーガルムに召集されるはずだった。

 しかし、想定外の事態が起こり、召集までに時間が掛かったのだ。


 その理由は―――他の村でも神核保有者が見つかったこと。


 各地で順次行われていた成人の儀で、東村以外にも続々と神核保有者が見つかった。


 城塞都市にある教会本部は、次々と発見される神核保有者の報告に混乱を極める。


 そしてまず、が行われた。

 今まで任意参加だった成人の儀を、強制参加に変更し、今まで儀式を受けずに対象年齢を超えた人まで参加を強制した。


 これによって最終的な神核保有者の人数が確定する。

 その数―――31人。


 この異常事態を受け、城塞都市アーガルムの領主は、世界各地に協力を求める。


未曾有みぞうの大厄災が起こるであろう。もはや、一刻いっこくの猶予も無い。この世界に生きるすべての者よ、国家、種族、信仰の違いにかかわらず、協力を求める』


 この協力要請に対し、すべてとはいかなかったが、多くの地域で協力する旨の返答があった。


 協力内容は、資金・物資・交通の自由化・連絡網の構築など多岐たきに及ぶ。


 その中でもは―――である。


『31人の勇者に、最高の従者を』


 この領主宣言をスローガンに、世界各地で従者候補の選出と城塞都市アーガルムへの派遣が行われた。


 そして、31人の勇者とその従者候補を受け入れるための施設なども、早急に準備がなされていった。


 その結果、まだ未完成の設備や、城塞都市にたどり着けていない従者候補もいるなか、最低限の準備が出来た段階で、31人の神核保有者はされた。


 ショウは、成人の儀の翌日、城塞都市アーガルムに帰っていった。

 カコは、成人の儀の3日後に、病気の母親を連れて城塞都市に移り住んだ。

 アイナは、成人の儀の2か月後に、城塞都市に召集された。

 カズトは、成人の儀の3か月後に、ようやく城塞都市に召集されることになった。


 アイナはカズトより1か月先に召集された。

 それまでの2か月間、カズトとアイナは恋人として甘い日々を過ごす。


 ―――この2か月間だけは、誰にも邪魔されない時間だった。






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