第5話 勇者と従者 1 ―ショウ視点―

 オレは神に愛されている。


 まあ、この世界にはマイナーなものも含めればとんでもない数の神がいるらしいが、そいつらは俺にこびを売ってるに違いない。


 なぜなら、オレがそういう人生を送ってきたからだ。


 オレは商家に生まれた長男。店を構えるのは城塞都市アーガルム。

 城塞都市アーガルムは、300年以上前に勇者アーガルムが建てた城塞都市だ。

 都市内だけでも人口は20万にも及ぶ。周辺の村々を合わせればもっと多い。

 国内屈指の人口を誇る理由は、勇者アーガルムの存在に他ならない。


 この世界の神は、ほぼすべて現人神あらひとがみ。つまり、現存して生きている。むしろ、死んだらその神はあがめられなくなるから、その宗派はすたれる。


 勇者アーガルムがこの地に定住し今でも現存しているのだから、この都市周辺は世界全体を見ても、群を抜いて治安が安定している。だから人が集まり栄えた。


 この世界で、人が治めている国家は一つしかない。バララシア王国。

 だが、この王国は有名無実化している。形だけ残っているに過ぎない。

 城塞都市アーガルムも形だけは、このバララシア王国に属していて、領主は辺境伯の爵位を持っているが、領主自身がそれを名乗っていない。

 なぜなら、この地は実質的には勇者アーガルムが神で、その元従者だった一族が代々領主として王様の役割をしているからだ。

 そして領主に使える5大貴族。この5大貴族だって、バララシア王国から爵位を貰ってない。勝手に自称しているだけ。でも、ここでは文句なしに有力な貴族だ。

 つまり、勇者アーガルムの元で、領主とそれを支える5大貴族によって、この地は治められている。


 5大貴族の中に、ロットグルス家がある。このロットグルス家は『あきない』を管轄する貴族で、城塞都市アーガルムとその周辺の村すべての流通を取り仕切っている元締めのような存在だ。


 このロットグルス家直轄の商会のトップが俺の父だ。

 ライバルとなる商会も多いが、うちの商会は5大貴族直轄のブランドと実力がある。

 いくつかの商品の流通を独占できる権利もあって、この栄華はそう簡単には崩れない。

 つまりは、オレの生まれはとんでもなく恵まれている。

 金持ちの家に生まれて何不自由ない生活を送り、容姿にも自信がある。

 特に体格に優れている自負がある。生まれ持っての高身長に、鍛え上げられた分厚い胸板と全身の筋肉。強靭さとしなやかさを兼ね備えた身体は、才能と努力の賜物たまものだ。


 家が金持ちで若くてガタイが良い。当然、女にモテる。

 寄ってくる女をよりどりみどりに食い散らかしている。

 長男だから将来も約束されている。

 だからって油断もしない。なまけもしない。努力はきっちりしている。それが自信に繋がることを知っているから。


 ―――よって、オレの人生はバラ色だ。欲しいモノは全部手に入れてやる!






 そんな中、父に連れられて城塞都市アーガルムの東に位置する村に行くことになった。そこは「東村」と呼ばれている人口1000人を超える大きな村だ。


 わざわざ父が直接行くくらいだから大きな商談があるのだろう。

 オレは丁度都市内の女にも飽きていたところで、大きな村ならそれなりな美人でもいるか、と思って付いていくことにした。


 東村に着くと、すぐにがっかりした。

 確かに村としては大きいが、普段都市に住んでいるオレからすれば、ここは何も無い田舎でしかなかった。

 周りは森と畑だらけ。観光する所も無い、商業地区も無い、娯楽地区も無い、無い無い尽くしだ。

 女もめぼしい者はいなそうだった。村にしては栄えているのだろう、清潔感のある服装の者が多かったが、都市内の着飾った女を見ているオレからすれば、お洒落に無頓着な女には興味が湧かなかった。


 来た初日で後悔した。もう帰りたい。

 父は数日滞在する予定だが、都市まで馬車で1日程度の距離なので、先に一人で帰ってしまおうか。

 その考えを実行に移そうをしていた時、ある行事が行われることを耳にする。


 それは、成人の儀。

 今まで面倒で受けてこなかったが、今日この村で行われるらしい。


(どうせ先に帰るにしても途中で野宿は嫌だから、明日の朝一で馬車に乗る予定だし、今日は成人の儀に出て暇つぶしでもするか)


 そんな軽い気持ちで成人の儀に参加することにした。






 成人の儀は村の教会で行われた。

 儀式の内容は案の定つまらなくて途中で寝た。


 ―――だが、儀式の最後になっていきなり起こされる。


 オレの身体が、青白い光に包まれていた。

 突然の出来事に驚いた。教会の後ろの方にいたので、他にも3人の若者が光に包まれているのが見える。


(なんだこれ……? こんな話聞いてないぞ!)


 焦りからか、自分が冷や汗をかいているのが分かる。

 ざわざわとする場内。壇上の司祭も驚愕きょうがくしている。


 ―――そんな中、突然、意識が、朦朧もうろうとしてきた。


 そして、体中が痛い。なのに、動けないし、声も出せない。

 痛みが治まるまでどれくらいの時が経っただろうか。数秒だったかもしれないし、数分間かかったかもしれない。それくらいの地獄だった。

 なんとか痛みが治まると、オレは唐突に理解した。


 ―――オレは、山宮登翔やまみやのぼりしょう。日本人の大学生。


 ―――前世の記憶が蘇る。オレはこの世界の人間では無い。


 ―――最後の記憶は、大学の授業。授業中に爆発が起きて、オレは死んだ。






 前世の記憶を取り戻したオレは、も、難なく解決した。


 それは、この世界で生きたショウ と 日本で生まれた山宮登翔やまみやのぼりしょう のどちらが優位なのか、という問題だった。

 一瞬激しくぶつかり合った「2つのオレ」だが、何の抵抗もなく混ざり合った。


 おそらくだが、「前世のオレ」と「この世界のオレ」にがあれば、簡単に融合できずに、しなければいけなかったのかもしれない。


 でも、オレは生まれと育ちが違うだけで、どちらのオレにも考え方の違いはほぼ無かった。そのため、どちらを優位にするでもなく自然と一つになれた。



 青白い光が消えると、身体の底から力が溢れてくる感覚を覚える。

 元々体格に恵まれていたオレは、力に自信があった。

 でも、今のオレはそんなもんじゃない気がする。

 人として常識の範囲内で力が強かったオレが、人という次元を超えた力を手に入れた。そんな気がするのだ。


 これがなぜなのか、は分からないが、やはりオレは神に愛されているのだろう。

 この力さえあれば、何だって出来る。何でも手に入れられる。

 それこそ、勇者アーガルムに取って代わってこの地の支配者にだってなれる。

 気に入った女すべてをオレのモノにだってできる。

 すべてだ! すべてを手に入れてやる!






 司祭が、光に包まれた俺たちを残して、他の人を教会から退出させた。

 残った者に何か説明があるのだろう。

 そういえば、オレ以外にも3人が光に包まれていた。

 こういう特別な存在がオレ以外にもいることはしゃくだが、そいつらの顔でも拝んでやろう。そう考えて、そいつらに目を向けると―――。


 ―――見つけた! あいつ……。あいつは、流崎愛名りゅうざきあいな


 前世で落とせなかった女だ!

 前世とは違い、化粧もしてないし、服装も違うから印象はかなり違って見える。

 でも、オレが見間違うわけもねぇ。

 あれは―――オレが本気で好きになった女だった。

 一目惚れだった。容姿、気の強い性格、すべてに魅了された。

 前世でも気に入った女はすべて落としてきたオレが、唯一落とせなかった女。

 あの流崎りゅうざきとこの世界でも出会えた。

 これは運命に違いない! 竜崎りゅうざき、いや、愛名あいなとオレは結ばれる運命にあったんだ!



 ―――神様ありがとう。この世界では愛名あいなを絶対に手に入れてやる!






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