第4話 成人の儀 3 ―アイナ視点―

 アイナとしての私 と 流崎愛名りゅうざきあいなとしての私 


 この2つの私のぶつかり合いは―――流崎愛名りゅうざきあいなが勝利した。






 消えかかっていた青白い光が、完全に消える。隣を見ると、カズトの光も消えていた。

 カズトの顔をじっと見る―――間違いない、あの和徒かずとだ!


 見た目もそのまま。もちろん、細部に違いはある。

 こっちのカズトの方が、私の知っている和徒かずとより少し若い。それはそうだ、年齢が違うから。

 でも、今のカズトの方が身体はたくましい。日本とこの世界での育ち方の違いだろう。

 この世界は、産業革命前の中世ヨーロッパに近いくらいか。

 いわゆる剣と魔法のファンタジーの世界。

 とは言っても、魔法は知らない。でも、魔法らしきものがあることは噂で聞いたことがある。


 前世で死んだ私たちは、この世界で生まれ変わったのだろう。

 なぜ? どうして? と疑問が頭に浮かぶが、正直言ってどうでもいい。


 ―――アイナとカズトはこの世界でやり直せる。


 この幸運に恵まれた。それこそ、神様に感謝してもしきれない。

 再会の喜びに心が震える。大切な人とまた生きていけることが楽しみで仕方ない。


 溢れんばかりの笑顔で、カズトへ声を掛ける。


「カズト……。また出会えたね……」


 神妙な顔をしていたカズトは、私に顔を向ける。

 その表情は、困惑しているようだ。


「え……。 またって何? どうかしたの?」


「カズト? 私よ、私。わからないの?」


「んんっ? アイナ姉さんでしょ。分かるよ」


 アイナ姉さん。この呼び方で、状況を察した。


 自分がそうだったから、カズトも当然にそうだと思っていた。同じ青い光に包まれていたから、私同様にカズトも前世の記憶が蘇ったのだと決めつけていた。


 ―――カズトには、二階堂和徒にかいどうかずとの記憶が蘇って無い。


 アイナ姉さん、という呼び方は、この世界で姉弟のように育ってきた幼馴染のアイナに対してのもの。カズトが、二階堂和徒にかいどうかずとの記憶があるのなら、アイナ姉さんなんて呼ばないはず。


「……ねぇ、カズト。二階堂にかいどうって分かる? 流崎りゅうざきは?」


 念のため、確認する。カズトには流崎愛名りゅうざきあいなを思い出してほしい、と願いながら。


「ニカイドウ? リュウザキ? 何それ」


 ダメだった。これでカズトに前世の記憶が無いことは間違いない。

 悲しさと寂しさに胸が押しつぶされそうになる。もう一度出会えたのに、相手にはその記憶が無い。


 でも―――カズトはいる。ここにいる。もう一度やり直せばいい!


 それにこの世界での私たちは、幼馴染という関係。

 前世では、華古かこがその立場だった。正直言って、華古かこうらやましかった。私の知らない和徒かずとを知っている。2人の関係もやっぱり特別だったと思う。恋人だった私とは違う親しさが、和徒かずと華古かこにはあった。


 ―――今なら、それも手に入れられる。


 幼馴染のカズトと、恋人としてやり直せばいい。この世界でなら両方手に入れられる。そう考えると、自然と心が満たされていく。


 そんな私をよそに、カズトは真剣な眼差しで言う。


「アイナ姉さん。光に包まれた時に、なにか声が聞こえなかった?」


 声? そんなの聞こえなかった。


「いえ、聞こえてないわよ。カズトには何か聞こえたの?」


「ああ、どこからか声が聞こえてきて……。要約すると『あなたは選ばれた。神核を育てろ。神核を分け与えろ。厄災から世界を救え』だったかな」


 そんな声を私は聞いていない。

 でも、神核が何かは知っている。お父さんから聞いたことがある。まれに神核を持った者が現れる。それを持つ者が厄災から世界を救うことも知っている。


「それって私たちのこと? さっきの光は神核を得たってこと?」


「たぶんそうなんだと思う。それでさ……神核と厄災は知ってるんだけど、神核を育てるって何? あと、神核を分け与えろって何だろう?」


 カズトの疑問は、私の疑問と一致していた。

 神核を育てろ、と分け与えろ、が分からない。

 だからとりあえず予想を言ってみる。


「育てろって、修行か何かかな」


「そういうことかなぁ……。じゃあ、分け与えろは?」


「そっちは私も分からない。何か分け与える方法があるんでしょうけど」


「そもそも何に? もしくは、誰に? って思うけどな」


「そうよね。分け与える先が、物が人かも分からないわ」






 カズトとあれこれ話していると、成人の儀を仕切っていた司祭が、私たちに残るように言い、他の人を退出させていた。


 私はその時になって初めて知る―――残されたのは、私とカズトだけじゃない。後2人いて、合わせて4人だったことを。


 そして、残された面々を見た私は、驚きのあまり声が出せなかった。


(あれは―――結城ゆうき 華古かこ。それに、山宮登やまみやのぼり しょう


 2人とも前世で知っている人だった。外見も前世とほぼ同じ。


 山宮登翔やまみやのぼりしょうという人物は、大学の先輩で、一時期私にしつこく言い寄ってきてた男性。大学に入った頃すぐに告白され、断ったが、それ以降も何度も誘われていた。しつこかったが、度を越えるほどではなかったし、私が和徒かずとと付き合い始めてからは話すことも無かった。

 まさかこの世界でも出会うことになるとは思わなかったが、こちらはどうでもいい。


 問題は結城華古ゆうきかこ華古かこは、和徒かずとの前世での幼馴染。そして、私の友人。

 前世の友人と再会できた喜びもある。でも、それ以上に―――。


 驚き声を失う私をよそに、カズトが華古かこに声を掛ける。


「カコ! 君もかっ」


「―――和徒かずと! それに、愛名あいなも!」


 華古かこの反応で私は理解した―――華古かこは前世の記憶がある、と。

 この世界での華古かこを私は知らない。出会った覚えが無い。少なくても会話はしていないはず。なのに、私の名前を知っていた。だから間違いない。


 となると、引っかかることがある―――カズトはなぜ華古かこを知っているの?

 カズトには前世の記憶が無いのに。


「カズト、彼女のこと知ってるの?」


「……知ってるよ。カコはこの村の人だよ。あれっ、アイナ姉さんは知らなかったっけ?」


 知ってはいる。でも、アイナの記憶には無いはず……。


「たぶん、初めましてよね……? よろしくね、カコ」


 ここで前世の話をしてカズトを混乱させたくなかったため、初めて会ったことにする。


「そんな……。わたしだけ―――」


 カコの表情がたちまち暗くなる。今にも泣きだしそう。


 カコの心理状況が、私には手に取るように分かる。

 おそらく、自分は前世の記憶を取り戻したのに、私とカズトにはその記憶が無い、と考えているのだろう。


(違うの! 前世の記憶が無いのはカズトだけ。私にはあるのよ、カコ)


 今すぐそう言ってあげたい。でも、この場にはカズトもいる。

 前世の話をカズトにしたら、カズトはどう思うだろう?

 受け入れてくれるのだろうか? 心情的には、今すぐ話したいし、受け入れてほしい。


 でも、自分が逆の立場だったらどうか。

 例えば、いきなりカズトとカコが「前世でも知り合いだよ。二ホンで生まれたニホンジンだよ。一緒のダイガクセイだったんだ」と言ってきたとする。

 そうしたら、私は2人の正気を疑うだろう。信じられる自信がない。


 話すにしても、冷静に話せる場を用意して、きちんと話すべきだと思う。

 だから、カコには申し訳ないけど、もう少し様子を見ることに決めた。

 後で、カコと2人だけの時間を作って、前世の話をしよう。

 この場ではカコに誤解されたままだが、カズトがいるので、今は仕方がない。






 私たち4人と、司祭、従司祭の6人で話が始まった。


 緊張した面持おももちの司祭。これからどうなるのだろう、と不安になってくる。

 そこで涙を流しながらカコが口を開いた。


「わ、わたしたちどうなるんですか? どうして……。わたしだけ―――」


 その様子に、司祭が慌ててなだめようとしている。

 そこで司祭から神核の話題が出る。

 カズトとの会話で、あの光は神核の獲得だろう、とは思っていたが、司祭からも神核について言及があったのだ。


 司祭の説明は続いていたが、念のため直接確認しよう。


「司祭様。先程の成人の儀が終わる頃、私たちは青白い光に包まれました。これは、『神核を得た』ということでしょうか?」


「ええ、そうです。その説明をしようと思っておりました。話が早くて助かります。もしや、ご両親などからお聞きになっておりましたか?」


「はい、詳しくは知りませんが。それでですが―――その神核を得た際、何かとかがあるのでしょうか……?」


 他に変化。つまり、神核の獲得=前世の記憶が蘇る なのか? を知りたかった。


 ―――だが、司祭からの返答は、欲しかったものではなかった。


 神核の獲得と前世の記憶が蘇ることの関係を知りたかったが、少なくても司祭は知らなそうだ。

 私とカコがイレギュラーなのか、カズトがイレギュラーなのかを知りたかったが、現状はどちらか分からずじまいだった。


 私はもう一つ気になっていた変化を聞くことにした。

 それは、神核を得てから、妙に力が沸き上がっていく感覚について。


 これに関しては予想通りの返答があった。

 神核を得る事で、強靭な肉体になっていくらしい。

 剣を学んで村を守っていた私は、そのことで村の中で地位を得ていた。

 そういう成功体験がある私にとって、神核によって力を増すことは望ましい。

 この世界で生きていくために必要なことだ。


 だが、ここで予想外な発言があった。その主は山宮登翔やまみやのぼりしょう


「へぇ、それはすごい。勇者か―――楽しみだな、アイナ」


 いきなり私に話を振ってきた。この世界で、この人とは初対面のはず。

 目を合わせると―――にやついていた。

 私は、前世の時と同様に、素っ気なく、先輩に対する言葉使いで答えてみる。


「別にそんなことはどうでもいいです。それよりも、アイナって呼び捨てにしないでください」


 すると、山宮登翔やまみやのぼりしょう噴出ふきだしたように笑い声をあげながら言う。


「おいおい、アイナでいいだろう。それとも?」


 前世では、名字の『流崎りゅうざき』と呼ばれていた。

 正確に言うと、最初は『愛名あいな』と呼び捨てにしてきたので、下の名前で呼ぶな、と何度か注意して『流崎りゅうざき』に変えさせた。


 それなのに、またアイナと呼んできた。

 正直言って腹立たしい。でも、この世界では、私はアイナ。仕方ない。

 ちょっとした抵抗のつもりで、先輩扱いするのを止めて返答する。


「そうね。いいわ、アイナで。私もあなたのことは ショウ と呼ぶことにする」


「ああ、アイナ」


 これで間違いないだろう―――ショウも前世の記憶があるようだ。

 含みを持たせた言い方からして、この世界でも言い寄られるかもしれない。

 こちらとしては、ショウにまったく興味が無い。

 出来れば関わらないで欲しいが、同じ神核保有者として今後も何かしらありそう。


 そんな憂鬱な気持ちのまま、全員で自己紹介をした。

 その後、司祭から今後の予定と注意事項の説明があり、今日は解散となる。


 近日中に城塞都市アーガルムに行く必要があるらしい。その後も色々予定があるのだろう。

 もう元の生活には戻れないかもしれない。


 ―――でも、カズトさえ居ればいい。この世界で、カズトと幸せになるんだ!



 そんな私の願いは、神核保有者、つまり勇者として生きていく今後の人生において、だと知ることになる。







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