第3話 成人の儀 2 ―アイナ視点―

 村の教会で行われた成人の儀で、私とカズトは青白い光に包まれ、神核を得た。

 そして光が収まる頃、私ことアイナは、前世の記憶が蘇る。


 前世での名前は 流崎りゅうざき 愛名あいな。日本人の大学生。

 将来を誓い合った恋人は 二階堂にかいどう 和徒かずと。あのカズト。


 前世の知識と記憶、感情、思い、それらすべてが大きな波のように、うねりながら、圧倒的な質量を持って、私に押し寄せてくる。


 その大きな力に、アイナとしての自意識が押しつぶされそうになる。


 この世界で生を受けて、アイナとして過ごしてきた私。ここでの17年間の知識と記憶、感情、思い、これだって偽物ではない。


 アイナとしての私 と 流崎愛名りゅうざきあいなとしての私 がぶつかり合う。


 どちらも私だ。片方が消えるわけではない。

 でも―――どちらがなのだろう……?

 2つの私が強制的に混じり合っていく中で、? は決めなければならないようだ。でなければ、私がおかしくなる。

 一つの体に二つの心は入らない。並列したままの共存はありえない。融合して一つになる、という共存しか認められない。


 つまり、『前世の記憶を持つアイナ』か『流崎愛名りゅうざきあいながこの世界で転生した』かのいずれかを選択しろ、と迫られている。


 そんな中、私という存在において、強烈な感情が輝きに満ちていることを悟った。


 それは―――二階堂和徒にかいどうかずとへの思い。






 和徒かずととの出会い。あれは、私が大学進学のために上京して直ぐのことだった。

 最初は、見た目は良いけれどなんか冷たそう、という印象。

 その後大学の授業で席が隣になることが何度かあって、自然と話すようになる。

 あの頃の和徒かずとの評価は、とにかく話が上手いの一言。話し上手で聞き上手。しかも思いやりがあって、彼が人の悪口を言ったことなんて一度もない。

 それに距離感とでも言おうか、それが絶妙だった。あまり触れてほしくない話題が出ると、それを察して直ぐに別の話題に切り替えてくれる。逆に少し寂しさを感じている時にはずっと寄り添ってくれた。他の男が見せてくるような下心を一切感じさせずに、私のことを大切に扱ってくれる。


 こんな完璧な男性が存在するのだろうか? と何度も感じた。


 外見も良く、性格もいい。和徒かずとはいつも人に囲まれていた。女性から好意を向けられるのは当然としても、男性からも人気があるのはすごい。

 私も男性からのアプローチは多かったが、逆に同性からは妬まれてて友人は少なかった。

 だからこそ、和徒かずとのような、同性からも親しまれる人はうらやましかったし、心から尊敬できた。


 そして当然のように、私は和徒かずとに恋をした。


 異性をここまで好きになるなんて思いもよらなかった。会えない時間が苦しいなんて知らなかった。彼が他の女性と会話しているだけで胸が張り裂けそうになるなんて……。


 ―――特に私の心を大きく揺さぶった相手は、和徒かずとの幼馴染だった。


 そう、前世では、私と和徒かずとは大学で初めて知り合った関係でしかなく、和徒かずとには、小中高そして大学まで同じ幼馴染がいた。

 名前は、結城ゆうき 華古かこ

 二階堂和徒にかいどうかずと結城華古ゆうきかことの関係は傍目はためから見ても特別なものに見えた。

 華古かこ和徒かずとを見る目は、私と同じだったと思う。つまり、和徒かずとに惹かれている。

 和徒かずと華古かこを見る目は、他の人へ向けるものとは異なっていた。あれが何だったのかは今でも理解できない。好意なのは間違いないが、異性に対してのものとは少し違っていたように感じる。

 だからこそ、それが嫌だった。他の誰にもしない表情や目線を華古かこにだけ向けていたから。



 私が自身の和徒かずとへの恋心を認識してからの、私の行動は早かった。


 絶対に逃したくない。この思いに突き動かされるまま和徒かずとへのアプローチを開始する。私にとって初めての行動だった。いつも告白しかされてこなかった人生で、初めて自分から告白することを決意していた。


 彼との時間を自発的に持つようにし、あからさまに好意を示し、スキンシップも積極的に行った。

 外堀を埋める努力も怠らなかった。華古かことも仲良くするように努め、すぐに友人関係を築けた。話してみると、華古かこはいい娘だった。和徒かずとを巡っての戦いには負けたくなかったが、それ以外での部分では、本当に仲良くなれた。

 3人で行動することが多くなり、一緒の時間を心から楽しめた。


 外堀を埋める一環として、周りの評価も気にするようになり、私にとって都合のいい噂が広まるように努めた。「和徒かずと君と愛名あいなさんってお似合いだよね」とか、「和徒かずと君と華古かこさんは幼馴染だから、恋人ってわけじゃない」とか。


 やがて『二階堂和徒にかいどうかずと流崎愛名りゅうざきあいなは大学でも理想的な美男美女のカップル』という評判が立つようになっていた。


 ―――すべての準備は整った。 


 私は、和徒かずとに「2人だけで話がしたい」と言って呼び出し、一世一代の告白をした。結果は―――成功。成し遂げた。


 彼のはにかんだ笑顔と「俺も愛名あいなの事が好きだ。付き合って欲しい」との返答に我慢できず、その場でキスをした。私から。

 私からの衝動的な口付けに、彼は情熱的に応えてくれた。身体の芯までとろけそうだった。

 このままホテルに行きたい、と思った。一秒でも早く彼に私のすべてをささげたかったから。

 私がホテルに誘うと、彼は流石に驚いていたが、直ぐに笑顔でうなずいてくれた。

 そして、初めてを捧げた。彼はとても優しくて、何よりも上手だった。

 身も心も彼のとりこになった。これ以上ないくらい幸せだった。


 それから私たちは、恋人として甘い日々を過ごした。


 喧嘩もしたけどすぐに仲直り。プレゼントもしたし、貰いもした。いろんな所へデートに行った。彼の両親にも会った。とても素晴らしい方々で、私の事を受け入れてくれたのが嬉しかった。そして、お互いの両親を交えた食事会で、卒業後は結婚しようと約束した。すべてが順調だった。



 ―――幸せの絶頂にいた流崎愛名りゅうざきあいなの人生は突然終わった。


 あれが何だったのか、は今でもわからない。

 和徒かずと華古かこと一緒に受けている大学の授業中に突然爆発が起きた。爆発音だけは覚えている。でもそれ以外は分からない。

 あれが何の爆発なのかは不明だ。事件か、事故かすら分からない。

 あの後どうなったのかも分からない。だからたぶん即死だったのだろう。

 悲しむ暇もない。死んだら終わり、それがすべてだった。






 だから―――。


 アイナとしての私 と 流崎愛名りゅうざきあいなとしての私 


 この2つの私のぶつかり合いは―――流崎愛名りゅうざきあいなが勝利した。



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