第2話 成人の儀 1 ―アイナ視点―

 私には幼馴染がいる。

 幼馴染の名前は カズト 。一つ年下の男の子。


 家が隣同士で、お互いの両親も仲がいい。

 私の両親もカズトの両親も冒険者で、私とカズトが幼い頃からよく家を空けて冒険に出ていた。もちろん私たちを放置してではない。

 互いの両親は冒険者仲間だが、パーティーは別だった。

 私の両親が冒険に出る際はカズトの家に私が預けられ、逆にカズトの両親が冒険に出る際は私の家でカズトを預かっていた。

 冒険で家を空ける期間はまちまちで、数日で帰って来ることもあれば、半年帰らずもあった。そのせいで、カズトと私はどちらかの家で一緒に過ごすことが多く、まるで姉弟のように幼少期を過ごしていた。


 そんな穏やかで幸せな日々は、歳を重ねるごとに少しずつ変化していく。


 ここ数年で、自分で言うのも恥ずかしいが、私は美しくなっていた。

 昔はカズトと大差のなかった身体つきも、今では大きく異なる。

 同年代の女性より背が高く、手足も細く長くスラリとしていて、異性同性問わずに人目を引いた。

 全体的にか細い印象を打ち消すように、腰回り、特にお尻は大きく育ち、服の上からでも分かる胸のふくらみも相まって女性としての魅力に溢れていた。

 背中まで届く真っ直ぐな長い黒髪。切れ長の目が印象的な整った顔立ち。

 目鼻顔立ちが整い過ぎて、いつものすました顔をしていると怒っているようで怖いと言われ、その反面笑顔をむけると相手が惚けたように赤面する。



 私たちの住んでいる村は比較的大きく、人口は1000人近くいる。

 村ではなく街と言っていい規模だが、この村から馬車で1日で行ける所に巨大な城塞都市アーガルムがあり、その城塞都市の周りに点在する村の一つでしかないので、正式な名前すらなかった。

 便宜上、城壁都市の東に位置するので「東村」と呼ばれている。


 そんな東村の中でも一番の美人と称されているのが私で、どんなに目と耳を閉じてもそういった噂が届いてくる。

 だから認識する。私は目を美貌びぼうの持ち主なんだと。


 歳を重ねるごとに男性からのアプローチも増え、それを一つ一つ断る手間が増えていく。

 断るといっても、なかなかに容易ではない。

 軽いお誘い程度ならともかく、真剣な表情で熱のこもった告白を断るには、それ相応の熱量がこちらも必要となる。


 いつものように呼び出されると、呼び出した主は覚悟を決めた眼差しを向けてくる。

 その瞳からは、告白を思い悩んで期待と不安に押しつぶされそうな日々を過ごした痕跡が想像できてしまう。


 ―――そして相手からの求愛と私からの拒絶という一連の儀式が終了する。


 その後に訪れる相手の悲痛な表情と、うなだれて肩を落とした後ろ姿。それを見送る光景はいつ見ても心苦しい。


 それに加えて、そもそも断りづらい相手もいる。

 両親がお世話になっている人だったり、地元の有力者、またはそれらの縁者など。

 両親のパーティーメンバーの息子からのアプローチは、無碍むげにはできなかった。

 また近隣の村の村長の孫や、城塞都市を治める領主のご子息からのそれは、かわすのに両親の助けすら必要とした。


 それらを対処する日々に疲れ果てる。

 この気苦労の難しいところは、他人に理解されにくいこと。

 周りの同性からはうらやましがられ、嫉妬される。

 そのせいで最近までは村で孤立しかけていた。

 心を許せる相手は両親とカズトとカズトの両親だけ。


 このままではまずい、と私も焦っていた。


 そこで、身体を鍛えることを決意する。

 毎日剣を振ることにした。そして走り込み。村の近くの森をひたすら駆け巡った。

 幸いにも両親が冒険者だったこともあって、師には恵まれた。

 父からは剣を、母からは知識を教わった。カズトの両親からも同様に教わった。

 そのお陰もあって、私の剣の実力はそれなりのものとなり、村の周囲に生息するモンスター程度なら簡単に処理できるにまで成長した。

 大人顔負けの実力と、それを生かして村の安全を守る実績。

 そうして村の中で地位を得て、孤立しかけていた状況を改善するにまで至る。


 副作用として、より求婚者が増えたことは悩ましいが。





 ―――そんな大変だけど充実もしていた日々は、突然終わりを告げる。


 成人の儀に、カズトと参加したことが切っ掛けだった。

 村に住む15歳から18歳を対象とした、ちょっとした通過儀礼だったはず。

 参加も強制ではなく任意。毎年行われるわけでもなく、数年に一度。

 前回は2年前だった。その時は、私が15歳で参加できたが、カズトは14歳で参加できなかった。なので、前回は参加を見送っていた。


 今回は私が17歳で、カズトは16歳。これを逃すと次は無いかもしれなかったので、一緒に参加しただけ。


 ―――そして神核があることが発覚する。私だけでなくカズトも。


 神核を得た際に生じた『変化』は衝撃的だった。


 青白い光に全身が包まれた瞬間、おおいに焦った。

 でも、隣のカズトも光に包まれていたので少しだけ冷静になれた。


(何が起こっても、カズトと一緒ならいい)


 それだけ、カズトを愛していた。


 カズトへの感情は姉弟としての愛情。家族愛。

 血は繋がっていなくても、幼い頃からいつも一緒だったカズトは私のかけがえのない存在。

 異性としての愛情は―――たぶん無かったと思う。

 カズトへの愛情は家族愛であって、異性愛ではない。

 なぜなら、この2つの愛の違いを私は知っているから。

 そう、私は異性を好きになったことがある。カズト以外の相手で。

 あれは私が10歳にも満たない頃の話。両親のパーティーメンバーが家に来たことがある。その時に出会った大人の男性。その人が初恋だったと思う。

 その初恋の相手は、当時20歳くらいだったはずだから、今は30手前くらいか。

 当時その男性が立派な大人に見えた。しかも、若々しく引き締まった身体と優し気な笑顔が魅力的だった。あの笑顔を思い出すと、ドキドキしてたあの頃の自分を今でも思い起こせる。


 当然だが、私は子供だったので何もなかった。あれから会ってすらない。

 小さな恋心も半年もすればすっかり無くなっていた。だから、その男性がどうこうという話ではない。


 ただ、その時感じた恋心を、異性に対しての愛情とするなら、カズトへは一切その感情を抱いたことが無いというだけ。


 じゃあ、カズトとの結婚はありえないのか? と言われたら―――それも違う。

 カズトと結婚するのもいいと思っている。いや、むしろ


 カズトと共に人生を歩めたら、それは幸せなことだと本気で思う。

 愛の形は人それぞれ。

 カズトとは、異性に対する燃え上がるような感情は無くても、一緒にいると安心する、という絶対的な思いがある。

 2人でいるだけで幸せな気持ちになれる。ずっと一緒にいたい。


 だから、もしカズトが私に告白をしてきたら、受けるつもりだった。

 恋人になれれば、これ以上他の人に言い寄られないで済むかもしれないし。


 ―――私はカズトを愛している。これは間違いのない事実なのだから。


 それに、まだ私も17歳。これからカズトを異性として好きになる時期が来るかもしれない。そういった楽しみも含めてカズトと離れるつもりはなかった。






 私とカズトを包み込んでいた青白い光が、少しずつ消えていく。


 ―――そんな中、突然、意識が、朦朧もうろうとしてきた。


 次の瞬間、割れんばかりの痛みが、頭の芯から生じる。

 さらに心臓が破裂しそうなほどバクンバクンと脈を打つ。

 立っていられないハズなのに、身体が動かない。まるで金縛りにあったよう。

 あまりの痛みに悲鳴を上げたいのに、声が出せない。


 発狂したくなるような地獄の時間は数秒で収まった。後もう3秒でも続いていたなら、心と身体が壊れていたかもしれない。


 ―――そして、唐突に理解する。


 ―――私は、流崎りゅうざき 愛名あいな。日本人の大学生。


 ―――前世の記憶が蘇る。そう、私はこの世界の人間ではない。


 ―――そして私には恋人がいた。卒業したら結婚しようと約束していた最愛の人。


 ―――彼の名は、二階堂にかいどう 和徒かずと。そう、カズトだ。










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