第22話 不躾な余所者


案内されたのは、榮太郎たちが目算をつけていた場所からそう遠くない岩場だった。岩盤が木の根っこに覆われ、ちょうど洞窟の入り口が隠れていた。これはたしかに、イワミミズクにとって格好の棲家だろう。


洞窟は入り口が狭く、奥に進めばギリギリ立てなくもない程度の広さだ。

少し話し合った結果、ロップイヤーには外で待ってもらい、榮太郎とレミンが中へ入ることになった。


数十分後――、魔鉱石を両手に抱えた2人が出てくる。

ついでに、イワミミズクたち数匹も魔鉱石のかけらを咥えてついてきた。彼らなりの歓迎の意らしい。

レミンが興奮して言う。


「すんごいですよ! もうあっちもこっちも魔鉱石だらけなのです!」


手渡された魔鉱石は素人目に見ても純度が高い良質なものだ。二人が適当に拾って帰れるくらいだから、本格的に掘り進めた場合の埋蔵量は未知数である。

短い洞窟探索の成果を確認したロップイヤーは、榮太郎に向き直った。


「……信憑性がないなどと、失礼なことを申し上げましたわね」


「いえ、とんでもない。本当に偶然の産物ですから。とにかくこれは――、エーレンベルクにとって朗報ということで、合ってますか?」


「正確には埋蔵量を確認してからになるでしょうが、ドロテア湖の地下洞窟がここまで広範囲に延びていたというのは新発見に間違いありません。また偉そうな物言いになってしまい恐縮ではありますけれど……、エータロー様、お手柄ですわ」


ロップイヤーがそう言って、わずかに微笑んだ。

榮太郎は(あ、この人笑うんだ)と内心で驚くが表情には出さない。しかし、よっぽど付き合いが長いはずのレミンの方が驚きを隠せずに叫んだ。


「ロ、ロ、ロップイヤーさんが、わら、わらっ、笑った…………?!」


顎を震わせ目を見開いたあまりにも大きなリアクションに、ロップイヤーは表情をサッと厳しくし、日傘の柄を容赦なく振り下ろす。


「あいたっ!!」


コチンという音が響いて、レミンが頭を抑えて倒れ込んだ。

ロップイヤーの貴重な微笑シーンが観測されたのはわずか数秒だった。


ともあれ、レミンとロップイヤーの証言も加わり、魔鉱石のサンプルも手に入れて、榮太郎の証言の裏付けは完全に取れたことになる。

3人は自信をもってエーレンベルク邸への帰途へついた。道も整備されたあとなので、なおのこと足取りは軽い。


「まずは旦那様へ報告いたしましょう。明日に、地元の鉱夫の方々を交えて最終調査を行えば、約束の期限には間に合います。きっと、ブルガモンド商会の連中を追い払ってくださるはずですわ」


榮太郎はロップイヤーの物言いに苦笑した。


「やっぱりロップイヤーさんもよく思っていなかったんですね」


「当然ですわ。あんなひどい匂いの方に頻繁に訪ねてこられてはたまりませんもの。掃除をする身にもなっていただきたい」


「あ、そういう観点で」


「レミンもあの人いやですねえ。仲良くなれません。生理的に無理なのです」


もはや採掘の件と関係なく個人として女性陣に嫌われているらしいが、何にせよブルガモンド商会にエーレンベルクの自然を売り渡したくないというのはほぼ全会一致のようだった。





しばらく歩き森から抜け出ると、ちょうど陽が傾きかける頃合い。

ドロテア湖に赤い空が反射し、幻想的な風景を作り上げている。


と思った矢先――、対岸の方で何か口論する声が聞こえてきた。

森の方まで聞こえてくるのだから相当な声量だ。見れば、数十人の男たちが半分取っ組み合いの様相を呈していた。

その先頭に立つ人影に、榮太郎は見覚えがある。


フログの父親、キクルである。

口論をしている相手はおそらくブルガモンド商会の人間だ。彼らの足元には資材が積まれており、どうやらそれが問題の原因らしかった。止めに入らないわけにはいかない。


「何をしておられますの」


「!」


ロップイヤーの姿を見たキクルたちは、胸ぐらに掴みかかる勢いで近寄ってきた。


「おい!! 本当にノワール侯はドロテア湖の採掘許可を出しちまったのか!?」


ロップイヤーは毅然と首を横に振る。


「いいえ、まだ出しておられません。最後の話し合いは2日後です」


「じゃあ、何故こいつらが我が物顔で準備を始めているんだ!」


キクルが指差すと、ブルガモンド商会側の男たちがフンと鼻を鳴らした。


「モゾフ様のご命令だ。どうせ、許可が下りるなら取りかかりは早い方がいいとな。だってそうだろう? このうら寂しいエーレンベルクを復興するには、ブルガモンドへ採掘権を委譲するしかないんだから」


「偉そうに宣いやがって……。モゾフに安く雇われているだけの末端が」


「ああ、その通りさ。しかし働けるだけ有難いんだと、すぐに分かるぜ。あんたらの仕事は2日後には必要なくなるんだからな」


「んだと、てめえ……!」


ヒートアップする男たちの間に、榮太郎が割って入る。「やめましょう、皆さんやめて!」と叫ぶが、両方から飛ぶ怒声にかき消され、筋肉と筋肉の間で揉みくちゃにされるばかりだ。それでも懸命に声をあげる。


「キクルさん! あの、落ち着いてください! 一度話を聞いて、ください……!」


「うるせえ、兄ちゃんは下がってろ! 俺はそいつらに用があるんだ!」


キクルは榮太郎が真正面に立ったことで、振り上げた拳を止めた。


「お気持ちは分かりますけど、暴力に訴えても何も解決しないでしょう」


「お気持ちは分かるだって……?」


眉間に青筋がたち、凄まじい形相が榮太郎を見下ろしてくる。短い教員生活でも喧嘩の仲裁をする機会はあったが、高校生のそれとは迫力が違う。しかし、キクルは相手の挑発に対して怒っているのではなかった。


「兄ちゃんは見てなかっただろう、あいつらが何をしようとしたか」


「――な、何をしようと?」


キクルの大きな手が、湖近くの木陰の方向を指さした。

そこには身を隠すようにマリア塾だった廃墟が建っている。


「あいつらはあの辺りを伐採して、資材置き場にするつもりだったんだ。ちょうど再利用ができるそうな建物があるからってよ!」


「!」


「あれはなあ!! お前らが汚い手で触っていいもんじゃねえんだよ!! このエーレンベルクもそうだ、俺ァ認めねえ!! 絶対この土地は汚させねえぞ!!」


キクルの体に込められる力が強くなる。

逆に榮太郎の止めようという力が抜けた。もし本当だとすれば、それは余りにも不躾な振る舞いで、キクルたちが激怒するのも当然だと理解したからだ。

部外者から見ればただの廃墟も、背景には領民全員の悲しいトラウマが眠っている。何よりも、更地になった塾跡地を見たフログは何を思うか。それは切実な親心でもあった。


榮太郎の口から、思わず言葉が出る。


「大丈夫です、ノワール候はエーレンベルクを売り払ったりしませんから!!」


その叫びに、集団がふっと静かになった。あとから、まだ言ってはまずかっただろうかと後悔するが、言ってしまったものは仕方がない。

キクルたちは訝しむように問うた。


「……本当かよ、それは。だが、現にこいつらは……」


「本当です。しかし、まずは話を聞いていただかなければ」


榮太郎は後ろを振り向く。

ロップイヤーはひとつため息をついたあと、場にいる全員をぐっと睨んだ。


「……エーレンベル邸使用人代表として申し上げます。ノワール侯は断じて、採掘計画について許可するとは申しておられません。正式な回答は明後日。それまでは、エーレンベルクの土地を荒らすような行為は許さないという書状があります。もしこのような行為が再度見受けられれば、明らかな契約違反となり、然るべき手続きの元で断罪することとなりますので、そのおつもりで」


ブルガモンド商会の男たちも、ロップイヤーの冷徹な視線にはたじろいだらしく、「どうせ結論はかわりゃしねえよ」と吐き捨てたあと、足早に撤収していった。


残ったのはエーレンベルク側の人間だけ。

しかし、キクルたちは未だ納得していないという表情だ。

それは失望と信頼の間で揺れているように見えた。


事実として、キクルたちが抗議していなければ、元マリア塾がどうされていたかは分からない。ノワール侯爵がブルガモンド商会に舐められているという分かりやすい証左でもあった。

失われた信頼を取り戻すのは難しい。

それは異世界でも現実世界でも同様に違いない。


ロップイヤーは、一度ヴェルドワールンの森の方向に目をやってから、静かに言った。


「旦那様より内々の相談がございます。エーレンベルク邸へお越しいただけますか」


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