第21話 森の中の再会


翌日。


榮太郎はドロテア湖の西、ヴェルドワールンの森にいた。

つい一週間前に軽く遭難した身としては、あまり近づきたくないというのが本音だが、今回に関しては頼もしい同行者がいた。


振り返ると、二つの視線ががこちらをじっと見ている。

レミンと、ロップイヤーである。


……正直、少し頼もしすぎると言うか、レミンはともかくロップイヤーからは『よくも面倒そうなことに巻き込んでくれたなこれで何かの間違いだったら許さないぞ』という圧を感じるものの、森の手前まで来てしまったのだからもう引き返せない。


「レミン、この前俺を見つけた場所は分かるか?」


榮太郎がそう尋ねると、レミンは少し考えた後に頷いた。


「分かると思います。でも、それまでエータローさんが迷った道のりは分かりませんよ?」


「それでいい。俺も一応、闇雲に歩いていた訳じゃない。時間帯と太陽の位置から、多少方角の見当はつけてたんだ」


「はぇー」


森を歩いている間はただまっすぐ歩いていただけだが、レミンに連れ出してもらった後の位置関係から推察して、自分が東を目指していたことが分かる。足元最悪の森の中をおよそ1時間歩いたと考えれば、実際の距離としては大したことはないだろう。

そこへ、ロップイヤーからツッコミが入る。


「方角の見当はつけられたのに、3日間も迷子になっていたんですの?」


「ハハ」


指摘が鋭すぎるので笑ってごまかし、本題へと移る。


「ともかく、レミンと合流した地点から西へ1キロほど。そこが一旦、目的地になります。この森は整備されていないそうなので、相当な難路になることが予想されますが大丈夫ですか」


「大丈夫なのです!」


「仕方ありませんわ」


二人はそう頷く。

しかし、榮太郎は改めて彼女たちの服装を眺め、「……本当に?」と尋ねた。レミンは庭師用のオーバーオールですらない普段着、ロップイヤーはメイド服に日傘という出で立ち。とてもこれから森へ分け入ろうという姿には見えない。


「旦那様にも許可をいただいております。もし、貴方の言う通りなら、多少道を切り開いておいた方がよいだろうと」


ロップイヤーはそう言うと、手に持っていた日傘の先を前方に向けた。

そのポーズはまるで、小学生が銃に見立てて遊ぶみたいだ。しかし、この世界には拳銃という概念はない。そのかわり――、魔道具がある。


「パシュ・クーゼン」


ロップイヤーがそう唱えると、傘の先端がキイイイイという高い音を立てて光り出す。何をするつもりだろうと訝しむ榮太郎の手を、レミンが引っ張った。


「危ないですからどいた方がいいです。真っ二つになりますよ」


「真っ二つになる?!」


榮太郎が慌ててその場をどいた直後、衝撃波のような風が頬をかすめ、森の方からズバンという音が鳴った。続いてミキミキミキ、ズズン――、という轟音が連鎖し、地面が震える。


見れば、それまで侵入者を拒んでいた木々が軒並みなぎ倒されていた。断面は鮮やかで、まるでチェンソーでも使ったかのよう。確かにあの場にいたら榮太郎も同じ目に遭っていただろう。

しかし、歩いて通るにはまだ倒木が邪魔だった。


「レミン、お願いしますわ」


「かしこまりましてなのです」


ロップイヤーにそう声をかけられ、次に前に出たのはレミンだった。

レミンは手のひらを地面に押し当て、「クワップ!」と叫ぶ。すると、沸騰した鍋みたいに地面がボコボコと盛り上がり、道を塞いでいる倒木とその下の切り株ごと、両脇へと押しやられた。

その後に残ったのは茶色の土道。

ものの1分で行われた出来事に、榮太郎は口をあんぐり開けた。


「すごい、ですね……」


「何を大げさに驚いていらっしゃいますの。別に珍しい魔法でもないでしょう」


「さあさあ、行きましょー! この方法ならよっぽど楽ですよ!」





ヴェルドワールンの森は、木の蔓が無数に絡み合うジャングルのような中身になっている。くわえて密集する木々までうねる様な形をしており材質も固いので、木材として加工するには適していない。

そのかわり、広大な森はドロテア湖の水質を保つ働きをし、独自の生態系も育んでいる。


ゆえにエーレンベルクの人々は不用意に森に立ち入らず、守り、共生してきた。


ブルガモンド商会の持ってきた計画通りに湖の水が抜かれてしまえば、逆に森の環境へ影響が出るだろう。美しい湖と森が失われたそれを、人々は今までと同じように、エーレンベルクと呼べるだろうか。





「恐らく、この辺りのはずなんですが……」


榮太郎が周囲を見渡す。

道を切り拓きながら進むこと20分。おおよそこの辺りだろうという場所に差し掛かっていた。しかし、見通しが良くなったとはいえども、木の形はどれも似たり寄ったり。なにか目印を置いてきたわけでもない。

ノワールに借りて地図を持ってきてはいるが、GPSがなければ正確な現在地は分からない。ただこのまま真っ直ぐに進んでいくと、さらに森の奥深くへ踏み入れねばならない。


「洞窟へ続くような岩石地帯があるわけでもありませんわね。一度、貴方の目測自体を疑った方がいいかもしれませんわ。もしくは、そのような洞窟自体がはなから無かったのか……」


「僕の嘘じゃないかと? さすがにそんなことはしませんよ」


「そこまでは申しませんが。極限状態で幻覚を見たということならありうるでしょう。信憑性の問題ですわ」


「な、なるほど……」


本当に3日間遭難していたら、そういう可能性も考慮すべきかもしれない。しかし、退勤直後に洞窟に迷い込んだ時点で意識ははっきりしていた。あれが幻覚であるとは考え辛い。

だからと言って、何か証明できるわけでもないのが歯痒かった。


「――――」


と、そこで榮太郎へ向けられていたロップイヤーの視線が、不意に逸れる。

彼女の頭に垂れ下がった兎耳がピクピクと動き、眉が寄せられた。


「どうかしました?」


「……いえ、変わった鳥の鳴き声がしまして」


「鳥の鳴き声――」


榮太郎とロップイヤーは顔を見合わせ、音が聞こえたらしい方向へ歩み入った。しばらくすると、榮太郎の耳にもその鳴き声が届いてくる。


『ピィア〜……』


聞き覚えのある鳴き声だった。

榮太郎は駆け出し、まっすぐ声がした方向を探す。

――樹の上だ。

複雑に絡み合う蔦に、ぶら下がるように引っかかっていた。


『ピィ〜、……ピウッ、ピウッ』


ぶらんぶらんと揺れながら、間抜けな声を出しているミミズク。

榮太郎が呆れながらその様子を見上げると、大きな目がパチクリと榮太郎をとらえ、驚いた表情になった。


『ピィア!! ピォ?!』


まるで「あの時のにいちゃんじゃん!! 元気?!」と言っているようで、榮太郎も思わず問い返した。


「もしかして、俺を助けてくれたやつか?」


『ピァ、ピァ〜』


いかんせん暗闇の中でのことなので確証はないが、鳴き声や大きさから察するに一番初めに榮太郎に寄ってきたミミズクに似ている。体をばたつかせてこちらへ降りてこようとするが、余計に蔦が絡んで締め付けられてしまった。


「何してるんだ。あんなとこに引っかかって、馬鹿だなあ」


「ピォルル!」


そんなやり取りをしているところで、ロップイヤーが横に並んでくる。


「……これが旦那様の言っておられた、イワミミズクですの」


「ええ、そうです」


イワミミズク。

岩山や洞窟内に巣をつくり、苔などを餌にする翼のないミミズク。仲間意識が高く、基本的に群れを作って生活するが、動きは緩慢なので基本的には暗がりに潜み、人前に現れる事は稀だ。エーレンベルクでの目撃例も数回あるが、巣が発見されたことはない――、そうだ。


「パシュ・クーゼン」


ロップイヤーが呪文を唱えると、からまっていた蔦が器用に切断された。

ネットに入ったサッカーボールみたいになったイワミミズクを両手でキャッチし、絡まった蔦を解いてやる。抜け出したイワミミズクは嬉しそうに飛び跳ね、榮太郎の足に擦り寄った。


「可愛いですねえ。エータローさんに懐いているみたいです」


「ああ、一応知り合いらしくてな」


「お知り合い? この子がです?」


『ピ?』


レミンが首を傾げると、イワミミズクも首を傾げる。

榮太郎はその様子を微笑ましく見下ろしながら、尋ねた。


「悪いんだが、またあの洞窟に案内してもらえないかな?」


『ピォ? ピィ、ピォエ』


イワミミズクは不思議そうな表情をした後、「別にいいけど」という風に頷いた。


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