第15話 二度目のエーレンベルク
徐々に目が慣れ始めてきた。
一見、光源さえないような洞窟だと思ったが、よくよく観察すると周りを囲う岩自体が淡く発光している。ところどころその光の濃淡が変わる光景は神秘的……、と言えるのかもしれなかったが、今の榮太郎にそこまでの余裕はない。
同じ空間にいるらしい、何者かたちの存在に全神経が注がれていた。
「ピィェ?」「ピーピピォォオ」「ピァルァ」
何者かたちは、緊張感のない奇妙な鳴き声を発している。
鳥の囀りのようにも聞こえるが、雰囲気で感じられるサイズ感はそこそこ大きい。しかもかなりの数がいる。
何より、異世界の未知の生物というのが恐ろしい。この世界に洞窟肉食鳥がいるかどうかなど榮太郎は知らないのだ。
「ピァ」
「!」
不意に、足元から鳴き声がして榮太郎は驚く。
ふくらはぎに何かが触れる感触がし、カサカサという音が鳴る。薄暗闇の中でつぶらな瞳がこちらを見上げて、榮太郎とハッキリ目が合った。
「ピァピィ」
それは目を細め、榮太郎の足に頭をこすりつけはじめた。おそるおそる手を伸ばしてみると、少し硬い羽毛のような感触がある。榮太郎の手に撫でられて、それはますます気持ちよさそうな声を上げた。
「ピァァァァァ……」
「少なくとも、襲われる気配はないか……?」
榮太郎がそう呟いた時、ふと辺りを照らす光が増した。
そして、榮太郎の膝のあたりでムクムクと動く生き物を捉える。
それは――、ミミズクに近いような見た目をしていた。しかし、翼がなくかわりに小さなかぎづめを持っていて、脚部分がダチョウのように大きくごつごつしていた。それらを厚い羽毛が包んでいる。体長は60㎝ほどだろうか。
そこまで分かった所で、急に光が増した理由にも気付く。
精霊がまた現れたのだ。フワフワ浮かぶそれから発せられる青白い光は、薄暗い場所だと思いのほか明るく見えた。
そしてそのおかげで、洞窟のかなり向こうの方まではっきり確認することが出来た。
洞窟は細い道ながらも、数本に枝分かれするように奥へ続いており、途中途中のくぼみに埋まるような形でミミズク(?)がこちらを覗いてる。キョトンとした表情には、やはり敵意は感じられない。
「ピォエ?」
足元のミミズクが首を傾ける。
――迷子? と尋ねられているように聞こえて、榮太郎は頷いた。
「そうなんだ、地上に出たいんだけど帰り路を知らないか?」
生物が住み着いていて、空気がある時点で地上と繋がっている可能性は高い。しかし、榮太郎が脱出できるかどうかはまた別問題だ。今立っているここですら、身をかがめないと頭をぶつけてしまいそうである。ちょうどよく人間が通れるサイズの道が見つかるかどうか――。
「ピ。ピ」
するとミミズクはその問いかけに応えるように鳴き、カチカチと足音をさせながら、仲間の元へと駆けて行った。
「ピァ」「ピィェ~」
「ピゥゥオ?」「ピォル、ピォル」
ミミズクたちが嘴を突き合わせながら、まるで会議でも行うように鳴き声を発している。榮太郎はその姿を見守るしかなかった。
「ビォア」
野太い鳴き声が、榮太郎に向けられる。
中でも一際大きく、飾り羽の大きいミミズクが、こちらを睨んでいた。この群れのボスだろうと直感的に分かる。
榮太郎はもう一度尋ねた。
「帰れるのか?」
ボスミミズクはゆったりと大きな瞬きをした後、洞窟の先に続いている道へ歩き出した。榮太郎は高揚感を抑えきれない。
すごい、本当に意思疎通が出来ているみたいだ――、と。
〇
2時間後。
榮太郎は鬱蒼としげる森の中にいた。
右を向いても左を向いても、木と草ばかり。上を見上げても葉の隙間からかすかに太陽が見えるだけだ。
「……マジで、ミスったな。せっかくなら、エーレンベルクの街まで案内してほしいって頼めばよかった……。くそ」
榮太郎はバッグだけは汚さないように抱きしめながら、足に絡みつく蔓を千切る。
ミミズクたちの案内によって洞窟から脱出したところまではよかった。
榮太郎が喜ぶ様子を見て、ミミズクたちも満足げだった。
しかし、太陽に再会できた感動にいっぱいいっぱいで、結局現在地が分からなければしようがないというところまで思い至らなかったのだ。
そもそも、洞窟がこんな森の真っただ中につながっているとは。
もう既に1時間以上歩いているはずだが、端に辿り着く気配がない。
まったく、榮太郎は一体どこに飛ばされてしまったのだろう。
あちらの世界とこちらの世界を渡るのにこんなリスクがあるなんて、ウィスタリアは言っていなかった。彼女の言からは、旧校舎のロッカーがエーレンベルク邸のクローゼットと繋がっているという風にしか聞き取れなかったのに。
と、その時。
真正面の方向から、ガサガサガサッという大きな音が聞こえてきた。それはすさまじい勢いでこちらへ向かってきている。
榮太郎は今度こそ肉食の獣に遭遇したかと思った。しかし、
「エータローさぁぁあん! いますかあああ!?」
呼びかけられた声には、聞き覚えがあった。
「――レ、レミンか?!」
「わっ! よかった! 生きてたんですね!?」
そう叫びながら、頭上の木からシュルシュルと下りてきたツインテールの女の子は、エーレンベルク邸の庭師に間違いなかった。
榮太郎は、まず人間に再会できた感動で膝から崩れ落ち、その体をレミンが抱きかかえた。葉っぱまみれの頭に手が添えられる。
「あやぁ、こんなボロボロになっちゃって。よしよし、大変でしたねぇ。街に出かけたまま3日も帰って来ないから、死んじゃったのかと思ったんですよ」
「……はは、すまん。心配かけて」
「いいえ、無事ならよかったのです。汚れましたねえ。お腹も減りましたねえ。さみしかったですねえ。レミンの胸で泣いてもいいですからね?」
まるで子供扱いなことに苦笑するが、実際安堵感は大きかった。知り合いと再会できたことだけではなく、ここがエーレンベルクであったこと、向こうの世界と同じくらいの時間しか経っていないことも分かったのは大きい。
しかし、別の疑問はある。
「レミンはどうして俺がここにいると分かったんだ? ここはエーレンベルク邸の近くなのか?」
そう尋ねられたレミンは、得意げに鼻をこすってみせた。
「ここはエーレンベルクの西の端にある森ですよ。たまたま湖の周りを探していたら、エータローさんの匂いがしたので飛んできたのです。よかったですねえ、レミンの鼻が利いて」
榮太郎はレミンが来た方向に目をやり、まだまだ鬱蒼とした森が続いていることを確認して、信じられないというように言った。
「……匂いがした? 鼻が利くってレベルか、それ? 警察犬も顔負けじゃないか」
「ケイサツケンってなんですか?」
「いや、まあいいか。とにかく来てくれたのは本当にありがとう。正直、もう心が折れかけてたから」
「3日間も彷徨ってたら当然です。頑張りました、よしよしです」
「それはもういいって」
実際、榮太郎が彷徨っていたのは洞窟から数えても2時間ほどだが、向こうの世界に戻っていたことを説明する訳にはいかないので、そういうことにしておく。
レミンは榮太郎の手を取ると、森の出口方向を指さした。
「では、お屋敷に帰りましょう。もう少し歩けますか?」
「ああ」
30分ほど歩いて森を出ると、そこには朝焼けに染まる湖が広がっていた。
対岸にはエーレンベルクの街並み、そしてその奥の丘の上にエーレンベルク邸がかすかに見える。まだ二度目だというのにとても懐かしい気がした。
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