第11話 メイドの言い訳
「変な夢を見た気がする……」
榮太郎はベッドから身を起こしながら、呻くように言った。
食堂へ呼び出されて、イケメン残念コックに包丁を突きつけられる夢を……。いや、夢にしては記憶が鮮明だ。まさかあれは現実だろうか。
さておき、異世界に来て3日目。
今日もエーレンベルクは清々しい快晴だった。
人間というのは逞しいもので、同じベッドに2回も寝れば状況に慣れてくる。起きた時の光景に対する違和感は、昨日に比べてかなり薄らいでいた。
裏庭の景色は変わらずに美しい。日差しの明るさから推測するに朝7時か8時頃くらいだろうか。今日はレミンの姿は見当たらないな、と思いつつ榮太郎は窓を開ける。
すると――、
ガチャ(ガチャ
同時に、真上からも窓を開ける音がした。
見上げて思わず声が重なる。
「「あ」」
2階の窓を開いたのは、榮太郎が異世界に迷い込んで初めて出会ったオレンジ髪のメイド――、ロサだった。
正直、今会うのに一番気まずい相手だ。彼女には、榮太郎がウィスタリアのクローゼットから出てくるところを直接目撃されている。
ウィスタリアからの話を聞く限りにも、榮太郎が家庭教師として住み込むという話に一番反対したのは彼女らしい。
あちらもあちらで気まずいのか、ロサは榮太郎に気がつくとバッと顔を引っ込めた。
しかし、すぐにまたそろそろと顔を出して、こちらを覗いてきた。
なにか言いたいことでもあるのだろうか?
「…………」
「…………」
2人はしばし見つめ合う形になった。
ロサはこちらを見下ろしたまま、何か考え込んでいるように見えるがよく分からない。
やがて、間に耐えきれなくなった榮太郎の方が声をかけた。
「……お、おはよう、いい天気だね」
ああ、コミュニケーション術指南本の1ページ目のような挨拶をしてしまった……。
しかも、ロサは無言で何のリアクションもない。どんな状況でも失敗しないはずではと思うが、よくよく考えれば、異世界でも通用しますとは書かれていなかったかもしれない。
これだけ異世界転生異世界召喚が流行っているのだから、『異世界に行って困った時のトーク術』みたいな本を売り出してくれてもいいんじゃないか――、などと、思考が明後日の方向に向かい始めていた時、
「頭は」
ロサが何か呟いた。
「え?」
「……頭は、大丈夫なの」
榮太郎は眉間をつまんだ。やはり彼女の中で榮太郎は変質者扱いのまま変わっていないらしい。ウィスタリアやノワール候からも榮太郎の無実が説明されているはずだが、いかんせん第一印象というのは覆し難い。今しばらくこの屋敷に厄介になる以上、頭がおかしい奴という認識はなんとかしたいところだが。
「あの時も言ったが違うんだ。確かに誤解を招くような所を見られてしまったかもしれないが、俺は悪意をもってあの部屋に入り込んだわけではなくだな」
「いや、そうじゃなくて。頭の怪我は大丈夫なのかって、聞いてんのよ……」
「頭の怪我? あ、頭の怪我な!」
榮太郎は思い出したように自分の後頭部を押さえた。
少しだけ腫れが残ってはいるが、正直だいぶ前から痛みはない。倒れて半日近く寝込んだのは魔法継承の儀式によってだし、その前に壁にぶつかったことなど正直忘れていたが……。
そうか、ロサは榮太郎が寝込んだのは自分のせいだと思っているのか。
なら、その認識の方が都合がいいかもしれない。後頭部をさすりながら言う。
「ああ、ちょっと痛むけどもう大丈夫だよ」
「そ。なら、まあ、よかったけど」
罪悪感につけ込む感じでよくないかなと榮太郎が思っているところで、ロサが口をむっと尖らせる。
「大丈夫なら寝込んでないで部屋から出なさいよ。あんまり大袈裟に痛がられるとあたしの印象が下がるじゃない。そもそも、見慣れない男が屋敷の中に入ってきた時の対応としては間違ったことはしてないのよ。それがなんか、あたしの早とちりみたいな感じで責められるのは納得いかないっていうか」
「…………」
幸い、罪悪感とかは感じていないらしかった。
この屋敷の使用人は、良くも悪くも我が強い。ロサは続ける。
「大体、なんであんな変な言い訳したの? 訳もわからずあそこにいたとか。正当な理由があるなら最初から言いなさいよ」
「え。あー……、お、俺、そんなこと言ってたっけ」
「クローゼットがどこかへ繋がってるとか、異世界がどうとか」
そうだ、確かに言った。
そして完全に忘れていた。
まだウィスタリアに会う前だし、とにかくありのままの弁明をするしかないと思ったのだ。今思えば、まずいことを全て言ってしまっている。え、どうしよう。これは大丈夫なやつか?
榮太郎はやにわに動揺したが、ロサは同情するようなため息を漏らしてこう言う。
「まあ、分かるけどね。やらかしちゃって、咄嗟に滅茶苦茶な言い訳が飛び出ることって、あたしもよくあるし」
「……ん?」
「お皿割ったり、シーツ破いたり、絨毯汚したり。最初は謝るけど、ミスが重なってくるといつからか、とにかく怒られたくないって考えになるじゃん。あんたも味わったでしょ? ロップイヤーさんの氷の眼差し」
「あ、ああ」
「あれで睨まれると、ついとんでもない事口走っちゃったりすんのよね。それで余計に怒られることになるんだけど、その時はもう頭が真っ白だからさ。だからまあ、分からなくはないみたいな」
「そう……だな? ありがとう」
謎の共感をされてしまったが、彼女なりの解釈がこちらにとっても都合よくおさまっているようなので否定をせずにおくことにした。
しかし、まともな言い訳が尽きるくらいミスが重なるというのは普通のことなのだろうか。それほどにロップイヤーが恐ろしいのか、ロサがドジなのか。
榮太郎がそう考えつつ、まだ年季の感じられないメイド姿を眺めていると、ロサは「じゃあ、無駄話してても怒られるから」と言って、室内へ戻っていった。
思ったより気さくな会話になった。
存外、難しいと思われた印象の回復も叶うかもしれないと思いつつ、榮太郎も部屋へ戻りかけた時、上階から『ガシャーン!!!』という派手な音が響いた。
直後、ドアが開かれる音。
そして「ち、違うんですロップイヤーさん! 急に花瓶が歩き出して……!」というロサの涙声が聞こえてきた。
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