四週目――木曜日――

 木曜日の朝は、昨日よりもちょっと遅れてのお迎えとなった。

 美恵のお義父さんに言われて、さすがに早くに行く必要はないよなと考えを改める。


 本音を言うと、もっと寝顔の美恵を見ていたい。

 でも、その可愛らしい寝顔はデータとして保存してあるから、それで我慢するとしよう。

 ご両親の機嫌を損ねる訳にはいかないからね、数年先の投資として我慢だ。


 二人で通学して、二人並んで授業を受けて、二人でお弁当を食べる。

 なんでもないこの時間も、後一日で終わってしまうとか。

 信じられないな……隣にいる今この時だって信じることが出来ないよ。


――


 休憩時間、教室で美恵と二人談笑していると、前の席の園田君がくるり振り返る。


「二人とも、今日時間あるか?」

「時間……いや、あると言えばあるし、ないと言えばない」

「それって高橋さんと過ごすって事だろ? 樋口さんがさ、卒業式とは別にお別れ会がしたいって言ってるんだよな」


 お別れ会……仲の良かったメンバーだけでって感じかな。


「二人の貴重な時間だって分かってるけどさ、俺たちも絶賛友達な訳だし。樋口さんと俺、あとは山林君と川海さん、奏音と高橋さんの計六人。お別れ会って言っても、学校終わった後にカラオケ行くだけだからさ……高校生活最後の放課後デート、どうよ?」

「わぁ、六人くらいなら人数としてもちょうどいいね。私は大丈夫だよ」

「美恵が大丈夫なら、もちろん僕も大丈夫なんだけど。っていうか、いいの、その言い方で?」


 園田君が顔に疑問符浮かべてるな。

 いいやハッキリと聞きましたよ? 放課後デートってね。


「僕と美恵、山林君と川海さんはもはや公認だけど、園田君と樋口さんって?」

「おやおやぁ? これは怪しいですね奏音君」

「そうでしょう美恵さん? これは白状させないといけないかもしれませんねぇ?」


 元々可能性はあったんだろうね、この二人無駄に接点あったし。

 ただ、園田君は頑なに認めなかったけどね。

 違う、違うの! って、浮気がバレた人みたいな言い方してたけど。 


――――


「カラオケって、実は全然行ったことないんだぁ」

「僕もほとんど行かないかな……園田君たちは結構来てるの?」


 カラオケ初心者の僕と美恵。

 前回借りた時だって話し合いだけで終わったし、一人になった後も何もせずに帰った。

 学校帰りの定番! みたいな所もあるかもだけど、僕達からしたらそうでもない。 


「部活の一環として来てたりするぜ? 写真部発行の新聞に、各部の打ち上げの写真とか載ってたりするだろ? 付き合いで歌わされたりしてるから、そこそこ来てるって言えるかな」

「体育会系の部活だと、そういうの強制みたいなんだって。私だったらヤメてー! ってなっちゃうなぁ。はい、受付完了、ワンドリンクと何か一つ注文だから、何にしよっか?」


 園田君と樋口さん、やっぱりそういう関係なのでしょうか。

 二人で受付の機械を操作しつつも夫婦漫才みたいに語り合っている。

 これは、二人に何かあったら協力しないとかな。 


「僕ウーロン茶」

「私も奏音君と同じで」

「私はカフェオレかなー、山林君、いつものオレンジジュースでいい?」

「うん、それでお願い」


 いつものオレンジジュースか、山林君と川海さん、結構な回数デートしてるのかな?

 なんて思いながら美恵を見ると、ふっと目があって、思わず微笑む。


 綺麗なんだよな、前のロングヘアの美恵よりも、今の美恵の方が断然綺麗だ。

 艶々しい髪に常にいい香りがしてきて、蜜に誘われたミツバチみたいになっちゃうよ。


「あいよ、桜、俺もいつものな」

「いつのもって、健斗特製小学生ジュース混ぜだっけ?」

「そんなの頼んだことねぇし! 皆のノリに合わせただけだよ!」

「はいはい、ムリしないの。私達まだ日が浅いんだからさ」


 思わず爆笑、そして確信する。

 聞けば、月曜日に美恵を通して桜さんを紹介したらしく、そのまま今に至るのだとか。 

 気付かぬ内に色々と動いてたんだね、園田君も幸せそうで良かった。


「やっぱりメインが歌わないとな、高橋さんからどうぞ!」

「……え、私? ……え、私?」

「なんで二回言うの、大事な事だった?」


 げらげら笑ってしまった、美恵の反応とか全部可愛くてもう好き。

 隣に座って何を歌うのか必死になって探してて……何を歌うんだろう?


「うーん、とりあえず、演歌かなぁ……」

「「「「「演歌?」」」」」

「うん、スイミングスクールの先生がよく歌ってるの。だから丸々覚えちゃったんだ。えっと、確か曲名が……あ、あったあった、これこれ」


 多分、この場にいる誰もが、美恵が歌うジャンルが演歌だったとは思うまい。


 もちろん僕もそうだ、場を盛り上げようと手にしてしまったタンバリンとかどのタイミングで鳴らせばいい。園田君もメインが歌うからって、マラカス両手に持って立ち上がっていたのに無言のまま着席し、川海さんと山林君は「え?」みたいな顔のまま固まってしまっているし。


 しかし上手いんだこれが。信じられないぐらいにコブシきいてるし、音響設備いじった? ってぐらいに美声だし。結局タンバリンはそっとテーブルに置いて、なんとなしに皆で合いの手を打った。


 途中軽食を持ってきた店員さんが「え?」みたいな顔してたけど、誰も気にしない。むしろそれが正しい反応です。高校生の集いでまさか演歌で合いの手打ってるなんて思わないですよね。僕も思いませんでした。


「――――♪ はぁ、歌えた」

「マジ上手いね、みえぽんこっちの才能もあるんじゃない?」

「やだなぁ、おだてても何もないよ。はい、次は奏音君かな? 何入れたの?」

「美恵の後だと、なに歌っても霞みそうだな……」


 実は必死になって覚えようとしたラブソングがある。

 だけどそれは二人きりの時に歌うものであって、皆がいる場で歌うものじゃない。

 TPOはわきまえる、二人だけで盛り上がっていても他が白けちゃ意味がないんだ。


「……うん、僕も昔父さんが歌ってたラップにしようかな」

「「「「ラップ?」」」」

「えー! 奏音君ラップ歌えるの!?」

「二十年くらい前に流行った歌らしいんだけどね。父さん、車の中で何回も同じ歌リピートしてくれてたから、耳に残ってるんだ」


 歌は良かった、父さんの歌は苦痛だった。

 人間、嫌なものほど記憶に残るって本当なんだろうね。

 でも、人生何が起こるか分からないもんだ。

 苦痛だった父さんの歌も、そこそこの盛り上がりを見せて、はい終わりっと。


「なんだよ奏音、結構歌えるじゃん」

「ははっ、そうでもないよ」

「あ、次は僕達だね。奏音君、マイク二つで頼むよ」


 マイク二つ? 山林君と川海さん、二人で歌うのかな?

 クラスの仕切り役の二人だから、ノリのいいポップとか歌いそう。

 なんとなしに次に何を歌うか眺めてたら、美恵が座り直して僕に密着してきた。

 

「二人で歌える曲とか、練習しておけば良かったね」

「そうだね、次来た時には絶対に歌おうね」

「……うん」


 次がいつになるのか、今はまだ何も見えていない。

 近くにいるのに遠すぎて、握り締めた手のぬくもりだけが今は心地よくて。


 ……今は、明後日の事なんか考えたくないな。


 山林君と川海さんが歌ったのは、周囲が引くほどのラブソングだった。

 ずっと二人寄り添いながら歌い、山林君、川海さんの肩をぐっと引き寄せる。 

 完全に二人だけの世界だ、TPOなんか知ったことかって感じ。


「――――♪ ……ひより」

「せんちゃん、大好き」


 ひよりとは川海さんの下の名前で、せんちゃんとは山林千次郎のせんの部分なのだろう。

 絶対に僕達がいなかったらこのままキスしてるに違いない、それぐらい仲が良いぞこの二人。

 思わず凝視しちゃったし、園田君カップルなんて赤面してるくらいだ。


「なんか、皆遠慮してるからさ、先陣切らせてもらったよ」

「みえぽん達だってもっと仲良いんでしょ? 遠慮することないよ」


 はい、ありがとうござます。

 とはいえ、さすがに人前でいちゃつける程ではありません。

 勉強させて頂きます。


「やべぇ……俺、アニソンいれちまった」

「アンタは無理しなくていいの」

「俺も、ラブソングとか」

「キャラじゃないからいいの」


 流れを完全にぶったぎる園田君のアニソンは、ある意味場を和ませた。

 次に歌う樋口さんも流行り最先端を歌い、歌い手は二週目に突入する。

 三曲目をどうするかといった所で、美恵が僕の袖をくいくいと引いた。


「一緒にトイレ、行こ」

「……あ、うん、ちょっとトイレ、ついでに飲み物取ってくるよ」


 ちょうど空っぽになってたから、いいタイミングだったな。

 二人で廊下に出て、次は何飲もうかな……って考えていると。


「――――っ」


 首に腕を回してきた美恵が、僕の唇を突然奪った。

 一瞬だけ舌を絡ませた後に、ついばむように数回、優しく。


「したくなっちゃったんだから、しょうがないよね」

「……そうだね、じゃあ、もっとしよっか」

「うん」


 山林君たちに負けてられない、僕達の方がもっとバカップルなんだから。

 沢山の時間をかけて、二人で愛を確かめる。

 数分ほどして満足したのか、頬を赤らめた美恵はトイレへと消えていった。

 僕としてはまだまだしたかったんだけどな。


「……さすがだね」

「いっ、山林君、見てたの?」

「僕もトイレ行きたくなってさ。千次郎でいいよ、僕も奏音って呼ぶからさ」

「……分かった、千次郎達に負けてられないって思ってさ」

「ははっ、そこに関しては負けてられないかな。とはいえ、初心者カップルもいるんだから、お手柔らかにね」


 あ、千次郎の陰に隠れてて見えてなかったけど、園田君もいたんだ。


「奏音」

「うん」

「そ、その……キ、キスって、どういう風に誘えばいいんだ?」

「誘うもんでもないと思うけど……千次郎たちは?」

「僕達はもう、したくなったらしちゃうね。ひよりも拒まないし」


 なんかもう、カップルとして最後までいってそうな貫禄があるぞ。

 一応高校生だし、普通にしてる人も中にはいるだろうけど。


「お、俺もいつか出来るのかな」

「まぁ、焦らない方がいいんじゃないかな?」

「そうだね、焦ると逃げちゃうからね」

「そうか、焦らない方がいいか……いや、ムリだろ、お前たちに感化されてやべぇ! 超キスしてぇ! 俺も桜とキスしてぇ!」


「バカなこと廊下で叫ばないの」


 突然背後から現れ、園田君の口を自分の唇で塞ぐ樋口さん。  

 予想もしてなかったから、僕と千次郎も思わず沈黙。


「……え」

「はい、これで満足した? ……まったく、いつまで経ってもお子様なんだから」

「……え、え、え、え? 桜、今、俺」

「はいはい、トイレ行くんだから、男性陣はとっとと部屋に戻る!」


 樋口さんの顔が真っ赤だ、振り返ると部屋の扉を開けて、川海さんがニマニマしてるし。

 うぉぉ、桜さん、想像以上に乙女じゃないか!


「……奏音、千次郎」

「うん」

「俺、幸せ掴まえたかも」

「おめでとう」

「良かった良かった」

「……うはぁ……キス、いいなぁ」


 これから十分に味わって下さい。

 正直、二人が羨ましいよ。

 僕たちにはもう、あと一日しか残されてないんだからさ。

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