四週目――水曜日――
朝、ピピピピと鳴り響くアラームを止めて、そこから更に三秒数えてベッドから飛び起きる。
時刻はまだ五時ちょうど、外を見ると早朝マラソンをしてるカップルがいたりする時間だ。
「今日からは、してもらった事を全部お返ししないとだな」
折り返し地点でもある水曜日、キッチンへと向かい下準備しておいたお弁当へと取り掛かる。
独自知識なんて皆無だから、クッキングパッド完全利用の現代風お弁当作りだ。
「ウィンナーの先っぽを切って、口に見立てて……うわ、可愛い、ニワトリとヒヨコになった。ミニトマトにプラスチックの楊枝を刺して、後はレンチンのチーズカツに、塩ゆでスナップえんどう……って言うんだ、へぇ、一個一個名前ちゃんとあるんだな」
結構、そんなに時間もかからずにそれなりのものが完成してしまった。
ふむ、これなら将来、僕が料理担当でもいいかもね。
愛情たっぷりのお弁当も悪くはないんだけど、そこは気持ちだけでお腹いっぱいという事で。
「奏音、アンタ結構料理上手だったのね」
「おはよう母さん、ネットで調べながらだから、誰でもできるよ」
「……手にしているとその価値が分からない、かな」
「なに言ってるのさ」
白米を冷ましてからお弁当箱にラップをして、それから保温袋に詰めてっと。
「ウチの息子がまさかスパダリとはねぇって、驚いてたとこ。美恵ちゃんって言ったっけ、また家に遊びにおいでって言っておいてね。……あと、国見ちゃんのケアも怠るんじゃないよ? 刺されたりしても母さん知らないからね」
「……大丈夫だよ。国見さんはそんなに弱い子じゃないからさ」
「強そうにしてる子ほど、内面弱かったりするんだよ」
だとしても、彼女の側には斎藤さんもいる。
いざとなったら何でも相談に乗るし、クラスメイトも煤原先輩も皆が彼女の味方だ。
でも、次学校に来たら声掛けはしておこうかな、何となく距離、出来ちゃってるし。
「それじゃ、行ってきます」
「行ってらっしゃい、朝の道って飛ばす車多いから、気を付けるんだよ」
寝間着姿のまま僕のことを見送ると、母さんあくびしながら玄関へと戻っていった。
お弁当の出来を心配してくれたのかな? それと国見さんの事もかな。
ご忠告、ありがとうございます。
「うぉ、寒い! 美恵、こんな寒いなか自転車で走ってきたの!?」
最低気温八度とかテレビで言ってたもんな、吐く息は真っ白だし、手袋にマフラー、Pコートのボタンもきっちり全部閉めても寒いくらいだ。防寒ズボンとか、中に穿く薄いタイツみたいのが欲しくなるレベルで寒い。
でも、こんな寒い中を美恵はスカートで走ってきたのか。
多分、寝起きの僕を想像して、ちょっとだけ笑顔を浮かべながら走ったんだろうな。
耳が切れるくらいに寒いけど、愛する人に会いに行くためなら、どうってことない。
「……そういえば、僕、彼女の家だとどういう扱いなんだろう」
到着するも、門の前でどうしようかしばらく悩む。
夏休みの最後の方は、チャイムを押しても無反応だった。
ストーカーって言われてたんだから、そうなるのも納得なんだけど。
今は違うし。
美恵の彼氏だし。
大丈夫、うん、大丈夫。
ほっ! と呼び鈴を押して、カメラの前でぴしっと背筋を伸ばして待機。
昔、スマホや携帯が無い時代には、こうして親が出るかどうかで緊張した事もあったとか。
今も昔も何も変わらないと思う、現に物凄く緊張しっぱなしだし。
『……はい、高橋ですが』
げ、この声、父親か!?
まだ七時前、多分美恵が家を出るのは七時四十分頃だから、何にしても早すぎる。
同じ事しようとか考えちゃったけど、思えば男の僕が出来る訳がない。
やばい、失敗した、どうしよ。
『空渡君、だったかな』
「あ、えっと、はい」
『さすがにこの時間に来るのは、非常識だと思わないか?』
「……おっしゃる通りでございます」
『分かったなら、一旦出直しなさい』
「……はい」
一般常識がない人間だと思われてしまったかもしれない。
勝手に何もかもが許されると思い込んでしまった。
反省しなきゃだな……親しき中にも礼儀あり、か。
いや、お義父さんとは親しくもないか。はは。
『……冗談だ』
レンズを前にお辞儀をして、とぼとぼと帰ろうとすると声が聞こえてきた。
冗談? いま、冗談って言った?
どうしていいか迷っていると、ガチャリと玄関が開き、落ち着きのある男性が姿を現した。
白髪のない黒髪は七三に分かれ、メガネをかけた表情にまだ深い皺は刻まれていない。
僕の父さんと同じ、もしくは少し若いくらいか。
既にワイシャツにスラックス姿のお義父さん、雰囲気的に仕事での地位も高そうだ。
「美恵から話は聞いている、来たら部屋まで通して欲しいとまでもな」
「お義父さん……ありがとうございます」
「君からまだお義父さんと言われる筋合いはない」
「……はい、ですが、いつかそう言わさせて頂きます」
別に戦う必要はないんだけど、卑屈になる必要もないと思う。
俗にいう【娘さんを僕に下さい】って奴だ。
まだ高校生のガキが何をって思うかもしれないけど。
「……ふん、まぁいい。母さん、例の子が来たぞ」
例の子って、僕の評価は高橋家では随分と低いままなんだな。
お義母さんはお義父さんとは違い、柔和な態度で接してくれたけど。
意地張っちゃってごめんなさいねって謝ってくれたり。
そして、お義母さんの案内で、二階にある美恵の部屋の前に到着する事が出来たんだ。
【奏音君のみ、入室可!】
なんなんだこの猫をモチーフにしたプレートは、熱烈大歓迎じゃないか。
既にお義母さんは一階へと下り、廊下には僕しかいない。
「入るよ」
緊張しながらドアノブを握る。
扉をゆっくりと押すと、部屋の中はまだ暗く、遮光カーテンが閉まったまま。
それでもうっすらと日の光が室内を明るくさせ、なんとなくだけど、どんな部屋か分かる。
フローリングの床に四角い背の低いテーブルが置かれていて、その周辺だけピンク色の丸い絨毯が敷かれている。机の上、棚部分には教科書類とかが既に無くて、その代わり脇に段ボール箱が何段か積み重なっている状態。多分、明後日には引っ越ししてしまうから、その準備なんだろうな。
右側にはシングルベッド、脇の小さな棚には何枚かの写真とトロフィーが飾られたまま。
ベッドがこんもりと膨らんでいるから、多分まだ寝てるんだろうね。
最近朝早かったり、夜も電話してたりで遅かったからかな。
あの日美恵にあげたヌイグルミが、まだベッドの脇に鎮座している。
化粧水は返してきたけど、このヌイグルミだけはこの部屋に残ってたんだね。
あの日からずっと、想っててくれてたのかな。
枕元に置かれた充電中のスマホ、そして眠ったままの美恵を見て、思わず口元が緩む。
カーテンを開けて起こしてもいいんだけど。なんとなく、勿体ない気がする。
次に美恵のこんな顔を見るのはいつになるのか……思い出だけじゃ足らないな。
――――カシャッ。
「ふぇ」
「あ、ごめん、フラッシュ炊いちゃった」
「…………ふぇ?」
「おはよ、美恵」
「……あー、奏音君だぁ~…………んー」
寝ぼけ眼のまま両手を伸ばしてきたから、吸い込まれるようにぎゅーっとされた。
なんか、とてつもなく良い匂いがする。
ピンク色のパジャマも可愛いし、肌触りがいいし、柔らかいし温かい。
「…………奏音君、しゅきぃ…………え、奏音君?」
「おはよ、約束通り、迎えにきたよ」
抱き締められたまま、一瞬静かになる。
そして顔を真っ赤にしながら凄い速度で転がるように布団から居なくなると、美恵は逃げるようにして部屋からいなくなってしまった。
――お母さん奏音君来るから起こしてってお願いしたのに!
――あら? 起こしたわよ? 起きなかったのは貴女じゃない。
――奏音君に寝顔見られたぁ! 変なこと言っちゃったし恥ずかしいしもう死にたい!
――美恵、死にたいなんて口にするんじゃない。
――お父さんも起こしてよ! 私の大事な人だって言ったじゃない!
――父さんはまだ認めてない。それに一人で起きれなくて来月からどうする。
――もう、分かったから! 母さん着替えと朝ごはん!
――はいはい、朝ごはん、彼の分も用意してあるって言ってね。
全部聞こえてくる。
本当ならドッキリとかしたかったのかな。
可愛い。
――――
自転車で二人、話をしながら通学する。
家が近かったら毎日これで楽しそうなんだけどな。
「今日を入れてあと三日か、なんだか信じられないなぁ」
「……そうだね」
「明日も来てくれるんでしょ?」
「もちろん、お弁当もちゃんと作って持っていくよ」
「最終日は、どうしよっか?」
「いつも通りでいいんじゃないかな」
「……そっか、それもそうだよね」
美恵の卒業式があるんだから、僕の家から来たんじゃ大変だろうし。
多分、その日は車での帰宅になるだろうから、自転車で通えるのも明日で最後だ。
瞳に焼き付けておこう、隣にいる彼女の事を、永遠に忘れないように。
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