二週目

――――高橋美恵


 高校に行く機会が、どんどん減っていく。

 文化祭も終わり、私が決断をしなきゃいけない時が間近に迫ってきている証拠だ。

 海外遠征もあるみたいだし、専属コーチやチームとの挨拶、時間がいくらあっても足らない。

 もちろんその間だってトレーニングは欠かせないし、僅かな時間も英会話の勉強だったり。


 どんなに忙しくても、空渡君からのLIMEを見れば元気が出てたんだけど。

 最近、毎日のように来てた日記みたいなメッセージが、全然来なくなった。


 桜が謝りたいからって、空渡君との秘密の言葉を教えたことに怒ってるのかな。

 でも、私がいなくなった後も二人が険悪な感じだと、ちょっと悲しいし。

 仲直りしてくれたら、それが一番なんだけどな。


「みえぽん」

「愛野ちゃん」

「ちょっといい?」

「うん」


 既に十一月も第二週、私が学校に来れる回数も、両手で数えるぐらいしかない。

 一年もいなかったのに、なんだか何年も通った高校に感じちゃうな。

 色々あったからかな……ほとんど、空渡君が絡んでるけど。


「なに笑ってるの?」

「あ、笑ってた? そんなつもりなかったんだけどな」

「彼のこと?」

「……うん」


 愛野ちゃんとは以前よりも仲が良くなった。

 同じ人を好きになった者同士、分かる部分があるのかもしれないね。


 図書室に併設された談話室。


 暖房が効いたこの部屋のソファに座ると、ふぅってなんとなくため息が出ちゃう。

 温かいお茶をテーブルに置いて、愛野ちゃんと二人並んでソファに深く腰掛ける。 


「まだ、決まってないんでしょ?」

「……うん」

「樋口さんとかさ、みんな綺麗事ばっかり言ってるけど、気にしなくていいと思うよ。みえぽんはみえぽんがしたい事をすればいいんだよ。別に編入しなくても強化選手のままでいられるんでしょ? 勉強なら私も教えてあげられるし、失敗したって大丈夫だよ」

「失敗前提はなかなか酷いね」

「あはは、別に成功してもいいけどね」

「ふふっ、もちろんそのつもりなんだけど」


 成功とはつまり、金メダルを獲ることだ。

 つまりは世界一、そんなのが簡単に獲れるはずがない。


 はぁ、談話室のソファ、気持ちいいな……ここから動きたくなくなるよ。

 ここで寝ちゃうくらい簡単に獲れたら、悩まなくていいんだけどなぁ。

 

「私さ、前に空渡君に伝えたんだ」

「……なにを?」

「高橋さんが水泳で金メダルを獲るっていうのなら、私はモデルで世界一になるってね。そうじゃないと、二人の隣にいれないって思ったんだ」

「モデルで世界一……それも凄いね」

「凄いでしょ? でもまぁ、金メダルと違って具体的に何をしたら世界一なのか、ちょっと曖昧なんだけどね」


 確かに、具体的な賞とか、ぱっと思い浮かばない。


「……オスカー賞とか?」

「それ映画だから」

「あはは、ごめん。やっぱりモデルで世界一って言ったら、パリコレなんじゃないかな」

「パリコレか……文化祭、楽しかったね」


 いま思い返しても、純粋に楽しかった思い出の一つだ。

 皆で準備して、山林君と川海さんに協力して、必死になって台詞作ったりしたっけ。

 私は受付に逃げちゃったけど、次があるのなら参加したかったな。


「すっごい盛り上がってたよね」

「そういえば、知ってるよ? 受付でみえぽん告白されてたでしょ?」

「え、聞いてたの?」

「聞こえてたよ、ちょうど空渡君がランウェイ歩いてる時だったから、彼は気付いてないだろうけどさ。他にも下駄箱にラブレターでしょー? 放課後声を掛けられて告白でしょー?」

「ちょ、ちょっと待って、なんで知ってるの」


 空渡君との別れが噂になってから、何人もの男子たちが私に告白してきた。

 でも、全部オリンピックを理由に断っちゃったけどね。 

 そうじゃなくても、誰かと付き合うとか考えられなかったから。


「それだけ見てるってこと。だから分かるよ。最近、本当に元気ない」

「……決断、したはずなのにね」

「最後の決断もさ、彼に任せちゃったら?」

「……そんなの、ズルくない?」

「お姫様なんだからさ、全部、何もかも王子様に任せちゃえばいいんだと思うよ」


 思わず苦笑。

 お姫様、なんて柄じゃないよ。


 いいのかな、それで。

 でも、この前の時も彼は決断したんだもんね。


 もう、初めて会った時の空渡君じゃないんだ。

 全部を委ねるのも、悪くはないのかも。


「美恵」

「……うん」

「多分、LIME、ずっと待ってるよ」

「……うん」

「だから、頑張れ」

「…………うん」


 なんで、泣いてるのかな。

 どうなるかも分からないし、こんなの私じゃないって思えるのに。

 LIMEをタップする手が震える、彼がどんな決断をするのか。

 

 でも、約束したから。

 伝えたい事があるって言ってたから。

 私には、それを聞かなきゃいけない義務があるんだ。


「……なんて送ったの?」

「来週の金曜日、メガネを外して待ってて下さいって」

「ぷっ、なんで最後までそれなのよ」

「だって、直接見られてたら恥ずかしいし」

「今更だよ、ほんと今更。……あ、教室って抜けてるじゃん」

「え? あ、ホントだ! あ、既読ついちゃった、どうしよう」

「あ、でも、分かったって。まぁ、分かるよね」

「……うん」


 こんな事でも、全部分かるんだよね。

 もう、何もかも分かってると思うから……全部、彼に委ねよう。

 

 私の人生は、貴方が決めるべきだと、そう思うから。

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