十一月

一週目

――――水曜日。


 激動の一週間だった。


 煤原さんが僕のパートナーとして決まり、国見さんが好敵手として再起する。

 蓋を開けば、全ては斎藤さんの掌で踊らされただけの事かもしれない。

 

 斎藤さんのやり方が正しかったかと言えば、それはNOという回答が返ってくるのだろう。

 それだとしても、僕という人間は成長し、国見さんも取り巻く環境が大きく変化した。


 彼女のソロ活動は思いのほか早く、既に決まっている仕事があるのだとか。

 煤原さん曰く「事前に決まってたのかもね」との事だったけど、真相は闇の中だ。

 それでも、皆が笑顔なのだから、結果オーライとも言える。 


「愛野ちゃん、提出物……写させてもらってもいいかな?」

「みえぽんさぁ、こういうのは自分でやらないとダメだと思うんだけど?」


 僕の後ろの方で、何か聞き覚えのある二人の会話が聞こえてくる。 

 二学期早々は完全に断たれていた二人の関係も、今では過去のものだ。


「あはは、練習忙しくって」

「そんな言い訳していいんだ? 私が何もしてないみたいに聞こえるよ?」

「……はぅ、すいませんでした」

「でもまぁ、助け合いの精神って言うしね」

「――! ありがとう愛野ちゃん、愛してる!」

「はいはい、とっとと写して返してね」


 もしかしたら僕の知らない場所で、二人に何かあったのかもしれない。 

 なんでもいい、二人が仲良くしているのを見ていると、自然と口元が緩む。


「奏音よぉ」

「うん?」

「高橋さんと国見さんって、何かあったのか?」

「……どして?」

「いや、一学期の初めは仲良かったの知ってるんだけどよ? 色々あって二人とも犬猿の仲だったのに、最近は掌返したみたいに仲が良いみたいだからよ。ちょっと気になってるんだよな」


 園田君、君は間違いなくマスコミが天職だね。

 もしかしたら、一学期の時点で全部園田君に相談してたら、一発で解決だったのかも。


「煤原先輩の件で解決したのは樋口さんグループとの和解のはずだからさ、なんかちょっと腑に落ちねぇんだよな」

「私がなんだって?」

「おわっ! す、煤原先輩!」


 背後からズンッと園田君の頭の上にのしかかる煤原先輩。

 どこはかとなく園田君が幸せそうな顔をしているのは、黙っててあげようかな。


「そらっち、今週の土曜日に撮影だって」

「うん、二人でやる初めての仕事だね」

「宜しく頼むよ相棒! それと改めて、私を選んでくれてありがと。今日の学校終わったら家に遊びにきなよ。妹たちも会いたがってるしさ」


 語り終わると、はいって感じで両手を広げてきた。 

 もう、煤原先輩の行動は何となく理解できる。


 先週の土曜日も実際に会って話をした途端に「そらっち大好き! 愛してる!」っ言いながら熱烈なハグをされたんだ。首の骨が折れるかと思った。それぐらい強烈なハグだから、胸が柔らかいとか、そういうのを通り越してただ単に痛い。


 けど、周りはそうは思わないだろうね。

 スキャンダルが命とりの僕達なんだから、スキンシップは避けた方が良いのに。


「なに考えてんの! こんなの挨拶みたいなものでしょ!」

「あ、っちょ!」


 ぎゅー! って、全力で顔だけ! 痛い! 痛いんだよ! メリメリいってる! 骨が!

 胸の肉を押しのけて、骨が当たる! どんだけ肉体派なんだよ! メ、メガネが折れる!


「――――、っぷは、煤原先輩、前も言いましたけど!」

「スキャンダルに気を付けろ、でしょ? ここ学校だよ? そんなことする人いないよ」


 ねーって煤原先輩が振り返ると、ねーって数人のクラスメイトが反応する。

 既に煤原先輩のファンでもいるのかこのクラスは……おー、いたた。


「奏音」

「なに」

「いいな、その人生」

「……変わろうか?」

「マジで変わって欲しい」


 そんなの無理に決まってるだろうに。

 園田君は僕の親友ポジションを貫き通して欲しい。

 僕にとっての同性唯一の癒しなんだからさ。


――――金曜日。


「奏音さぁ」

「うん」

「そのラブレター、全部返事書いてんの?」

「書いてるよ、だって返事書かないとか失礼だと思うし」

「文化祭の時も?」

「うん……他校の生徒さん多かったから、切手代結構かかっちゃってさ」


 高橋さんとの別れ、国見さんとの決別みたいなのを感じ取ったのか、最近はまたラブレターの枚数が増えてきた気がする。たまにアンチみたいなのも入ってるけど、逆にそういった手紙は返事を書く必要がないから楽でいい。


「お、死ねって書いてあるな」

「この字は男子かな、結構多いよ」

「ははっ、奏音のメンタルすげぇな」

「園田君に嫌われたらショックだけどね。名も知らぬ人なんてどうでもいいよ」

「……お、おう、なんだよ嬉しいこと言ってくれちゃってよ。そんじゃ、このアンチの手紙は捨てておくからな」


 放課後待ってます、みたいな手紙の内容でも、無記名の場合は無視してる。

 無駄な時間は過ごしたくない、一応モデルとして肉体造らないとって最近は運動もしてるし。


「……」


 そんな僕だけど、例え無記名であってもこの文章だけは手が止まる。

 眉間にシワを寄せて、口を半分だけ歪ませながらだけど。


【放課後、教室でメガネを外して待っていて下さい】


 ……誰よ? 高橋さんエナか? いや、エナは最近LIMEの既読か既読スルーかで判断が可能な感じに進化してるから、それはないはず。先週の金曜日だって、既読が付いたから料亭で待ってたんだし。それに教室で会うなんてリスクが高すぎる。エナはないな。


 となると国見さんの可能性だけど。

 国見さんが今更僕にエナとして接してくるなんてあり得ない。

 理由もないし、あるとしたら多分正々堂々と声を掛けて来るはずだ。

 もう立派なモデルなんだし、多少の会話をした所で煤原先輩よりかは全然マシなはず。


 となると……そういえば、一人だけいるな。この待ち合わせ方法を知ってる人。 

 思えばその人が誰かも分かってなかったし、ちょうどイイから答え合わせさせて貰おうかな。


 ……なんとなく、誰だか察しがつくけど。


「お、どしたい、なんか悪い顔してるぞ?」

「そう? 結構顔に出ちゃうタイプなのかも」

「いつもと違う感じだったから、何枚か写真撮るか」

「ふっ、カッコよく頼むよ」

 

 こうして園田君の練習台になるのが一番気楽でいい。

 適当にポーズとかとったりして、バカをやるくらいが丁度いいんだ。 


――――放課後。


 教室で一人、名も知らぬ人を待つのは何度目だろうか。

 今日なんかは特別何もない日だから、普通に残ってる人もいる可能性もあったのに。

 

 気付けば教室には誰もいなくなり、一人静かにメガネを外して席に着く。

 そうすること二十分弱、既に時刻は午後五時だ。

 

「……あの」


 カラカラと教室の扉が開き、入ってきた一人の女の子。

 頬が隠れるくらいのワンレングスに、ちょっと太めの眉に細めの瞳。

 いつも元気に喋る大きな声が特徴、そしてこのクラス僕の最大の敵とも言える。


 声だけで分かるよ……樋口桜さん。

 高橋さんの友達でもあり、国見さんも属するグループのリーダー格だ。


「とりあえず、樋口さんだって分かるから、メガネ掛けていい?」

「あ、うん」


 メガネを外したまま会話する気になんてなれない。

 何を言われるか分からないし、叩き割られたら事だ。


「急に呼び出して、ごめんなさい」

「別に構わないけど。この文章、誰から聞いた?」

「高橋さんと、国見さん……」


 おいおいおい、二人も絡んでるのかよ。

 だとしたら邪見には出来ないな、話だけでも聞いておくか。


「私が空渡君と二人きりになりたいって相談したら、この文章を書けばいいって」

「……まぁ、ね。でも、多用はしないでね? それで、何の用?」


 ハッキリ言えば、僕からの用事なんて皆無に等しい。


 花火大会の時も樋口さんがいなければ高橋さんに告白できただろうし、体育館の時だって高橋さんに告げ口したのは樋口さんだろうし。国見さんに対する暴言だってあった、樋口さんのせいで僕だけじゃなく彼女まで土下座したんだ。


 なんか、思い返したらムカムカしてきた。


「空渡君に謝りたくて」

「……」

「色々と、ごめんなさい。私、迷惑ばかり掛けちゃって」

「別にいいよ、悪気があっての事じゃないだろうし」

「本当にごめんなさい……でも、今日呼び出したのは、もう一個伝えたい事があるの」


 もう一個伝えたいこと?


「とりあえず、座ったら?」

「……うん、あの、本当にごめんね」

「だからもういいって、高橋さんを守ろうとしただけなんだって分かるから」


 樋口さんにしんみりされると、こっちだって何も言えなくなるんだよ。

 一つ前の席に座ると、樋口さんは俯いたまま一枚の用紙を取り出してきた。

 

「……なに、これ」

「オリンピック強化選手の合宿と、転校のお知らせ」

「……転校? 転校って、誰が」


 誰が、なんて意味のない言葉だ。

 一人しかいないじゃないか、高橋さんが転校する?

 

「え、だって、長期合宿だけなんじゃないの? 確か三週間くらいで終わるって」

「今年から変わったの、最低三か月、それに本人が希望すれば専門の学校に編入も出来るって」


 奪い取るようにして用紙をひったくり、大急ぎで目を通す。

 嘘だろ、高橋さんが学校からいなくなる? 最低三か月?

 編入ってことは、オリンピックが終わっても帰ってこないって事だろ? 


「その学校に編入して卒業するとね、オリンピックがダメでも、その子が困らないように卒業後も道を用意してくれるんだって。大学にもほとんどエスカレーターで行けるし、テレビの仕事とか社会人水泳部がある会社とか。そういうのに斡旋されるから、美恵の人生を考えたら編入した方がいいって、思うんだけど」

「……」

「でもね、美恵、まだ答えを出せてないんだって。直前まで返答は待つって言われてるみたいなんだけど、でも、もう十一月だから……。お願いがあるの、空渡君」


 僕の人生は、周囲から羨ましがられる人生だって、園田君は言っていた。


「空渡君からも美恵に伝えてあげて。この学校から転校した方がいいって」


 こんな選択ばかり求められる人生の、どこが羨ましがられるんだ。

 高橋さんの転校を、僕が勧める?


 それはつまり、今後二年間、僕達は会うことだって難しくなるって意味なのに?

 当たり前のように教室にいるのに、遠くても近かったから何とかなったのに。


 二年……二年は、長すぎだろ……。

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