四週目――土曜日――②

――――国見愛野、水曜日。


「……はい、ひっく、国見です、けど」

『斎藤です、お電話大丈夫でしょうか?』


 あふれ出る涙をこらえながら、とりあえず出ないとと通話を押した。

 斎藤さん……斎藤さんにも言わないとだよね、私はもう棄権したんだからって。


「大丈夫、です」

『実は、国見さん個人への仕事のオファーがありました』

「……私個人、ですか?」

『Eコマースという言葉をご存じでしょうか? 平たく言えばネットショッピングの事を指す言葉なのですが、それを展開している大手企業様から、国見さんを使いたいとの打診が入りました。お母様への連絡は既にしておりますが、判断は国見さんに任せるとの事でしたので、こうしてお電話を差し上げた次第になります。お受けになられる場合、学業への干渉があるレベルのお仕事になるとはお伝えしておきます……国見さん?』


 なんで、こんなタイミングなんだろう。

 迷惑を掛けたくないからって、空渡君に伝えたばかりなのに。

 

「……ごめんなさい、実は私、もう辞めようって思ってるんです」

『それは、空渡君が選ばなかったから、でしょうか?』

「……」

『先に謝罪いたします。貴方達三人を試す様な真似をしてしまい、誠に申し訳ありませんでした。しかし、彼がそこまで伝えているという事は、既に貴方達は僕が空渡君に試練を与えていたことを知っていた、という事で宜しいでしょうか?』

「そうです、けど」

『そしてそれを受け入れている。つまりは僕の目的である【彼の成長】まで見通していると判断いたします。ならばこの試練は既に完遂していると言えるでしょう。空渡君には伝えませんでしたが、元々このお話は彼が選ばなかったかたも、僕が個人的にプロデュースするつもりでおりました。国見さんも煤原さんも、是非ともウチが囲いたい。ですが、空渡君の側に複数の女性がいる状況は、読者が好まないのです。スキャンダルに食いつく輩は多数いますが、それは夢を売る仕事とはかけ離れてしまっている。もし宜しければなのですが、明日にでも直接お会いする事は可能でしょうか? 直接会ってお話した方が、伝わるべき内容も多いと思います』 

 

 淡々と語る内容に、悲しみで染まっていた心が怒りで埋め尽くされていく。

 本音を言えば、ふざけるなこの野郎、だった。

 後出しジャンケンじゃない、何を今更、ダメだった方は使うとか。


 もし斎藤さんの話が本当だった場合、予め私達に伝えるべきだ。

 それを踏まえた上で彼に試練を与え、私達に考える猶予を与えるべきなのに。


 嘘を当たり前のように語る……それを見抜けない私じゃない。

 だって、私は嘘つきだから。

 

「……分かりました。明日の夜七時で大丈夫ですか」

『ありがとうございます。ご自宅にお伺い致しましょうか?』

「いえ、最寄り駅近くのお店でお願いします」

『かしこまりました、では明日の七時に』


 電話が切れたあと、感情に任せてスマートフォンを地面に叩きつけそうになった。

 今回のオファーが無かったとしたら、絶対に私をそのまま捨てるつもりだったくせに。

 空渡君にも捨てられて、クラスの友達からも捨てられて、何を今更……。


 なのになぜ、私は明日の約束なんてしまったんだろう。

 大声で叫んで、お前のせいで告白してフラれたんだって言えば良かったのに。


「……違うか、それは人のせいにしちゃダメだよね」


 沢山の人が行きかう駅前の広場で、一人夜空を見上げながらつぶやく。

 星なんか全然見えないこの空の下で、私は誰に対する言い訳を吐き出しているのかな。



――――木曜日、昼。



「愛野ちゃんも一緒にご飯食べよ」

「樋口さん……うん、ありがとう」

「いいよ、今までごめんね」


 お昼休みの時間、久しぶりにクラスメイトの輪に入っての昼食は、なんだか美味しく感じた。

 朝、煤原先輩が叫んでくれたおかげ……って、言っていいのか分からないけど。

 思いっきり泣いちゃったから、ちょっと恥ずかしかったけど、結局それが良かったみたい。


 樋口さんを始めとした輪の中に入って、他愛もない話で盛り上がる。

 平和な空間、こういう生活も悪くない……やっぱり、あの話は断ろうかな。

 自分で棄権するって言ったのに、なんでいるんだって思われちゃいそうだし。

 空渡君は、そんなの気にしなさそうだけど。


「……あ」


 ご飯を食べ終わった後、一人で廊下に向かうみえぽんを見かけて、慌てて追いかける。


「みえぽん」

「愛野ちゃん……こうして会話するのも久しぶりだね」

「うん、色々あって、ごめんね」

「いいよ、大変なの分かるし」

「……私、知らなかったんだ。みえぽん、空渡君とまだ繋がってたんだね」

  

 みえぽん、慌てて私の口に手を当てて周りを確認してる。

 可愛いな、大丈夫だよ、誰にも聞かれないように喋ってるから。


「人気のないとこ、行く?」

「その方がいいかも」


 二人で学校の内庭へと移動して、空いていたベンチに腰掛ける。

 購入した温かいお茶を口に含むと、吐く息がほんのりと白くなった。


 紅葉まではあと二週間くらいかな、見上げる木々に緑と黄色が混じってる。

 春から始まった私達の恋愛も、移ろいゆく樹木と同じ様に、随分と変わっちゃったな。 

 真っ赤に染まるのは、私じゃないみたいだけどさ。


「随分と冷えるようになったよね」

「うん、ねぇ愛野ちゃん、さっきの話って」

「……昨日ね、私、空渡君に告白したんだ」


 手にした温かいお茶を指で押さえながら、隣に座るみえぽんを見る。

 綺麗な顔してるな、ショートカットがこんなにも似合う子なんて初めて見たよ。

 彼が惚れちゃうのも分かる、私なんてみえぽんに比べたら、全然だ。


「それで、どうだったの?」

「……フラれたよ。私じゃもうダメなんだって」


 分かり易いな、目をまん丸にしちゃって、私を慰めていいのか悩んだりしちゃってさ。

 嘘つきな私と違って、良い人なんだ。

 本当、良い人達なんだよ。

 

「そのあと私から聞いたんだ。面談なんて誰の入れ知恵だったのって」

「……それで、白状しちゃったんだ」

「そ、でも必死に言い訳してたよ? 最初っから付き合いがあった訳じゃないんだって」

「ふふっ、あんなにハッキリと別れの言葉を告げたからね。表立って言える訳ないよ」


 あははって笑って、そして少しだけ黙り込む。

 ここにいる二人は、同じ人を好きになってしまったんだ。


 一時は二人とも両想いだったのに、今は二人とも違う。 

 なんだか、とっても変な関係だ。


「……みえぽんさ」

「うん」

「空渡君のこと、好き?」

 

 私は好き、例えフラれてもそんなに簡単には変われない。

 時間が経過したら、多分また彼を好きになる。

 そして感情が高まって告白して、またフラれるんだ。


 何かがないと、絶対に同じことを何度も繰り返しちゃう自信がある。

 そしていつの日か、彼が私の想いに振り返ったら……そんなことが、あるかもしれないよ?


 膝を抱えて座り直し、膝小僧に顔をのせてみえぽんを見る。

 思い悩んでいる顔してるね、言葉にしてなくても全部伝わってくるよ。


「言えないってことは、そういう事かな?」

「口にしたら、ダメだと思うから」

「ここには私しかいないのに?」

「……うん」


 多分、好きのレベルが違う、何をもってしても彼のことが好きなんだね。

 だから、危険を冒してでも彼のことを助けたいと思い、行動してしまう。

 そういうのは多分もう、好きって感情じゃないと思うんだけどな。


「いつまで、その態度でいるつもりなの?」

「二年後のオリンピックが終わったら、かな」

「それが終わったら、彼を受け入れるつもり?」

「……」

「それまで、待ってくれると思う?」

「どう、かな。彼、人気あるし、これからも伸びていくだろうし」


 まどろっこしい二人だよね、もっと素直になればいいのに。

 私だけ素直になって玉砕しちゃってさ、なんかちょっとムカムカしてくる。


「そんなので金メダル獲れるの?」

「分からないよ、そんなの」

「だって明らかに動揺してるじゃん」

「そうかもしれないけど、でも、決めた事だから」


 なんか、話に付き合ってるのが馬鹿らしくなってきたかも。

 この二人が正式にお付き合いし始めたら、一体どんな風にするんだろ。


 空渡君とみえぽん、この二人が互いに持つ感情は、もう好きのレベルじゃない。

 夫婦なみの、それこそ愛してるってレベルだ。

 私はまだこの感情には至れていない、こっちの方でも負けてたんだね。


「でも、十二月に行っちゃうんでしょ?」

「……うん」

「調べたよ、長期合宿、今回から長くなるんだって?」

「……最低三か月。私が希望すれば、そのまま強化選手だけが入学できる関西の学校に編入も可能だって、そう言われてる」

「そうなんだ……それで、どうするつもりなの?」


 それっきり、みえぽんは口を閉じてしまった。

 多分まだ、そこの答えは彼女自身だせていないんだと思う。

 簡単には出せないよね、二年後って言ったら、私達はまだ高校三年生だ。

 目標の一つが終わるのに、元の場所に戻ることが出来ないとか。


 だからって、私が二人を憐れむ必要なんてこれっぽっちもないはずなのに。

 なんで、私まで頭悩ませてるのかな。



――――木曜日、夜。



 約束した場所に向かうと、既に斎藤さんが席を取り座っていた。

 いつも遅れて現れるくせに。今回の話は多分、相当に大きいんだろうね。


「時間を作ってありがとう、飲み物、何か飲むかい?」

「……その前に、謝罪して下さい」


 私を見つけるなり立ち上がり、場を作ろうとする。

 でも、今の私は怒りしか感じてないから。


「……それで、君の気が済むのかい?」

「気が済むかどうかは分かりませんが、何もないままで話し合いの場につこうとは思えません」

「……分かった。先日の電話の時にも謝罪したが、改めて謝罪しよう」


 この人のせいで、私達の人間関係は大きく崩れる所だったんだ。

 煤原さん、高橋さん、空渡君、皆がいてくれたから何とかなったけど。

 簡単には許せない、開口一番叩かなっただけでも褒めて欲しいくらいよ。


「君たちを試してしまい、誠に申し訳なかった」


 両手を揃えて深く頭を下げ、周囲に聞こえるように謝罪する。

 大人のプライドなんて安いものなのね、こんな小娘に頭下げれちゃうんだからさ。


「もういいですよ」

「ありがとう……それで、昨日の件だが」


 ほら、言葉一つで切り替えられちゃうんだ。

 信じていい人なのか、ちょっと疑心暗鬼になっちゃうよね。


「土曜日まで待って下さい」

「土曜日?」

「はい、その日に空渡君からの報告を受けるんですよね? その場で返事をしたいと思います」

「それは、構わないが。彼にそのことは?」

「伝えないで下さい」

「……分かった、全て了承しよう」


 私がいるって分かってしまうと、絶対に空渡君は遠慮してしまうから。

 私を選ぶような事があれば、この話は終わりにして彼と共に歩みたい。


 選ばれなかったら……その時は、ちょっと離れた場所から彼を監視させてもらおうかな。

 二年間、彼に変な虫が近づかないようにするには、この方法しかないと思うから。


 全部が終わったら、一回くらい三人で楽しく遊びたい。

 私とみえぽんと空渡君で、どこかでぱーっとね。


 あ、煤原さんも入れないと、彼女怒りそうだな。

 ふふっ、じゃあ四人か、賑やかで良さそ。

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