四週目――金曜日――
長かった一週間も、ついに金曜日を迎えるに至った。
来週には十一月、そしてあっという間に十二月だ。
二人との面談も終わり、私生活から本音まで、色々なことを知ることが出来た。
明日には斎藤さんに、どちらを選ぶのか伝えないといけない。
でもその前に、僕は感謝を告げなくてはならない人がいる。
私服に着替えてサングラスまでかけて変装し、個室の高級和食店をも予約した。
やりすぎなぐらいが丁度いい、僕達の存在は、もはやそういう存在なのだから。
一つ一つの部屋の防音性が高いこのお店は、密会をするには丁度いい。
畳部屋で座布団に座る感じは、どこかの旅館に来た雰囲気に似ている。
「失礼します……あ、空渡君、本当にいた」
僕と同じく私服に着替えてサングラスをかけた高橋さん、個室の引き戸を恐る恐る開けながら入ってくる彼女を見て、思わず笑みがこぼれる。
「いや……さすがにやりすぎじゃない? ここ幾ら?」
「値段なんて気にしてられないよ、秘密が誰かに漏れたらおしまいだからね」
「そうかもしれないけど……高校生が来るお店じゃないよ、ここ」
確かに、お値段はびっくりするぐらい高い。
ご飯のコースだけで一人一万円を超えるのは人生で初だ。
でも、それ以上に守りたい秘密がある。
高橋さんと僕の密会は、どんな手段を用いてでも隠さないといけないんだ。
「……それで、わざわざ呼び出したってことは、何か進展があったの?」
「進展があったと言えばあったし、無かったといえば無かったとも言える」
「意味深な言い方だね。まだ二人のうち、どちらか決められてないんだ?」
「一応、決めたよ。でも、それは極秘だから」
高橋さん、お店の名前を聞いてから服装を決めたって言ってたけど。
総レースの透けが入った黒のロングドレスは、胸元まで透けているアダルトなドレスだ。
ここに来るまではファー付きのコートまで着てたみたいだし、物凄いお嬢様に見える。
「あ、服が気になる?」
「……一応、モデルだから」
「あはは、可愛い言い訳だね。お母さんに借りたんだ、お店の名前だしたら、ちゃんとした方がいいって言われてさ。でも、個室なんだから普段着でも良さそうだよね」
静かに座る高橋さんは、やっぱり綺麗で美しい。
そして気分が落ち着く、二人だけの部屋ってこんなにも落ち着くんだ。
お通しと飲み物、まずは二人だけで乾杯。
「ありがとう、エナの助言が無かったら、僕はきちんと答えを導けなかった」
「……どういたしまして」
「それに教室で僕を止めてくれた……そのことにも感謝してる」
「あの時は緊張したよね。国見さんと煤原さん、二人とも本気だったから」
「でも、あれだけ本気じゃなかったら、絶対に国見さんは本音を出さなかったと思う」
嘘が上手い子なんだ、演技が上手くて、自分を常に隠してしまう。
そんな国見さんに誰も気づけなくて、助けてという悲鳴すらも気づく事が出来なかった。
「どうやって、煤原さんは国見さんの演技を見抜いたのかな?」
「似てるんだよ、あの二人」
「似てる? どこが?」
「信念、かな。モデルに対する思いも、どこまでも一直線な性格も。だから、国見さんが嘘をついているって事に気づいたんだと思う。本を読んで静かにしていること自体に違和感を覚えて、そして隠してる本音まで引き出せたんだ」
運ばれてきた料理は、和室によく合う鍋料理と刺身のコースだ。
マグロのお刺身を一切れ箸でつまむと、しょうゆにちょんとつけて頬張る。
「……凄い、美味しい。口の中で溶けるね」
「驚きのレベルだね、何切れでも食べれそう」
「あはは、話が一気にお刺身になっちゃった」
「しょうがないよ、だってこれ美味しいもん」
けたけた笑いながら頬張ると、やっぱり美味しいんだ。
「一緒に食べてる人も、重要だったりするんだよ」
「……うん、分かる」
「分かっちゃうか、さすがはモデルさんだね」
高橋さんの気持ちは、何も変わっていない。
僕の気持ちも、何も変わっていない。
お互いに好きの状態、計り知れないほどの壊れた感情で、今ここにいる。
裸になって抱き合ったら、間違いなく最後まで行く。
絶対に、もう二度と離さない自信がある。
だから、これ以上の距離は詰めない。
大好きだから、愛してるからこそ、この距離なんだ。
「デザートのわらび餅とケーキ、色々トッピングされて凄い豪勢だね」
「うん、食べたことないくらいに美味しい……でも、良かった、喜んでくれて」
「あはは、美味しいものには素直になるべきだって」
「そうだよね……ねぇ、エナ」
「……うん」
テーブルの上には、まだまだ食べきらないほどの料理が残されている。
この空間でまで、彼女をエナと呼ぶ必要はないのかもしれない。
でも、エナと呼ぶことで、互いの安全と安心が保持されている気がするんだ。
破ってはいけない約束、薄皮一枚のそれだけが、僕達の信頼の証。
「十二月に、行くんだよね」
「……うん」
「その前に、もう一度、二人だけで会えないかな」
「…………」
「伝えたい事が、あるんだ」
ここにきて、心臓が喚き始める。
いつかの時のように、苦しいぐらいに。
断られたら、もうこれで終わりにしよう。
未練がましく想うのも、何もかも終わりにするんだ。
LIMEのアドレスも、住所を書いたメモも、写真も、電話番号も何もかも消してしまおう。
そうじゃないと、二度と頭の中から消えないから、消すことが出来ないから。
けじめなんだ、断られたら終わり。
ここに来る前から、そう決めてた事だから。
「………………わかった」
長い時間をかけ、俯いたまま僕を見ずに言った言葉は、否定ではなかった。
――――、肩の力が、身体に入っていた力の全てが、一気に抜けた気がした。
いや、完全に抜けきってしまったんだと思う、その場にぺたりと倒れたくなるくらいだ。
「え、ちょっと、空渡君?」
「ごめん、緊張しすぎて、足が」
「あはは、しびれちゃったの?」
慣れない正座なんかするんじゃなかった。
最後までかっこつかないな、僕は。
「つんつん」
「ちょ、触らないで!」
「あはは、いじめちゃお」
「やめ、やめて!」
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