四週目――水曜日――①
――――放課後。
「面談は空渡君の家でしたい」
「……家?」
「変なことする訳じゃないんだから、いいでしょ?」
まだ人の残る教室で、国見さんは僕へと唐突にこう言った。前の席の園田君が思わず振り返ったり、他のクラスメイト、男子も女子も、皆が僕達二人へと注目する。
そんな中で、高橋さんだけは僕達を見ずに「さ、部活行かないとね」と声を大にしながら席を立った。樋口さんや他の子もそんな高橋さんに見習って、まるで僕達なんかいないみたいに振舞いながら教室を後にする。
これまでの僕だったら、そんな高橋さんの態度に傷ついていたと思う。
でも、今は違うから、安心して彼女を見送れる。
「バスだけど、いい?」
「いいよ、それぐらい」
「お金、出すね」
「だからいいって。私の家遠いから、このまま一緒に帰ろ」
部活をしない生徒は結構な人数がいて、その列に交じって二人で特に会話もせずに歩く。
十月の後半、テレビでは気温が十六度とか言っていて、九州では夏日になるとも言っていた。
そんなの嘘じゃないかなってくらいに肌寒い風が頬に当たり、なんとなしにポケットに手を入れたくなる。到着したバスがとてもありがたい程に暖かくて、乗り込んですぐに空いていた二人用の席についた国見さんは、料金案内に目を通し「三百五十円か」とつぶやいた。
バス利用の生徒は少ない、半分以上空いた席のどこに座ろうかと車内を見回していると、自分の隣に座れと言わんがばかりに、国見さんが椅子をパンパンと叩く。
「……隣、失礼します」
「別に、そんなのいらないから」
バス利用者で同じ高校の制服の男女が隣り合って座る、それだけでカップルか友達以上の何かに見えてしまうと思うのだけど、国見さんはあまり気にはしないと言った感じだ。
隣に座ると、彼女は窓際に頬杖をついて、僕には艶めく側頭部だけを見せながら、無言のまま何も言わず。面談をするにしても家だし、特に会話をする事もないのならと、鞄からスマホを取り出した辺りで、ふいに風景を見ていたはずの彼女がこちらへと向き直った。
「空渡君の家からみえぽんの家って、どれくらい離れてるの?」
急な質問だった。僕の家から高橋さんの自宅……?
「ほとんど毎日通ってたんでしょ? ストーカーと間違われるくらいに」
「あはは……ストーカーはやめて。自転車で小一時間くらいだよ。学校から見たら西側が僕の家で、高橋さんの家は北側かな。ほら、北に少し行くとファミレスあるでしょ? あそこから信号を渡って三叉路を右に――」
「学校から北なんて言われても、行ったことないから分からないよ」
「そっか、地図アプリ見ながらの方がいいかな」
「……別に、そこまでしなくてもいいし」
高橋さんの家の場所が知りたくて聞いてきたんじゃないのかな? 元々手の中にあったスマホの地図アプリを起動した辺りで、国見さんは先ほどまでと同じようにそっぽを向くと、何もかたらずに流れる風景をただ黙って眺め続ける。
よく分からない、質問したくてした感じじゃないのかもしれない。
これから行う面談に緊張してとか、そんな感じなのかな。
僕の方から何か語るにしても、やっぱり頭のどこかに面談がちらついてしまう。無駄に会話をしない方がいいなと結論付けた僕は、地図アプリを閉じ、いつもの小説アプリを開いて読みふけることにした。
「……?」
僕の家まで大体三十分、温かな車内で揺られていると、いつの間にか寝入ってしまったであろう国見さんが、頬杖をついたままこっくりこっくりと船をこぎ始めた。バスの中で寝る人って結構いるから、例外なく眠りについた彼女がなんとなく微笑ましくて、一人目を細める。
だけど、バスが左折したタイミングで、彼女の揺れる頭がぽすんと僕へともたれ掛かってきてしまった。すぐさま起きるかと思ったけど、どうやら起きる気配がしない。すー……すー……と聞こえてくる彼女の寝息、教室とは違う無防備な佇まいに、なんだか口の中がムズムズする気分になった。
このままでいいか、そう思った僕は左手にあるスマホへと再度視線を移し、右肩に感じる体温そのままに小説の世界へとのめり込む。そうこうしている内に最寄りのバス停のアナウンスが流れ、そのタイミングで国見さんの頭がぱっと離れた。
「起きた?」
「……ごめん、いつの間にか寝てた」
「あはは、国見さんにしては珍しいね」
「……うっさい」
「ふふっ。そろそろだから、降りる準備しとこうか」
バスを降りると、せっかく温まった体温が秋風でどんどん奪われていく。厚手のコートが必要になるのも、そう遠くないな。そんな事を考えながら、国見さんと二人で近くのコンビニで飲み物を購入し、徒歩十分の我が家へと向かった。
二階建ての僕の家、駐車場に父さんの車はないけど、庭に母さんの電動自転車は残っている。これで母さんが居なかったら国見さんを家にあげていいかどうか悩む所だったから、ほっと一安心だ。
「ただいまー」
「おかえりー、奏音、おやつテーブルの上に置いてあるからねー」
「分かったー、母さん、ちょっといい?」
リビングの方にいると思われる母さんを呼ぶと「なーにー?」とちょっと間の抜けた言葉と共に、普段着の母さんが姿を現した。長い髪もボサボサだし、掃除でもしてたのか腕まくりもしたまま。目をまん丸にした母さんは玄関に立つ国見さんを見て、慌てて身なりを整える。
「え、あら可愛い、どなた?」
「この子、国見愛野さん。ちょっと部屋で話することがあって、急遽家に来てもらったんだ」
「……国見です、急にお邪魔しちゃってすみません」
指で髪を
僕と国見さんとキョロキョロと見比べて、母さん無言のままサムズアップした。
「奏音の母、
「あ、大丈夫です、本当に話だけですから」
「長くなるんでしょ? 母さんも二時間くらい家を空けておこうかしらね」
なんだその二時間って、何もしないしどちらかと言うと家にいてくれた方が嬉しいのに。
母さんからおやつを受け取ると、国見さんと共に二階の部屋へと向かった。
……そういえば、部屋って綺麗だったっけ? 今朝の部屋の様子、どうだったかな。
「あ、ちょっと部屋掃除してもいい?」
「……気にする必要ないよ。座って話が出来ればそれでいいから」
「そ、そう? じゃあ、そのままでいいかな」
確か大丈夫だったはず……ドアノブを握り締めてゆっくりと扉を開くと。
朝起きて
「ごめん、やっぱり掃除させて」
「いいって、生活感あって悪くないよ」
国見さん、テーブル近くのスペースに鞄を置いて、そこにぺたんと座り込んだ。
あ、やっぱり国見さんってそういう風に膝を揃えて座るんだ。なんか可愛い。
「さてと……って、え」
僕が対面に座るなり、国見さんは着ていたブレザーを脱ぎ始める。
そのままリボンネクタイもほどくと、ワイシャツのボタンを上から一個だけ外した。
首筋から鎖骨付近のデコルテラインが露わになると、思わずそこを凝視してしまう。
「……なに?」
「ああ、いや、なんでもない」
視線を外して首を振る。僕の相方を決める面談なんだ、僕がしっかりしないと。
ダメならダメな理由もちゃんと伝えないといけないんだ、見極めも重要だ。
下手な理由だと斎藤さんにも、エナにも伝える事が出来なくなる。
可能な限り質問事項は増やしておいたから、これらを聞けばちょっとは分かるはず。
「あのね空渡君」
「……うん?」
「先に謝っておくね。私今日、ここに面談に来てないから」
……え? どういうこと?
だって、今日はそのために来てもらったんじゃ。
「私がここに来たのは、空渡君に告白するためだよ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます