四週目②

 しばらく教室を動けなかった、涙が止まらなくて、こんなにも嬉しいなんて。

 誰にも言えない、国見さんにも、煤原先輩にも、園田君にも。


 僕との密会は、樋口さん達を裏切る事にもなるんだ。

 高橋さんにとてもリスクがあること、僕達はもう、許されるカップルじゃない。


「……それでも、嬉しい」


 時間にして一時間にも満たない、それなのに全身が感動で震えてしまっている。

 両手をぎゅっと握り締めて、机の上に突っ伏すようにして泣いた。

 感動での涙って、こんなにも止まらないものなんだ。 

 悲しみの涙は熱く感じたけど、今はなんていうか……もう。


「…………よし、動こう。やれることはやらないと」


 いつまでも泣いてる訳にはいかない。

 せっかく高橋さんが……エナが相談に乗ってくれたんだ。

 これで最善の結果を残さなかったら、彼女の期待も裏切ることになる。


 国見さんの連絡先は夏の大会の時に教わった、あれが変わってなければそのまま繋がるはず。

 煤原先輩の連絡先も先日教えて貰った……まずは、二人を呼び出さないと。


――――数時間後。


「そらっちやほー! 急に呼び出してどしたん?」

「煤原先輩、テスト期間中なのに呼び出してすいません」

「いいよいいよぉ、そらっちからの呼び出しはオールオッケーだよぉ」


 帰宅して私服に着替えた煤原先輩、太ももまで隠れる真っ白な厚手のセーターに、ロングマフラー、下は黒のロングブーツといった出で立ちで……うん、やっぱりギャルっぽいですね。

 

「あれ? そらっち制服じゃん、まだ帰ってなかったんだ?」

「ちょっと、色々とありまして」

「……おや? 目が赤いよ? 泣いてたの? 慰めてあげようか? おっぱい揉む?」

「揉まないですし、別に大丈夫ですから。それよりも今日は大事なお話があります」

「大事なお話って、私も呼ぶ程のものなの?」


 割り込んで入ってきたのは、こちらも私服に着替えた国見さんだ。


 白基調のフリルがちょっとだけついたトップスの重ね着に、ピンク地のチェックのロングスカート、国見さんにあったまさにガーリー系でそろえた感じかな。白いパンプスも強調されていて、服装のセンスの良さは抜群にいい。さすがって感じだ。


「おやおや、国見ちゃんじゃない、先日はどうも」

「そうですね……なんなのこの状況? 空渡君、説明してよね」


 明らからに二人とも臨戦態勢じゃないか、この二人のどちらかを選ぶのか。

 出来るのかそんなこと? 選ばれなかった方に僕、殺されるんじゃないかな。


「国見さんも来てくれてありがとう。とりあえず、あまり人に聞かれたくないんだ。カラオケボックスでいいかな? もう予約もしてあるからさ」

「別にアタシはいいよ、そらっちが行きたい所に行くだけだし」

「何をするのか知らないけど、直ぐに終わらせてね。明日だってテストなんだからさ」


 学校がある駅からは数駅離れた町、ここなら僕達を知る人はほとんどいないはず。

 いないはずなんだけど、この二人を連れて歩くと無駄に目立ってしょうがない。


 一体何人の男がこっちを振り向いたのか……。

 二人とも魅力という点では申し分ないって事なんだろうけど。

 

「さってー! 何から歌おうかなー!」

「ちょ、ちょっと待って、話しを先にさせて」

「あ、そだった。カラオケに来るとついね」


 いきなりマイク握りしめて焦った、ホント本能だけで生きてるなこの人。

 このままじゃ煤原先輩に流されそうだから、音量をゼロにしてと。


「さて、それじゃあ早速本題に入るね。二人を呼んだのは他でもない、モデルについてなんだ」

「……でしょうね、じゃなかったらこの人と私が一緒になる訳がないし」

「それって、この前の斎藤さんとの面接結果って感じ?」


 コクリと頷くと、煤原先輩も本気モードへと移行した。

 おちゃらけた雰囲気から一変、細くて白い足を組んで、僕へと熱い視線を送る。

 国見さんも同様だ、凛とした表情、撮影の時にカメラマンを見るような視線で、僕を見る。


「結論から言うと、モデルとして活躍できるのは二人の内のどちらか一人。そしてその一人を選ぶ権利を、斎藤さんは僕に与えてきた」


 煤原さんの眼が、猫の瞳みたいに瞳孔がきゅーっと狭くなっていく。

 対して、軽いため息をついてから、国見さんは揃えていた足を組んだ。


「斎藤さん……結構、残酷なことするのね」

「僕も最初なに言ってるんだって思った。そんな権利を僕に与えてどうするんだって。でも言われたよ、そういう選べない僕だから、高橋さんはいなくなったんじゃないのかなって。図星だと思った、僕はいつだって選ぶことはしないで、ただ流されるままに過ごしてしまっていたんだ」

「つまり、そらっちの成長のために、私か国見ちゃん、どちらか犠牲にしろってこと?」


 本当なら、二人ともモデルとして活躍して欲しいと思っていた。

 純粋にそう思っていたのだけど、煤原先輩の言うことが一番の正解なんだと思う。

 国見さんか煤原先輩、どちらかを犠牲にして、僕を成長させようとしているんだ。


「……それで? 空渡君の中ではもう決まったの?」

「決まってない、だからこれから二人と面談したいと思ってる」

「そらっちと面談? これからここで?」


 きょとんとした顔をしながら、煤原先輩がこの部屋を指差す。

 確かに防音だし、個人的な会話をするにはいいかもだけど。


「さすがにそれは急すぎるでしょ? 土曜日までに結論を出して欲しいって言われてるから、まだ今日は月曜日だからね。今日はこれで解散して、火曜日から金曜日の都合の良い日に、二人と個人的に面談をしたいと思う」

「それで、土曜日に斎藤さんへと連絡する訳か……分かった。私は水曜日がいいかな、テストも終わって部活もないから。煤原先輩はどう?」

「アタシは木曜日かな、色々と用事あってね」


 意外と二人ともすんなりと受け入れたことに、ちょっと驚く。 

 謝罪したい、ごめんって謝って、本当なら二人と一緒に働きたいって言いたい。

 でも、こんな言葉はなんの意味も持たないんだ。同情にしか過ぎない。

 

「水曜日と木曜日……分かった。今日はありがとう、この部屋は一時間分だけお金払ってあるから、使いたかったら自由にして貰って構わないからね。それじゃあ僕はそろそろ」

「ねぇ空渡君」


 解散しようとしたのを、国見さんが止める。

 凄い迫力だ、ビリビリ感じるものがあるぞ。


「……なに?」

「誰の入れ知恵?」

「……なにが?」

「……ううん、なんでもない。水曜日に全部聞くから、またね」


 心臓が爆発するかと思った、なんで急に入れ知恵なんて言葉を使うんだ。

 そんなに普段の僕じゃなかったのかな? でも、エナの名前を絶対に出す訳にはいかない。

 冷や汗をたらしながらも、部屋を後にする国見さんを一人見送る。


「国見ちゃん、結構ちゃんとそらっちのこと見てるんだね」

「……煤原先輩?」

「私も同じ疑問を抱いたよぉ~?」


 トンボの眼を回すかのように、人差し指をぐるぐる回しながら近づいてきた。 

 じとーっとした目が完全に僕を疑っていて、思わず視線を外したくなる。

 

「でもま、問題はそこじゃないしね。そらっちには感謝しかないよ、何もなかった私にチャンスをくれたんだからさ。そうね、国見ちゃんには素直に全部吐いちゃった方がいいかもしれないよ? あの子からしたらそらっちが勝手に面接させちゃって、勝手にこんな状況になっちゃったんだからさ。……でも、負ける気はしないけどね」


 煤原先輩はそう言い残すと、私も明日テストだから帰るね! と言って部屋を後にする。

 そして誰もいなくなった部屋で一人、大きく息を吸い込んで、深ーく吐いた。


「これでいい……エナに相談してなかったら、出来なかったな」


 スマホを取り出して、LIMEにするっと書いて送信する。

 相も変わらず既読にはならないけど、多分読んでくれるはずだ。

 見届けて欲しい、最後まで頑張るからさ。 

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