四週目①

――――月曜日。


 文化祭以降、下駄箱に手紙が入っている比率が上がった気がする。


 僕がフリーになっているという情報も漏れているみたいだし、メガネを掛ける掛けないの差は、もはや何もないんだろうな……とりあえず掛けるけど。


「え?」


 机に座って違和感、机の裏側、膝に何かが当たる。

 今週は中間テストだから、まさか誰かが僕にカンニングしてるって冤罪を掛けるつもりか?

 嘘だろ、そこまで嫌われてるのかよ……さすがにこれはメンタルに来るよ。


 やってる事は犯罪じゃないか、すぐに気付けて良かった。 

 一体どんな内容を張り付けたんだよ、冤罪だとしたら教科書のコピーとかだろうけど。


「……手紙?」


 冤罪じゃないな、真っ白な封筒の中に何か入ってる。


【放課後、メガネを外して教室に残っていて下さい】


 …………なに、これ。


 エナ? 振り返って後ろを見るも、国見さんは本を読んだまま。

 仕掛けたのなら何らかの反応があってもいいと思う、でも、相手が国見さんだからな。

 また違う人格とか言われたら、ああそうなんですかとしか思えない。


 今日はテストだから午前中で学校も終わり、部活もない。

 確かに昔のエナなら、二人きりになれる絶好のチャンスとも言えるけど。

 

 んんんんんん、テスト直前に悩みを増やさないで欲しいな。

 これなら教科書のコピーでも貼ってあった方が気が楽だったよ。

 ただでさえ斎藤さんの問題が頭を悩ませ続けてるのに。


「お、そんなに頭抱えて、今回も一位狙ってんのか?」

 

 そんな訳ないだろ……お気楽そうな園田君が羨ましい。


――――放課後。

  

 色々と考えた結果、あの手紙には素直に従うことに決めた。

 もし国見さんがエナとして接してくるのなら、ちょうどいいから質問攻めにしよう。


 視力0.01の世界なら、彼女の表情を見ることなく接する事ができる。

 きっとその方が、国見さんの真実に近づける気がするから。


 メガネを外してますよのアピールとして、わざと机の上に置いて腕組みして待機。

 さぁこい、久しぶりにエナとしての対談をこなしてやるぞ。


「……」


 入ってきた、女子の制服だから間違いなく女の子だけど。

 ……ショートカット? 国見さんはどちらかというと長い方だから、違う子か?


「……呆れた、本当に素直に従うんだね」

「――――、え、え? えええええええ!?」


 声だけで秒で分かる! え、な、なんで!? なんで高橋さんがここに!?

 しかも内容から察するに手紙を出したのも彼女か!? ど、どど、どうして!?


「あ、ダメだよ、メガネかけないでね」

「な、なんで」

「いいから、この方が私としても、貴方としても話がしやすいでしょ」


 嘘だろ、なんで高橋さんがここに来たんだ……。

 というか、一体なんの話があってこの場を設けたの?

 ちょっと待って、頭の中が真っ白になって、何が何だか全然分からないぞ。


「先に謝っておくね。君……いいや、見えてないからそのまま言うね。空渡君のLIME、実は全部読んでたんだ」

「……え、ウソ、本当に?」

「通知欄だけだから、頭の二行ぐらいしか読めてないけど」


 え、あの日記みたいの、全部高橋さん読んでたの? 

 あ、なんか、急に恥ずかしくなってきたぞ。

 

「それでね、なんか最近大変そうだったから、手紙でも書いてアドバイスしてあげようと思ったんだけど。書いてたら面倒大量になっちゃってさ。あーじゃあもう直接話した方が早いなーって思って、朝早くに来て、机に手紙貼り付けてみたの」

「そうだったんだ……」

「本当に残るとは思わなかったけどね」


 いつかの時のように、エナとは違い僕の目の前に高橋さんが座る。

 テスト後の静かな教室で、こうして高橋さんと二人で会話出来る事が、ただただ嬉しい。

 とてもドキドキするし、気分が高揚しちゃって、なんかムズムズする。


「残るよ、色々とあったし。この場に国見さんがエナとして来るのなら、聞きたい事も沢山あったから」

「……そっか」

「あ、モデルの仕事に関してだからね!?」

「そんな、慌てて否定しなくてもいいよ。LIME読んでるって言ったじゃない」


 ふふふって笑いながら語ってくれる……ただそれだけで嬉しい。

 こんな時間が訪れるなんて思わなかった、ずっとこのままならいいのに。


「それで、私からのアドバイスなんだけど」

「うん」

「空渡君が選択権を持っている事と、彼女たちが置かれている状況。この二つをきちんと二人に伝えるべきだと思う。当事者なのに何も知らないままに終わらせる事の方が、一番辛い事だよ」

「……でも、それだと二人とも、選ばれなかった時になんて思うか」

「それだとしてもしょうがないんだよ。空渡君が選ばなかった理由がちゃんとしてればね」


 僕が選ばなかった理由……今のままだと、何も思い浮かばない。

 人生を変えてしまう程の選択なんだ、何を言われても納得なんて出来ないと思う。

 残るのは後悔と悲しみ、そして怒りだけだ。


「あと、二人の内のどちらか決められないって考えることの、根本の部分なんだけど」

「……うん」

「空渡君は、嫌われることを恐れすぎてる」


 ……嫌われることを、恐れすぎてる?


「全員仲良く一等賞なんて出来ないんだよ。生きてる以上絶対に誰かに嫌われるの、でもそれって必要な事だから。空渡君に選択権を持たせたのは、多分そういった部分を強くもって欲しいっていう、斎藤さんの願いの部分でもあると思うよ?」


 競争社会なんだ、絶対に誰かが勝利して、誰かが負ける。

 嫌われる事を恐れていたら、勝者になんてなれない。

 そして敗者からは嫌われ続ける……生きてる以上絶対に避けられないこと。


「それは、そうかもしれないけど」

「どちらにするか決めるまで、まだ時間あるんでしょ?」

「今週の土曜日までに、結論出して欲しいって言われた」

「じゃあこれからでもいいから、二人と話をした方がいい……私が言えるのは、こんな所かな」


 そこまで伝えると、高橋さんは席を立ってしまった。

 終わる、夏以来久しぶりに彼女と会話が出来たのに、もう終わってしまう。 


「待って」


 僕の勝手な願望が、何度も何度も動かなかった体が、ふいに動いてしまった。

 細くてしなやかな彼女の手を、僕が掴む資格なんてとうの昔に失ってしまったのに。 


「……あ、ごめん」

「ううん……大丈夫」


 慌てて離したけど、高橋さんからは振りほどこうとはしなかった。

 わずかな事だけど、それがなんとなく嬉しくて、そっと自分の手をさする。


「あの、もし良かったらなんだけど……。また、こうして相談しても、いいかな。僕一人だと、正しい答えに辿りつける気がしなくて。LIMEとか、そういうのなら、大丈夫かなって思ったりして……ははは」


 どうしても目が泳ぐ、ダメなのは分かってる。

 高橋さんの決心がどれだけ強いのかも。


 でも、聞かずにはいられなかったんだ。

 だって、僕はまだ、彼女の事が好きだから。


「LIMEの返信はしない、それに今日のことも、私を呼ぶ時に名前を呼ぶのもダメ」

「……そう、だよね」

「だから、こういう時に、私を呼ぶ時は違う名前で呼んで欲しい」


 ……違う名前? 高橋美恵じゃなくて、別の名前?


「あるじゃない、私達には秘密の名前が」 

「…………エナ」

「……うん、今日から私を呼ぶ時は、エナって呼んで」

「エナ……」

「うん」

「……ありがとう」

「いいよ……またね」

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