三週目②
国見愛野か煤原七夕か、どちらかを選ぶ。
何かを選択することなんて、今までしたことがなかった。
僕の基本は八方美人だ、誰にでもいい顔をし、常に事なきを選択する。
敵を作ること自体を避けていた人生ともいえる、だから高橋さんはいなくなってしまった。
チャンスを逃す性格とも言えるのかな、それを治すべく斎藤さんはこんな選択を僕に?
「うわ、封筒の中身五千円も入ってるよ……そらっちの方も?」
「僕の方も、だね。面接すること自体が仕事って言ってたから、てっきり斎藤さんのことを言ってるのかと思ったけど、どうやら違ったみたい」
「私たちの仕事って意味だったんだ……この世界スゴ!」
交通費だけじゃない、カウンターへと向かうと「既にお支払いは済んであります」と言われてしまって、煤原先輩はそこでも更に「エモい!」とか叫んでしまう程だった。
帰りの電車の中でも、僕はずっと考え続けていた。
国見さんか煤原先輩か、いまだに解決策の糸口すら見えてこない。
もちろん煤原先輩には何も伝えていない、伝えてしまうこと自体が、怖いと感じる。
「そらっちさ」
「……はい」
「ずっと考えてるけど、そんなに考えても答えなんて出ないと思うよ?」
空いた車内、隣に座る煤原先輩は、どこを見るでもなく語る。
「私はね、迷ったら諦めるようにしてるの。迷うってことはまだその時じゃないんだろうなって。モデルやるのもね、前は悩んでたんだ。でもね、そらっちがモデルやってるのを見て、もう迷う必要はないんだって感じたの。高橋さんと別れたって聞いたのもその時かな。一年生に超カッコいいのがいるって、結構噂にはなってたんだけど。私、別に顔で人を選ばないからさ」
そういいながら、煤原先輩は視線を僕へと向けた。
嘘のない真っ直ぐな瞳、やりたい事をする。
言葉にせずとも伝わってくる彼女の想いが、僕を更に迷わせるんだ。
「お金の問題もあったりするんだけどね。片親だしさ、迷惑は掛けられないし。普通に応募したらオーディションとか、レッスンとか、お金凄そうでしょ? でも、そらっちはそんなのを無視してモデルをしてるんだ。それを知った時はもう本当に驚いちゃってさ、そんなやり方ってあるんだって初めて知った。そして、私には無理だってことも知った」
「……無理?」
「空渡君は、ちょっとズルいくらいにカッコいい。住む世界が違う。空渡君、クラスでちょっと浮いてるんでしょ? 人間関係が原因とか聞いたけど……でもね、普通の子だったらそんな問題も起きないんだよ。空渡君がカッコいいから、妬んで僻む人たちが現れるんだ」
そんなの、僕にはどうすることも出来ない。
それに最近はあまり気にもなっていなかった。
どうやったって嫌われる時は嫌われるし、側にいてくれる人は側にいてくれる。
もっぱら、最近は園田君が側にいるけど。
「私も、その内の一人。だから、もっと君を知りたいと思った。あはは、ごめんね、いつの間にか自分語りになっちゃってたね。いっぱい悩んでもさ、結局答えなんてなかなか見つからないものなんだって、言いたかっただけなんだけど」
――相手を知りたいって、最大の好意の表れだと思うけど――
そんな高橋さんの言葉が、ふと思い浮かんだ。
煤原先輩は僕のことを『自分がモデルをする為の手段』として割り切って見ている。
そこに感情はあるはずもなく、好きとか嫌いとか、そんなのはきっと二の次だ。
彼女の情熱を知れば知るほど、国見さんが霞んでいく。
――――夜。
このまま国見さんの本心を知らないままに決定する事は、きっと卑怯なことだと思う。
一旦相談するべきなんだろうけど、そんなのをしてもいいのだろうか?
決定権を持つのが僕である以上、適当には出来ない。
どうしていいか分からない、どちらを選択しても間違いなような気がする。
「……なんて、なんでこんな文章を僕は高橋さんのLINEに送ってるんだ」
部屋のベッドに寝そべって、一人ごちる。
高橋さんとのLIMEは繋がったままだ、彼女はまだブロックも退室もしていない。
でも、どれだけ書き込んでも既読にならないのだから、ミュート設定なんだと思う。
そんなのを良い事に、僕は日々の日記を高橋さん宛のLIMEに細々と書き続けていた。
届く必要のない内容も、届いて欲しい内容も、毎日、全部。
そしてやっぱり、この文章も既読にはならないんだ。
別に高橋さんに読んで欲しい内容じゃないとは思うけど、それでも送ってしまう。
もう癖みたいなものだ、なんとなく送らないと気が済まない。
ストーカー気質だったのかもね、夏休みも何回も家に行っちゃったし。
このLIMEも証拠品になって、いつか訴えられたりして。
「……寝よ。煤原先輩の言う通り、どれだけ考えても答えなんて出ないんだろうな」
この選択肢に答えなんかあるのかな? もう、よく分からないや。
――美恵
あの日以降、ずっと空渡君からLIMEが届く。
毎日毎日、通知欄しか見ない様にしてるけど。
通知欄だけでも少しは内容が読めるの、空渡君気付いてないのかな。
頭二行分、それだけでも、LIMEの短文は大体が把握できてしまうのに。
「……なんか、大変な事になってるのかな」
ベッドに座ると、そのままぽふんと、隣に陣取る大きな人形に寄りかかった。
一瞬でも開いちゃうと、全部既読になっちゃうから開くことは出来ない。
あんな酷い事を言ったんだから、今更私が空渡君にどうこうなんて、出来るはずがないんだ。
「でも、困ってる彼を助けることくらいは、してもいいのかな」
優しい人、だから選ぶことなんて出来ない。
でもね、選ばないことが人を傷つける事だってあるんだよ。
覚悟も出来ず、進むことも出来ないのだから……そんなの、正しいはずがない。
進む選択肢が絶対に正しいとは思わないけど、後悔するよりはマシだから。
「……手紙、書こうかな」
久しぶりに書く彼への手紙は、自分が思っていた以上に筆が進んだ。
大好きの気持ちは何も変わってないんだなって、改めて実感する。
でも、そんな彼を否定したのは私だから……自分で決めた事だから、ね。
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