三週目①
斎藤さんが指定してきた場所は、都心部に近いターミナル駅の喫茶店だった。
高校生じゃちょっとお高くて、入店するのを考えちゃうようなお店。
「間違い、じゃないよね」
「うはー、凄い、anyanの人となるとこんなお店使うんだね」
煤原先輩も冷や汗かきながら、周囲をきょろきょろしてる。
僕達の知ってる喫茶店というと、スタバクだったりドトルだったりするんだけど。
何ていうか格式が違う、一般人お断りな雰囲気がする。
床の絨毯からして肉厚だし、席が一個一個めちゃめちゃ遠い。
演奏は生演奏が流れてるのかな、そしてコーヒー一杯一番安いので千五百円?
「うわ、どうしよそらっち、私五百円しか持ってないよ」
「……え、嘘でしょ? 普通もうちょっと持ってこない?」
「水しか頼めないな……あ、水七百円だって、水も飲めないよ」
なにその小学生の財布事情並みの金額。
その金額じゃ帰りの電車賃だって怪しいでしょ。
「お小遣い全部コスメに使っちゃったもん。女の子は大変なんだよ?」
「親から借りて来るとかすればいいのに」
「ウチ片親だからさ、妹二人もいるし、お金にはめっちゃ困ってるんだよ」
お姉ちゃんなんだ、てっきり末っ子かと思ってた。
いけないバイトしてお金がある……よりかは全然マシか。
「仕方ないから、僕が今日は全部出すよ」
「え、悪いからいいよ。帰りは走って帰るし」
「走って帰れる距離じゃないでしょ……何駅あったと思ってるのさ」
「大丈夫だよ、これでも体力結構あるから」
そういうレベルの距離じゃないと思うけど。
面接してフルマラソンして帰るつもり? そのブーツで?
十月後半で走るにはちょうどいい季節だけどさ、ニットでフルマラソンはきついと思うよ?
「やぁ、待たせたかな」
「斎藤さん」
土曜日だからか、いつもよりもちょっとラフな格好の斎藤さん。
長めのマフラー、ボーダーニットにデニム、黒光りする革靴はお値段凄そうな感じ。
オールバックの髪型は変わらずだけど、ちょっとだけ崩れててまたそれもカッコいい。
「私、煤原七夕と申します。本日はこのような場を設けて頂き、誠にありがとうございます」
思っていた以上にしっかりした挨拶をした煤原先輩は、両手を揃えて深くお辞儀をする。
TPOのTすら知らない感じがしてたから、ちょっと驚きだ。
「ご丁寧にどうも、もう飲み物は頼んだのかな?」
「ああ、いえ、まだ僕達も到着したばかりで、何も」
「そうなんだ、じゃあ好きなの頼みなよ。届くまで話でもしようじゃないか」
「……あの、お金は」
「ふふふっ、高校生に出させるほど、落ちぶれちゃいないさ」
ちらっと煤原先輩を見ると、こっそりと拳を握り締めてる。
内心「よっしゃー!」って感じなんだろうな。
どっちにしても、電車賃足りてないんだろうけど。
「さて、モデル志望という事だけど……具体的に何を目指す感じかな?」
始まったか、僕の時はオファーの状態だったから、面接形式は初だな。
「モデル一本で食べていける様になりたいと思います」
「となると、将来的には女優も視野に入れてる感じかな」
「私、あまり頭が良くないので、女優は難しいと思います」
あ、そういうこと言うんだ。
でも、下手に嘘をつくよりも、好感度は良いのかも。
「バラエティ路線もあるけど、それは?」
「偏見かもしれませんが、頭の良い人の笑いと頭の悪い人の笑いは、やっぱり違うと思うんです。計算し尽くされた笑いには、絶対に勝てるとは思いません。ですので、バラエティ番組にもし出演する事があったとしても、小細工せずに素の自分で勝負するしかないなって思います」
笑いの芸人さんって結構な確率で高学歴多いもんな。
計算し尽くされた笑いか、確かに言い得てるかも。
「自分を知った上での判断か、じゃあもしの話、今回の話がうまくいってチャンスが得られるとしたら、どんな自分を表現したいと思ってる?」
「……私の取り柄は元気な所だと思っています。暗い世間を明るく出来たらいいなって……それは言い過ぎかもしれませんが、それぐらいの気概は持って挑みたいです」
「最後に、水着、将来的には裸も要求される、大丈夫?」
「大丈夫です、覚悟はできてます」
ヘアヌード写真とか、グラビアとか結構あるもんな。
凄いな、煤原先輩モデルにかける意気込みは相当なんだ。
「……ちょうどコーヒーが届いたね。じゃあ煤原さんは、あちらの席で飲んでてもらえるかな。僕は空渡君と話があるからさ」
「はい、本日は本当にありがとうございました」
おお、完全に面接モードだ。
普段の煤原先輩からは想像も出来ない。
つまり、それだけ本気って事なんだろうな……是非とも上手くいって貰いたいもんだ。
「さて、本題だ」
「……え」
「なに? 自分が紹介したのに、我関せずでいるつもりかい?」
「ああ、いや、まさか本題があるとは思っていませんでしたので」
ふふふって笑ってるけど、多分これ苦笑いだな。
「依頼した事は、やってきてくれたかな?」
「国見さんと煤原さんのランウェイを見る、ですか? それは昨日何回も確認してきました」
斎藤さん、届いたコーヒーを手に取って、香りを楽しんでから口へと運ぶ。
佇まいからして凄いな、思わず真似したくなるよ。
「それで、空渡君は国見さんと煤原さん、どちらと一緒に仕事がしたいと感じたかな?」
「どちら……え、僕が選ぶんですか?」
「君は、自分の力だけで、二人ともモデルの世界へと羽ばたかそうと考えていたのかい? 君の力ではいいとこ、相方と呼べる女の子一人だけだ。国見さんも煤原さんも、まだソロで活躍できる程の魅力を保持していない。紹介するのは構わない、だが、選べるのはどちらか一人だけだ」
ゆったりとしたソファに深く腰掛け、胸の前で手を組む。
斎藤さんはそれが当たり前であるかのように、僕に取捨選択を申し込んできたのだ。
「え、でも、その選択って、彼女たちの人生を変えてしまいますよね」
「……当然、落ちた方は君との撮影には一切呼ばない」
そんな重要なことを、僕が決めないといけないのか?
ちらりと煤原先輩を見ると、こちらには背を向けて一人静かに座っている。
彼女の情熱は計り知れない、独自に調べ上げ、今日という日に向けて相当に勉強してきたはずだ。当初はやりすぎだと思われていた僕との接触も、彼女の熱意を考えればあり得てしまう事なのだろう。それにランウェイでの煤原先輩はとても映えていた、それこそ、国見さん以上に。
だけど、一緒に撮影している以上、国見さんの良さも僕は知っている。自分自身を知り、今回の件をチャンスと判断して、いつまでも僕の側に彼女はいるつもりはないと宣言していた。まだソロは出来ない、それを分かった上で僕との撮影に臨んでいるんだ。
この二人をどちらか選べだって? しかも落ちた方は一切呼ばれない?
そんなの僕に選ぶ権利なんてあるのか? 何の努力もしていない僕が。
「選べない、と、考えているのだろうね」
「……」
「だから、失恋したんじゃないのかな?」
斎藤さんが僕を見る眼が変わった。
冗談や揶揄で言ってる感じじゃない。
「空渡君、君は全ての事柄に対する判断力が鈍い。物事を決定出来ないまま、常に優柔不断な態度を取ってしまっている事に、君は気付いているのかな? そんな君だからこそ、失恋した彼女は君を見限り、他へと行ってしまったんじゃないかと、僕は考えるよ」
図星だ、頭の中にエナがいて、彼女を見限ることが出来なかった。
その結果が今だ、高橋さんは僕の側からいなくなり、僕は愛する人を失ってしまった。
優柔不断、胸に突き刺さる言葉に何の反論も出来ないまま、一人項垂れる。
「一週間だ、一週間だけ期間を設ける。僕も暇じゃないし、モデルとして活躍させるのならば早い方がいい。この一週間、死ぬ気で考えて、国見愛野か煤原七夕か、どちらと仕事をするべきかの結論を出して欲しい。……さて、それじゃ、僕はもう行くからね」
これは今日の交通費、そう言い残して封筒をテーブルへと置き、斎藤さんは席を立った。
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