二週目と一日
「おはよ、そらっち」
「おはようございます煤原先輩……っていうか、その呼び方固定ですか」
「うん、分かり易くていいでしょ? 仲良くなったらあだ名が基本だよ」
左側で結んだ三つ編みのリボンが、今日はちょっと大きい感じがする。
相も変わらずのミニスカートに、緩く着込んだワイシャツとブレザー。
ギャルっぽさ全開の煤田先輩が下駄箱付近にいると、それだけで存在感凄いな。
仲良くなったらあだ名か、僕的にはまだ仲良くなったつもりはないんだけど。
というよりも、高橋さんのあの目が鮮明に思い出せて、かなりダメージ復活だよ。
リハーサルの時も完全に無視してたし……って、それは前からだけど。
「お、奏音……もう新しい彼女か、手が早いな」
「園田君おはよう、こちらモデルになりたい煤原先輩。彼女じゃないよ」
「なんか紹介雑ー! あはは、どうも、モデル志望の二年三組、煤原でーす。
「おお……ギャルだ。園田です、写真部やってます。奏音、モデル志望なら今日の文化祭、煤原先輩も参加でいいんじゃないか?」
園田君の言葉に目をまん丸にして、きょとんとした表情をした煤原先輩。
あちゃーといった感じに、無言のまま目に手を当てる僕。
「何その話、そらっちのクラスって何かするの?」
「奏音から聞いてないんですか? ウチのクラスパリコレやるんで、モデル志望者は誰でも参加できるんですよ。煤原先輩なら衣装とかもサイズありそうですし、問題ないかと」
「へぇ~? そらっちからは何も聞かされてないけどな~?」
語尾上げながら言わないで下さい、敢えて言わなかったんです。
高橋さんとの関係がより一層悪化するだろうし、国見さんが何ていうか想像も出来ないし。
ふぅ~ん? とか言いながら覗き込まないで下さい、近いし、やめて。
「とりま、七夕も参加するし。午後から飛び入りでも問題なさげ?」
「一応リスケしないとなんで、事前申告必要ですね」
「リスケとかマジ業界人っぽくね? 園田君そっち系目指してるの?」
「将来はカメラマン志望ですよ、出来たら雑誌系を希望してます」
「ガチじゃーん、やるぅ。じゃあ七夕のことも可愛く撮ってよね。将来プレミアつくかもよ?」
なんか二人仲良さそうだし、このまま僕は退散しようかな。
……って、あれ? いつの間にかズボンのベルト通しに煤原先輩の指が。
「そらっち知ってる? ここ掴まれるとズボン脱がないと逃げられないんだって」
「知らなかったですね、というか、なんで逃げないようにしてるんですか」
「違うなぁそらっち、そこはズボン脱いでいいんですか、だよ?」
「……別に、絶対脱ぎませんし」
「そう? 脱いでもいいよ? パクっとしてあげるから」
指で輪っか作って舌を出すな。
どういう意味だよ、そして赤面するな園田君。
「あ、そういえばなんですけど。斎藤さん、会ってくれるみたいですよ」
「斎藤さんって……あー! anyanの斎藤さんー! マジ? 七夕と会ってくれるの!?」
「はい、今週は文化祭なんで、来週の土曜日にどうかって言ってました」
「マジか、ついに来たか。そらっち、斎藤さんってどんな系?」
「どんな系と言われると……オールバックの細身、多分年齢三十前後かな。いつもスーツ着てるんですけど、僕よりもモデルっぽいですよ」
「にゃるほどにゃるほど~……そらっち、私の処女、斎藤さんに奪われても文句言わないでね」
枕前提かよ、どんな貞操観念なんだよこの人。
「斎藤さん、そういうの好きじゃないと思うんで、控えた方がいいと思いますよ」
「え、マジで。そっかぁ、もう小娘に興味ないって感じかぁ……だとすると大人っぽくするか。園田君、今日のモデル大人びた感じ目指したいから、沢山写真撮ってよね。そんで、そのまま斎藤さんに見せるからさ」
「あ、お、おう、別に構わないぜ」
「よし、やる気出てきたー! じゃあねそらっち、園田君! 愛してるぜー!」
世界一軽い愛してるだな、誰の胸にも響かないと思うよ。
踵を踏んずけた上履きのままパタパタ走る煤原先輩。
なんていうか、全身でキャラクター属性を表現してるね、凄いや。
「愛してるって言われたぜ……奏音、俺、煤原先輩好きかも」
「……あ、そ。じゃあ煤原先輩のことは園田君に任せるからね」
「ま、任されてもいいのか!? よし、人生初の文化祭、なんか燃えてきたぜー!」
中学の時は無かったのかよって突っ込みは、今は無しだな。
そういえば煤原先輩、園田君のことはずっと園田君呼びなんだな。
んー……まぁ、深く考えるのはよしておくか。
――ただいまより栗宮高校文化祭を開始します。一般の方の入場は午後からとなりますので、お友達、親族の入場は控えるよう、宜しくお願いします――
午前中のパリコレは生徒だけのものだからと、秘密兵器の僕と国見さんは出番なし。
高橋さんと一緒に見て回れたら嬉しかったけど、そんなの無理に決まってるしね。
「だからって俺と回るこたぁねぇだろ」
「一人だとすることないんだよ」
「俺といたって写真撮るだけだぞ? こう見えて結構忙しいんだからな?」
園田君が所属する写真部って、自分達でもカメラや写真の展示もしてる上に、こうして文化祭の風景を全部撮影しなきゃいけないらしい。クラスごとの催しもあれば、部活ごとの催しもあるから、文化祭の二日間全部で撮影しまくるのだとか。
「どちらかっつーと午後の部門の方が大変だろうな、一般の人来ちゃうから個人情報とかな」
「映っちゃいけないんだ?」
「基本な、でもそこは御愛嬌みたいな所もあるから、努力義務って感じだ」
「へぇ……あ、でも、園田君は午後からウチのクラスだもんね」
「そうなんだよ、だから初日の午前中で撮らなきゃいけない場所が多くてよ。一枚でも多く撮らなきゃいけないんだけど……奏音、ハッキリ言っていいか」
「うん」
「コンタクト付けた私服のお前と一緒じゃ、女子全員が普段の顔じゃないねぇ! 彼女コレクションになっちまって、全部没になっちまうよ!」
あら、そうなの? なんかザワザワしてるなって思ってはいたけど。
高橋さんに守ってもらってた時期が懐かしいな、一緒だったら誰もざわつかないのに。
「という訳で、国見、奏音宜しくな」
「……なんで私が」
「どうせ食堂にずっといるんだろ、モデル仲間同士面倒見てやれよ。じゃあな」
食堂の長椅子に座って、一人ちゅーっと豆乳を飲む国見さん。
今日は撮影だからか、猫っ毛の髪をきちんとストレートに伸ばしてるね。
「今日は髪、時間かけたんだ?」
「学校だと喋らない方がいいよ。ゴシップ書かれるからね」
「……はい」
楽しくない、文化祭、楽しくないぞ。
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