二週目

 文化祭を翌日に控えた金曜日。 

 当日の流れのリハーサルも行い、衣装の袖通しも終わった放課後。


 僕の姿は講堂裏にある、人気のない広場にあった。

 目の前には馴染みない女子生徒が一人、二年生の煤原すすはら七夕ななた先輩。

 肩くらいの髪を茶色に染めて左側だけ軽く三つ編みに結ぶ、校則違反ギリを攻めた感じ。

 高橋さんや国見さんとは違い、清楚路線じゃなくてギャル、しかも白ギャルだ。

  

「空渡君ってさ、同じクラスの高橋さんとは別れたんでしょ?」


 他学年にまで広まってるのか、どれだけ噂が広まってるんだよ。

 っていうかそもそも付き合えてないし、告白には失敗したの。


「……とりあえず、ノーコメントで」

「あはは、ノーコメントとか初めて聞いたし」


 いちいちフラれました、なんていう必要ないしな。

 

「それで、新しく出来たセフレが、国見愛野って子なんでしょ?」

「……ゑ?」

「なにその変なの、空渡君って面白いね!」

「いやいやいや、僕が国見さんとその、セ、セフ」

「セフレ」

「そう、それ! なんでそんな話になってんのさ!」


 国見さんとはモデル仲間であって、ハッキリ言って高橋さん以上に何もないぞ。

 それなのに何故に僕と国見さんとでセフレとか、どこまで尾ヒレ引いちゃってんだよ。


「だって、あの子がモデルやってるの空渡君のお陰でしょ?」

「いや、そんな事はないよ、国見さんは一人で」

「ないないなーい! ほんと空渡君ておっかしいね! あのレベルの子が雑誌のモデルになんてなれるはずないじゃん! 国見がなれてんなら、七夕だってなれてるし。あの子ソロの仕事って一個もないでしょ? 全部空渡君と一緒なんじゃないの?」


 図星だけど、それも言う必要はない。

 それに国見さんは僕に言ったんだ、いつかはモデルの世界一になるって。

 

「……結局、何が言いたいんですか。相談があるって言うから来たのに」

「怒っちゃやーだ。でも、そんな空渡君もやっぱりカッコいいね」

「文化祭の準備だって終わってないんです、そろそろ行きますよ」

「空渡君さ、私と寝てもいいよ」


 ……は?


 煤原さん、ゆっくりと近づいて僕の腕を掴むと、そのまま胸に押しあてた。

 柔らかい、あれ、下着の感触がない……え、ちょ、これって。


「分かる? 付けてないの」

「わか、わか……え、ちょっと、ダメですって」

「あはは、反応マジ可愛い、ちょー童貞じゃん」

「ど、童貞って」

「私も処女だよ、おソロだね」


 絶対嘘だろ、こんな軽いノリの子が処女な訳がない。


「あ、今ウソだって思ってるでしょー? スケベ―」

「べ、別に、思ってなんか」

「確認してみる? 指とか入らないかもよ?」

「そんなこと」

「下も穿いてないし、いいよ? 空渡君の好きにしちゃって」


 ゴクリって、生唾が喉を通る。 

 白ギャルの煤原先輩、足が異常なまでに細いし、真っ白だ。

 高橋さんは健脚美溢れる感じだったし、国見さんもここまで白くはない。

 ちょっと風が吹けば捲れてしまう短いスカート、その中身が穿いてないとか。


「あ、いま唾飲んだでしょ? エッチ」

「飲んでないし、触らないし全部しない!」

「えー? もったいなーい、せっかく女の子から誘ってんのに」


 ケラケラと笑ってるけど……あ、なんか思い出してきたぞ。

 anyanの斎藤さんから教わったんだ、美人局とゴシップには気を付けろって。

 これ、絶対にどこかで撮影してる、カメラマンはどこだ、もしくは盗撮カメラ。


「……誰も、いないか」

「え? 人に見られながらしたいの? そういう願望ありげ?」

「ないよ! もう、一体何なんですか、結局なんの相談なんです!?」


 胸にあった手をぱっと離すと、煤原さんはスカートからスマホを取り出す。

 画面にあるのは僕が映った写真……というより、雑誌の切り抜きだ。


「七夕もモデルになりたい」

「雑誌に応募でもすればいいじゃないですか」

「国見愛野は雑誌に応募したの? してないよね?」


 どこまで喋っていいものか……でも、別に隠す必要もないよな。

 きちんと喋らないと煤原さん、納得しなさそうだし。


「国見さんは……偶然です。僕が働いていた美容室にお客さんとして来てて、たまたま特集が組まれる事になって、そこで店長をしている僕の叔母さんが国見さんを誘ったんです。でも、国見さん一人でもモデルとしてやっていける様にって、彼女なりに必死に努力してます。今は確かに僕とコンビが多いですけど、いずれはソロでモデル活動していくと思いますよ」

「絶対に無理だね」


 煤原さん、腕組みして眉を吊り上げながら否定してきた。


「絶対って……やってみなきゃ分からないですよ」

「無理、だって、国見って華がないもん。それに空渡君の恩恵がどれだけ凄いかも理解してない。高橋さんと別れたんでしょ? 私だったらその日の内に、身体全部使って慰めてあげるのに」


 国見さんは、絶対そういうのしないだろうね。

 でも、僕も望んでないし、必要ないと思う。

 

「……高橋さんと別れた時に、国見さんも側にいたから。国見さんは、僕と高橋さんの仲を取り持とうとしてくれてたんだ。でも、誤解が誤解のまま終わった。それだけだから、慰めるとかはいらないんだよ」

「……難しいこと、七夕よく分からないし」


 ぷーって膨れてるけど、本当に理解してないのか? この人二年生だよな? 

 

「そもそも、身体使ってモデル業参加させて欲しいとか、そんなのいらないですから」

「……どういう意味?」

「僕の伝手で良ければ聞いてみますよ、anyanの斎藤さんって人なんですけど」

「anyan!? マジで!? 本当に!? そらっちー!」

「ちょちょ、ちょっと!? って、うわぁ!」 


 言葉にした途端、煤原さん僕に飛びついてきたんだけど!?

 いってて……勢い凄くて、そのまま地面に倒れこんじゃったよ。

 煤原さん大丈夫……って、いっ、ワイシャツの中が見える。


「ありがとー! めっちゃありがとー! お礼に何してもいいよー!」

「何もしません! 頬を摺り寄せないで! 離れて下さい! ちょっと、煤原さ――――」


 驚きで心臓が止まるかと思った。

 え、なんで、ここに高橋さんがいるんですか。

 ものすごい冷めた目で僕を見てる。


「……君が来ないと始まらないんだけど」

「えと、なにが」

「リハーサルもう一回やるって。まだ文化祭の準備も終わってないのに、お盛んな事ですね」


 えー……ただでさえ嫌われてるのに、より一層悪化とか、シャレにならないよ。

 

「そらっちー、ありがとねー」

「もう、そろそろ離れて下さいって!」

「にへへー、嬉しくて止まらないから、ヤダ」

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