四週目
僕の勝手な思い込みで、撮影場所は小夜叔母さんの美容室だと思っていたのに。
仕事の場所として案内されたのは、まだ開業前の超高層ビルの展望台だった。
都心部に出来た地上63階建て、ビルとしては日本一の高さらしい。
エレベーターに乗り込むと、まだ開業前だからか、庫内には青い衝撃吸収用のシートが張ってあって。通路だってそうだ、傷つけないように通路が目張りされ、そこ以外歩かないで下さいねって案内までされてる。
斎藤さんと二人きりのエレベーターは、高速で上階へと上がっていく。
凄い速度なのに身体に重力を感じない、あっという間に中層階だ。
「えっと、あの、斎藤さん」
「ん? どうした? 何か忘れ物かい?」
「ああ、いえ、あの……場所とか、間違ってません? 僕の撮影ですよ?」
僕、まだ高校一年の何の実績もない一般人ですよ? それなのに開業前のビルで撮影とか。
こんなの、超一流の仕事内容じゃないか。
雑誌の表紙とか飾るレベルの、一般人とは違うセレブラリィな世界なんじゃないの?
「あり得ないって、考えてるのかな?」
「はい……荷物持ちとして来るのなら、分かるんですけど」
首から下げた入館用のカードも、guestじゃなくてworkなら納得できる。
そうじゃないと、こんな入館するだけでお金掛かる様な場所に、僕が入れるはずがない。
「はははっ、まぁ、そう考えるのも分からなくはない。でもね奏音君、君は既に他の人たちからしたら〝あり得ない存在〟になってしまっているんだ。ゆくゆくはスマホを開けば奏音君の笑顔が出てくる、そんな将来だって夢じゃないんだよ」
それはなんか、ちょっと嫌かも。
「モデルになるという事はそういう事なんだ。街を歩けば奏音君のポスターが掲げられ、テレビを付ければあの日撮影した奏音君の笑顔が映りこむ。どこにいても何をしてもモデルとしての奏音君がそこにいて、いつでも誰にでも届けられる。それこそ、失恋した相手の女性にもね」
失恋した相手の女性……もう、ノイズが掛かった彼女の笑顔だったのに。
ぎゅっと胸を掴んで、ちょっとだけ斎藤さんを睨む。
「別れの数だけ成長する。今は辛いかもしれないけど、それだって成長の糧になるさ」
「斎藤さんは、誰かと別れた事とかあるんですか」
「そりゃあるさ。大人だからね」
大人って、そういう感じなのかな。
僕としてはもう二度と、あんな別れは味わいたくないけど。
――展望デッキに到着しました。
アナウンスの声、これも声優さんなのかな。
何もかもお金が掛かってる感じがして、さすが日本一だね。
「うわぁ、いい景色……って、あれ? 国見さん?」
「うん? 聞いてないのかい? 同じクラスなんだろう?」
聞いてない、というか会話すらしてないから。
「今日はnonnonの撮影の他に、ティーンズ系の雑誌の撮影も兼ねてるからね。そっちでは二人での撮影がメインになるから……あれ、聞いてない? おかしいな、お母様には追加で連絡を入れたはずなんだけど。すまない、直接連絡すれば良かったかな」
到着した展望デッキ、開業前のそこには即席の長椅子や鏡台が設けられているのだけど。
当たり前のように鏡台前の椅子に座り、ヘアセットを受けている国見さんの姿が。
「既に彼女の方は準備に取り掛かっているみたいだね。奏音君も早速お願いするよ。今回のは以前と違って、プロのヘアメイクアップアーティストが君をより一層カッコよくしてしまうからね。このビルのように日本一のモデルを目指して、共に羽ばたこうじゃないか!」
斎藤さんなりの励まし方なんだろうけど、なんかちょっと恥ずかしいな。
日本一のモデルか……高橋さんが目指すのは世界一の金メダルだから、彼女の方が上なのかも? なんてくだらない事を考えながら椅子に座ると、「宜しくね」と言いながら、長身の男性が早速僕の髪をいじり始める。
この業界の人って、全員カッコいい気がする。
斎藤さんだって長身のイケオジだし、この人だって七色に染めた髪がかなりインパクトあるけど、奇抜で仕草からしてカッコいい。カメラマンも髭を生やしたダンディズムな人だし、国見さんをメイクしてる女の人だって超が付くくらいに美人さんだ。
類は友を呼ぶ……って言葉なのかな、全員が美形で、ちょっと異様な感じ。
園田君はこの世界を目指してるのか。お礼も兼ねて今度見学させてあげようかな。
――では、モデルのお二人、空渡奏音君と国見愛野さん。今日は宜しくお願いします。
――カメラマン担当は日野誠です、どうぞ宜しく。
――はいでは場所を移動しまーす、レフ板移動するよー。
一体、何枚の写真を撮るのだろうか。
僕と国見さんとで沢山の笑顔を作りながら、様々なポーズで撮り続ける。
場所を変え、姿を変え、表情を変え。
でも、今の僕は心の底からの笑顔なのだろうか。
高橋さんみたいに、強くなれる自信がない。
――休憩中。
まだまだ撮影するみたいだけど、一旦の休憩に入った。
差し入れのお茶とかお菓子とか沢山あるけど、なんかね、口に運べない。
「食べないの? 撮影って結構体力使うから、食べた方が良いよ」
国見さんの突然の声掛けに、思わず目を見開いてしまった。
学校でもLIMEでもずっと無視してるのに、いきなりすぎて驚く。
「最近、食欲なくてさ」
「……そ、痩せすぎはあまり好まれないから、無理にでも食べた方がいいよ。最近の空渡君、ちょっとガリの世界に片足踏み込んでるし」
「別に、誰に好まれる必要もないからね」
一番好きな人にはフラれ、過去意識した人からは無視される。
こんな状況で自分を磨こうなんて、どうにも思えないよ。
「空渡君が何を考えてるのかは、私には分からないけど」
「……うん」
「私は、このチャンスをものにしたいって考えてるよ」
鏡を見ながら、学校では絶対にしない化粧を国見さんなりに見直しをかける。
撮影の時だってそうだ、普段は声を出さないのに、出された指示に大きな声で対応してる。
「高橋さんが水泳で金メダルを獲るっていうのなら、私はモデルで世界一になる。今は空渡君の小判サメみたいな感じでいるけど、いずれ単独で撮影も出来るようになって、世界に羽ばたけるようになるから。そうすることで、やっと隣にいてもイイって思えるの」
「……隣って、誰の」
小指でリップを少しだけなぞると、国見さんはおもむろに立ち上がり、僕へと近づく。
そして前かがみになると、椅子に座っている僕へとぐーっと近寄った。
「――、え、ちょっと」
「どうしてこんなに鈍いのかな」
「な、何がさ」
「空渡君、外面はいいのに、中身は完全にダメだよね」
「いきなりそんなこと言われても」
なんか、とてつもなくいい匂いがする。
目の前過ぎて、思わず後ずさってしまう程に近い。
……違う、この香り、知ってる。
それに気づいた瞬間、彼女が僕の眼を塞ぐように手を当てた。
「それ、高橋さんにあげた化粧水」
「……」
「どうして使うんだよ、あり得ないだろ。アレは高橋さんにあげた物であって、国見さんにあげた訳じゃない。なのにどうして勝手に使うんだ、しかも僕に分かるようにするなんて」
この香りを嗅ぐたびに、僕は嫌でも高橋さんを思い出してしまう。
ううん、人があげたプレゼントを勝手に使うなんて、常識として無しだ。
「この香りを知る度に、貴方は彼女を忘れないでしょ」
「当然だ、必死になって、それこそ君に相談しながら買った化粧水なんだ。忘れる訳がないじゃないか」
「その状態の空渡君じゃないと、フェアじゃないから」
なんだ、何が言いたいんだ。
目隠ししていた手をどけると、国見さんは席へと戻りお茶のペットボトルを手に取る。
「安心して、同じの購入しただけだから」
「……そ、そんな、なんで」
「んー、女としてのプライド? この化粧水を気に入ったっていうのもあるけどね」
訳が分からない……訳が分からないままに撮影は再開され、今度は僕が一人で撮影する事に。
「お、そのアンニュイな感じ、いいね」
アンニュイってなんだよ……知らない事が多すぎて、なんだか嫌になる。
国見さんは腕を組んで僕の方をジーっと見てるし。
……あれ? 目があったら笑顔になったぞ?
学校でも同じようにしてくれたらいいのにな。
なんかもう色々と疲れちゃって、ダメだ。
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