三週目

 言葉通り、高橋さんは月曜日から教室へと顔を出すようになった。

 長かった自慢の髪をバッサリと切り、ショートカットになっているのを見た時は、思わず息を飲んだ。

 

「おはよぉ」

「美恵、それ」

「えへへ、暑かったから、切っちゃった」

「……似合ってるよ、みえぽんは元が可愛いからね」

「そんなぁ、照れるよ。まぁ、そうでもあるけど」


 あはははは……クラスメイトのそんな会話を、机に突っ伏しながら耳にする。

 髪を切ったのは僕との別れを意味付けする為なのだろう。

 何もやる気が起きない、残暑厳しいせいじゃない。

 僕が受けたダメージも、想像を遥かに超えてたって事だろうね。


 誰とも会話せず、授業の一切が身にならないまま、ただただ時間だけが過ぎる。

 そして帰宅すると泣く、もうどうにもならないのに、涙だけが溢れるんだ。


 ――木曜日。


「おい、空渡、飯食いに行くぞ、飯」

「……いいよ、行きたくない」

「色々と聞きたい事があんだよ、イイから黙って来い」


 園田君に無理矢理に連れられた学食。

 目の前には無造作に置かれたカレーうどん、食べる気がしない。 


「そうか、あの日そんな事になってたのか」

「……完全に終わった。色々してくれたのに、ごめん」

「いやまぁ、別に俺はイイけどよ」

「約束、果たせそうにない。でも、園田君への恩返しは必ずするから」

「元々本気じゃねぇし、そう気を落とすなよ」

 

 うぅ、滅茶苦茶イイ奴じゃないか、僕、園田君が友達で本当に良かった。


「ちょ、奏音お前、泣くなよ」

「ごめん、最近油断するとすぐ泣いちゃうみたいで……歳かな」

「まだ十六だろ、なに言ってんだ」


 高橋さんとの関係が終わった事は、言葉にせずともクラスの全員が把握しているのだろう。

 そしてもう一人の当事者である国見さんに関しては、相も変わらず一人で本を読んでいる。


――じゃあ、私が彼を奪ってもいいのね? ――


 あの言葉が何だったのか分からないくらいに、何の会話もしていない。

 たまに視線が合うけど、一切の無反応だ。

 高橋さんの方は、多分意図的に僕を見ない様にしてるんだろうね。

 どれだけ見ててもかすりもしないよ。

 というか、女子の壁が出来ちゃって顔すら見えない。


 教室に戻っても一人で座っているだけ。

 学校が、なんかいづらいなぁ……。 

 スマホが鳴ってる……小夜叔母さんからだ。


 Anyanの斎藤さんが会いたがってる? 何の連絡だろう?

 同じのが国見さんにも届いてるのかな? と思ってみるも、相も変わらずの無視だ。

 ずっとぐだぐだしててもしょうがないし、気晴らしに顔を出すだけ出してみようかな。


――金曜日、放課後。


「あら、来たのね奏音。またいい男になって……たまにはお店にバイトしに来なさいよね」


 一か月しか経ってないのに、いい男になる訳がないだろうに。

 お店のお姉さんたちも相変わらずだ、でも、彼女たちは僕がバイトに来るのを嫌がるみたい。

 別にヘルモードじゃなくてもこのお店は繁盛してるからね、このままでも十分でしょ。


「斎藤さん、お久しぶりです」


 相も変わらず綺麗なオールバック、細身のスーツ姿の斎藤さんだって十分にモデルさんだ。


「おや? 以前と比べて垢が抜けた感じがするね」

「なんですかそれ、小夜叔母さんにも言われましたけど、別に何もしてませんよ」

「いいや違う、奏音君、恋、してただろ? もしくは失恋かな」

「……何で、そう思うんですか」

「雰囲気がね、違うんだ。前は少年の様なあどけなさが残っていたのに、今は立派な男だ」


 分かるものなのかな……でも、それだけ傷ついたって事でもあるんだけど。

 

「ふふっ、ますます君が欲しくなったよ」

「はは、ありがとうございます」


 どういう意味かは知らないけど。

 僕が椅子に腰かけると、斎藤さんはバックから封筒を取り出し手に持った。

 結構厚いな、お金だったりして。

 

「これ、なんだか分かる?」

「いえ、なんですか?」

「君宛のファンレターだよ。以前特集で組んだ時の反響が思いのほか大きくてね、上から専属契約すべきなんじゃないのかって怒られたぐらいでさ」


 封筒を開けると、それはまぁカラフルな手紙から清楚な手紙まで、数えきれない程の手紙がズラリと収納されていた。試しに数枚手に取ってみたけど、どれもこれもお褒めの言葉や、期待していますと言ったポジティブな内容ばかり。


「……専属契約って、高校生でもそんなの出来るんですか?」

「あるじゃないか、十七って名前のモデル雑誌が。あれなんかほとんどが在学中の高校生だよ? 高校生でモデルはそう珍しい話じゃない、遅いくらいだ。聞けば奏音君はテストの成績もイイみたいだし、インテリ系でも狙えそうだよね」


 テストの成績か……。

 頑張る目標が消えてしまった感じがして、中間テストがどうなるのかも分からないな。


 失恋したばかりで、僕はまだちゃんと前を向けられる気がしない。

 斎藤さんのお誘いを受けた所で、期待に応えられる自信がないよ。

 めったにないチャンスなのかもしれないけど、お断りが吉かな。


「とりあえず、専属契約の話は急がなくてもいい。今日伝えたばかりだからね、親御さんとも相談して決めてくれて構わないさ。それとは別に、来週また撮影をお願いしたいんだけど、大丈夫かな? 来週のはanyanじゃなくて、nonnonっていうメンズの雑誌になるんだけど」


 確かに、僕一人で決めるにはちょっと重い話だ。

 撮影の方にはOKを出して、専属契約については両親にも相談してみよ。


「お母さんは大丈夫、モデルの世界に行きなさい、奏音」

「父さんも応援してるぞ」

「そして芸能人とお友達になって、遊びに連れてくるのよ、奏音」

「父さんは女優がいいぞ」


 聞くだけ無駄だったかな。息子がモデルになるのが心の底から嬉しいみたい。

 最近凹んでたっていうのもあるのかも、両親にも心配させちゃってたのかな。

 高橋さんにも報告……出来ないよね。

 でも、なぜか繋ったままのLIMEには書いておこうかな。

 既読にすらならないけど。

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