二週目
高橋さんが学校に来なくなって、一週間が経過した。
クラスで僕は女子から総スカン状態だけど、別に気にしてはいない。
国見さんもLIMEでは返事をくれるけど、教室では一切会話はしないまま。
エナだった時から接点は無かったのだから、これまで通りと言ってもいい。
高橋さんだけが、この教室からいなくなってしまった。
間違いなく僕のせい、僕がいつまでもエナを引きずってたから。
一人落ち込んでいると、俯いていた首にズンッと重しがかかる。
「ちょ、誰」
「一応、まだ友達だと思ってるから教えといてやる」
「園田君? 首、首痛い」
先週、呼び出すだけ呼びだしておいて、特に何もなかったことを根に持っているのかな。
国見さんがいるにはいたけど、彼女、園田君を見るなり教室から出て行っちゃったし。
なんのために俺は来たんだ! って叫んでたもんな……しょうがないか。
「それで、なに? 何かあったの?」
「写真部だからな、学校のイベントがあったら写真撮んのよ」
「う、うん、凄いよね、尊敬してる」
「だから誰よりも情報が早いんだ。……高橋さん、この学校からいなくなるぞ」
……え? 高橋さんが、学校からいなくなる?
反応を示したのは僕だけじゃない、後ろの席で頬杖ついてた国見さんもだ。
「高橋さんがいなくなるって、どういう」
「彼女、高校総体で三位だっただろ。しかもまだ高校一年の超新星だ。そんな彼女に国のお偉いさんが目を付けたみたいでな、オリンピック強化選手……だったかな? とにかく、そっちに専念する事になるんだと。詳しくは知らねぇけど、長期合宿もあるとか? そんで、写真部の俺が、学校の
頭の中が真っ白になった。
高橋さんがいなくなる? オリンピック強化選手?
「その写真、いつ撮るの」
質問したのは僕じゃない、国見さんからだった。
「……今日の放課後。計画はもっと前から聞かされてたけど、先週の一件があったからな、ちょっと黙ってた」
「なによそれ……でも、教えてくれてありがとう。空渡君」
「ああ、なぁ園田君、その撮影に僕も――」
「これ以上美恵に迷惑かけるの、やめなさいよ」
突然の声掛け、振り向くとそこには樋口桜の姿があった。
彼女は二学期が始まってからずっと、冷たい視線を送る女子の筆頭とも言える子だ。
「美恵はね、ようやくアンタとの因縁が吹っ切れたの。これで強化合宿に行って、あの子は競泳で世界一になるんだって、そう私に教えてくれたんだから」
「……高橋さんと、会話してるの?」
「ええ、当然でしょ? 美恵を守ってるのは私達だからね。金メダル取って空渡に悔しい思いをさせるんだって、そう言ってたわよ? 私をフッたことを後悔させてやるんだからって」
――桜、そんなこと言う必要ないって。
――そいつらどうせ、美恵が失恋したの笑ってるだけの連中でしょ?
――本当最悪だよね、調子乗っちゃってさ。
取り巻きの連中が何か言ってるけど。
そんな事はどうだっていい。
「園田君」
「……なんだよ」
「頼む、僕も、その撮影に参加させて欲しい」
「アンタ、私達が言ってることまだ理解できないの!?」
出来ることならなんでもする。
恨まれたままでもいい、全面的に僕が悪いのは分かってる。
でも、このままじゃ、こんな形のまま終わるのは、納得できないから。
「お、おい、奏音」
両膝を床に付いて、両手を前に添えて。
誠意を示す方法、これしか知らないから。
「頼む……もう一度だけ、高橋さんに会いたいんだ」
床に頭をこすりつけて、ただひたすらに嘆願する。
こんなこと、傷つけてしまった高橋さんの傷に比べたら、どうってことない。
このまま頭を踏まれたっていい、どんなことをしてでも、僕は彼女に会いたい。
「私からも、お願いするわ」
額を床に付けたままの僕の横から、信じられない声が聞こえてくる。
スカートなのに、女の子なのに。
国見さんは両膝を付いて、僕と同じように額を床に当てたじゃないか。
「ちょ、ちょっと待ってくれよ! これじゃ俺、俺が完全に悪者じゃねぇか!」
「ダメだよ園田! 絶対に美恵にコイツ等会わせちゃダメ!」
「い、いや、だってよ!? 俺、女子にまで土下座させるつもりはこれっぽっちも!」
足りないのか? 僕達だけの土下座じゃ足りないっていうのか?
「……園田君」
「な、なんだよ! って、空渡お前!」
ペロリ舐めた園田君の上履きの味は、とても苦くて、吐き気がする。
でも、どんなことでもするって決めたから。
「上履きでも何でも舐める、だから頼むから、撮影に同行させて欲しい」
「ああああ! 分かった! こんな事されなくても、最初からそうするつもりだったんだよ! なんかごめん! 俺が悪かった! 樋口さんもいいだろ!? 空渡、ここまでしてんだぞ!?」
それでも納得がいっていない様子の樋口さん、いや彼女だけじゃない。
きっと、クラスメイトの全員が僕への不信感を募らせているに違いないんだ。
――だから、訂正しないといけない。
立ち上がった僕は、無駄に注目が集まっているのを良い事に、全てをぶちまけようとした。
「やめなさい」
だけど、それを同じく立ち上がった国見さんによって阻止される。
「なんで、ここで皆に伝えないと」
「その想いを伝える相手が違うでしょ、貴方が伝えないといけない相手は誰?」
「……高橋さん」
「分かっているのなら、今は座りなさい。園田君」
急に名を呼ばれた園田君は、「はい!」とイイ返事をして、両手を体側にぴしっと付けた。
「撮影、私も同行させてね」
「了解しました!」
「ありがと」
やっぱりと言うかなんて言うか。
頼りになるんだよな、国見さんって。
周囲が静まり返った中、彼女は一人席へと戻ると、何事もなかったかの様に本を読み始める。
その様子や仕草がとてもスマートで、やっぱり僕は安心してしまうんだ。
「奏音」
「うん」
「国見さんって、いいな」
「……うん?」
「俺、彼女にずっと従っていてぇ」
「うん……」
その気持ち、ちょっとだけ理解できる。
女王様に従う騎士って、こんな気持ちなのかな。
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