一週目――エナ――
「そもそもなんだけどさ」
目の前に座る空渡君を前に、私は感情を分かりやすくするために机を指で叩く。
「私、水泳大会の時に聞いたよね? みえぽんと付き合ってるんですかって」
「確かに、聞かれた」
「なんでそれを否定したの? みえぽんあれでもかなり頑張ってたんだよ? 大会終わった後だって悔しくて泣きたいのを我慢して、空渡君を見て安心して泣いちゃう様な可愛い女の子なんだよ? プールだってそうじゃない、泳ぎの練習に付き合ってくれてたんでしょ? 買い物だって、全部あの子は無償で付き合ってくれてたんじゃないの? それなのになんで否定したの?」
「エナのことが、どうしても頭の中から離れなかったから」
イラつきが、一瞬で頂点に達した。
「なんで!? 大体、空渡君から会話練習をやめようって言って来たんだよ!? それにその時にはもうみえぽんの姿があったから、だから私は――――」
だから私は、君を諦めたのに。
言いかけて、こんなの口にしちゃダメだって、咄嗟に口をふさぐ。
「だから私は、なに」
「別にいいよ、大したことじゃないから」
「大したことじゃないって、そんなの聞いてみないと分からないだろ」
「ああんっとにもう、空渡君が聞きたいのってそこじゃないでしょ⁉ 美恵が会ってくれなくなった事が知りたいんじゃないの!? ……でもまぁ、今の会話でなんとなく全部分かったけどさ」
間違いなく空渡君の心の中には、ずっと私が残ってたんだ。
エナとしての私、それは臆病な国見愛野が生み出した幻想の女の子。
幻想が邪魔をして、空渡君は美恵のことを心の底から好きになる事が出来なかったんだ。
美恵が今日学校に来なかったのも、二人が上手くいってないのも、私のせい。
責任を取らなきゃいけないのは、私なんだ。
「今からみえぽんの家に行く? なんなら私も一緒に行って、付き合ってませんって宣言してきてあげようか?」
「そうして貰えると、助かる。僕一人だと、高橋さんの家族全員から拒否られてるみたいで」
「なにそれ……末期状態に近いじゃん。というか、提案しといて何だけど、多分逆効果な気もする。この感じだと、私がいてもみえぽん会ってくれそうにないでしょ?」
美恵を前にして、こんなに強がれる自信が無い。
今だって目の前に空渡君がいて、こんなにも感情がブレる自分がいる。
好きの気持ちをコントロールできなくなる、絶対にもう、ダメなのに。
「とりあえず、こういう二人だけって空間が、もう色々と不味いと思うのよね」
「……と、言うと?」
「友達ぐらいいないの? こういう時に呼んだら駆けつけてくれるような男友達とかさ」
第三者が欲しい、二人だけじゃダメだ。
見ないようにして、少しでも距離を取らないと。
★
「あ、園田君?」
『――――』
「実は僕まで学校でさ、それで相談なんだけど……今から学校に来れたりする?」
『――――』
「そこを何とか」
『――――』
「いあ、側に国見さんいるから、それは不味いと思う」
『――――』
「約束?」
『――――』
空渡君と園田君って、最近仲が良さそうだったから……なんとなく納得。
園田君か、彼女欲しいって言う割には、全然行動しないんだよね。
私がターゲットにならないように、注意しないとかな。
「どうだった?」
「一応、来てくれるっぽい」
「そかそか、証人じゃないけど、私達に何もないって証拠が必要だからね」
本当の理由は言えない、でも、ようやくドキドキが収まってきた。
目をつむって、後は黙って園田君が来るのを待ってようかな。
「……そういえばさ」
なんで話かけてくるの。
「あの後、三年の先輩とは、どうなったのかなって」
いないよ、そんな人。
文芸部の先輩、三年生も全員女の子だよ? 調べが甘いよ。
「そうだけど……ああ、じゃあ、どうしてあんなに演技が上手なの? てっきり演劇部を疑ってたのに、エナって文芸部だったんでしょ? 全然分からなかったから、ちょっと知りたくって」
どうして会話を続けるの?
どうして私の事をそんなに知りたがるの?
貴方が好きなのは美恵なんじゃないの?
なんて……今こうなってるのも、全部私が原因って分かってるし。
ほんのちょっとの勇気も出せないままにいた、愚かな私のつけが回ってきただけ。
「国見さん」
「……え?」
「エナじゃない、愛野もなし、私は国見さんなの」
「そうだけど、僕はずっとエナのことをエナって呼んでたから」
「じゃあ今から変えて、私は国見愛野、エナだったけどエナじゃない」
こんなに私、強くないよ。
本当はエナって呼んで欲しい、ずっと呼んで欲しい、前みたいに二人で語りたい。
あああ……だからダメなんだ。
本当の私がクラスでバレたら、絶対にこうなるって分かってたから。
「じゃあ、国見さん」
「ん、宜し。私こと国見さんはね、文字を書くことが好きな、どこにでもいる女の子なの」
「なんか変な言い回しだね」
「Shut up、黙って聞いてなさい。物書きにはね、色々なタイプがいるんだけど。一つは、頭の中で登場人物をラジコンみたいに動かしながら、その場面を書いていく神視点タイプ。もう一つは、キャラクターになりきって物語を書く憑依タイプ。私はその憑依タイプで書くことが多いの。だから美容室であった時なんかは、別人格になりすまして接してたってだけの話」
今だって演じてるんだよ、分かれよ、バカ。
「他にも、色々と聞いてもいい?」
「……園田君が来るまではね」
「ありがとう。じゃあ、ちょくちょく髪型を変えてたのはどうしてだったの? なんか最後に、ちょっとはぐらかしてた記憶があるけど」
「よくそんな内容覚えてるわね。あの時は五月か六月だったでしょ? 湿気で髪がゴワついちゃうから、毎朝目が覚めるたびに髪型が変わってたのよ。コンディションも良かったり悪かったりしてね、寝坊……とかもあったけど。とにかく、そんな感じ」
違うよ、いつか君に見て欲しくて、毎日ちゃんとセットしてたんだよ。
ちょっとぐらいなら見えてると思って、髪型から私にたどり着いて欲しかったから。
「僕と映画館に行った時は、結構真っ直ぐだったと思ったけど」
「……時間、かけたからね」
「……そっか」
「っていうか何、やっぱり結構見えてたんじゃん」
「見えてないよ、帰りに危ないからって僕の腕を掴んでくれただろ。だから近くなって、髪の毛だけちょっと見えてたんだよ」
「あー……そういえば、そんな事もあったかもね」
なんで全部覚えてるのかな、それって私と同じじゃない。
私だって覚えてるよ、全部勇気だして行動してたんだもん。
「あ、そうだ」
「……なに?」
「渡そうと思って渡せなかったプレゼントがあるんだった」
リュックから取り出された可愛い包装紙、何が入ってるのかとっても気になる。
空渡君が私のことを考えて、選んでくれたプレゼント……欲しくない訳ないよ。
「えっと……ほら、前に国見さんからボールペン貰ったことあったでしょ? アレのお返しがしたくて、あの時から買ってあったプレゼントなんだけど」
「ちょっと待ち」
「え?」
だけど、今それを受け取る訳にはいかない。
もう、全部遅いから、何もかもが遅いから。
「まさか、私にプレゼントをあげるって、みえぽんにも伝えた?」
「……伝えた、けど」
「あー、OKOK、分かった。あのね空渡君」
「う、うん」
「他の女にプレゼントをあげる行為は、基本的に絶対NGだから」
「NGって……でも、僕のこのプレゼントは感謝の表れであって」
「それでもダメ、今の君はもう私じゃなくて、みえぽんが好きなんでしょ?」
ちょっと意地悪な質問、気付くかなって思って言葉にしたけど。
「……うん、僕は、高橋さんの事が好きだよ」
「だったら、私への感謝の気持ちも全部、みえぽんに捧げなきゃダメだよ。少しでも他の女の姿があったらダメなの。どうせ空渡君の事だから、告白も出来てないんでしょ?」
「出来てない、しようと思ったけど、出来なかった」
「言い訳しないの。どんな状況であっても、みえぽんは空渡君からの告白をずっと待ってたはずだよ? ダメだよ、ちゃんとしないと」
……気付いてないよね、
つまり、前は私のことが好きだったって意味だったんだけど。
泣きたいな、私も美恵みたいに泣きたいよ。
本当に失恋したのは、私の方なんだから。
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