一週目――奏音②――

「そもそもなんだけどさ」


 エナはついていた頬杖をそのままに、空いていた右手で机の上を指一本でトントンと叩く。


「私、水泳大会の時に聞いたよね? みえぽんと付き合ってるんですかって」

「確かに、聞かれた」

「なんでそれを否定したの? みえぽんあれでもかなり頑張ってたんだよ? 大会終わった後だって悔しくて泣きたいのを我慢して、空渡君を見て安心して泣いちゃう様な可愛い女の子なんだよ? プールだってそうじゃない、泳ぎの練習に付き合ってくれてたんでしょ? 買い物だって、全部あの子は無償で付き合ってくれてたんじゃないの? それなのになんで否定したの?」

「エナのことが、どうしても頭の中から離れなかったから」


 僕の返事を聞くや否や、エナは机をバンッ! と強めに叩く。


「なんで!? 大体、空渡君から会話練習をやめようって言って来たんだよ!? それにその時にはもうみえぽんの姿があったから、だから私は――――」


 何かを言いかけて、ぐっと言葉を止める。

 

「だから私は、なに」

「別にいいよ、大したことじゃないから」

「大したことじゃないって、そんなの聞いてみないと分からないだろ」

「ああんっとにもう、空渡君が聞きたいのってそこじゃないでしょ⁉ 美恵が会ってくれなくなった事が知りたいんじゃないの!? ……でもまぁ、今の会話でなんとなく全部分かったけどさ」


 うっすらと、僕も分かってる。 

 いいや、言葉を濁すなんて必要がないぐいらいに理解してる。


 こんなの二股も同じだ、頭の中にエナがいて、でも心は高橋さんを求めてる。

 許されるはずがないし、許される事じゃないんだ。


「今からみえぽんの家に行く? なんなら私も一緒に行って、付き合ってませんって宣言してきてあげようか?」

「そうして貰えると、助かる。僕一人だと、高橋さんの家族全員から拒否られてるみたいで」

「なにそれ……末期状態に近いじゃん。というか、提案しといて何だけど、多分逆効果な気もする。この感じだと、私がいてもみえぽん会ってくれそうにないでしょ?」


 その可能性はかなり高い、いや、むしろ絶対に会ってくれないと思う。 

 渦中の二人がどのツラ下げて高橋さんに会いに行けるって言うんだ。


「とりあえず、こういう二人だけって空間が、もう色々と不味いと思うのよね」

「……と、言うと?」

「友達ぐらいいないの? こういう時に呼んだら駆けつけてくれるような男友達とかさ」


 こういう時に呼んだら駆けつけてくれる男友達。

 ぽんって思い浮かんだのは、一人だけだった。



「あ、園田君?」

『おー? どうした、また何かあったのか?』

「実は僕まだ学校でさ、それで相談なんだけど……今から学校に来れたりする?」

『…………はぁ? バカじゃねぇの? クソ暑い中ようやく帰宅した所なんだが?』

「そこを何とか」

『いやいや、俺いまシャツとトランクス一丁よ? 画像付きで見せてやろうか?』

「いあ、側に国見さんいるから、それは不味いと思う」

『国見さん? え? まさか、ついに約束が果たされる時が来たのか?』

「約束?」

『ああああ、みなまでいうな! 分かった、全速力で向かうわ!』


 あれ? なにか勘違いしてるかも。

 既に通話は終了し、とりあえず来てくれる事にはなったけども。


「どうだった?」

「一応、来てくれるっぽい」

「そかそか、証人じゃないけど、私達に何もないって証拠が必要だからね」


 言いながら、エナは足と腕を組んで瞼を落とす。

 園田君が来るまでの僅かな時間だけど、どこはかとなく居心地がいい。


 なんだろう、無駄に頼りになる感じがする。

 エナと一緒にいる時の居心地の良さって、こういう姉御肌な所なのかな。


「……そういえばさ」

「うん?」

「あの後、三年の先輩とは、どうなったのかなって」

「別に、空渡君が知る必要なんてないでしょ」

「そうだけど……ああ、じゃあ、どうしてあんなに演技が上手なの? てっきり演劇部を疑ってたのに、エナって文芸部だったんでしょ? 全然分からなかったから、ちょっと知りたくって」


 組んでいた腕をほどいて、エナは再度頬杖をつきながら半眼になり、僕を見る。


「国見さん」

「……え?」

「エナじゃない、愛野もなし、私は国見さんなの」

「そうだけど、僕はずっとエナのことをエナって呼んでたから」

「じゃあ今から変えて、私は国見愛野、エナだったけどエナじゃない」


 そうだけど……って食い下がりたかったけど、そこに食い下がるメリットは何もない。

 エナ本人である事には違いないんだから、素直に従おう。

 

「じゃあ、国見さん」

「ん、宜し。私こと国見さんはね、文字を書くことが好きな、どこにでもいる女の子なの」

「なんか、変な言い回しだね」

「Shut up、黙って聞いてなさい。物書きにはね、色々なタイプがいるんだけど。一つは、頭の中で登場人物をラジコンみたいに動かしながら、その場面を書いていく神視点タイプ。もう一つは、キャラクターになりきって物語を書く憑依タイプ。私はその憑依タイプで書くことが多いの。だから美容室であった時なんかは、別人格になりすまして接してたってだけの話」


 別人格か……なるほど、そんな特技があったんだ。

 

「他にも、色々と聞いてもいい?」

「……園田君が来るまではね」

「ありがとう。じゃあ、ちょくちょく髪型を変えてたのはどうしてだったの? なんか最後に、ちょっとはぐらかしてた記憶があるけど」

「よくそんな内容覚えてるわね。あの時は五月か六月だったでしょ? 湿気で髪がゴワついちゃうから、毎朝目が覚めるたびに髪型が変わってたのよ。コンディションも良かったり悪かったりしてね、寝坊……とかもあったけど。とにかく、そんな感じ」


 目をぱちくりしながらも、国見さんは細かく教えてくれた。

 くせっけ……いや、猫っ毛かな? ちょっとだけ波打つ感じは、とても可愛らしい。


「僕と映画館に行った時は、結構真っ直ぐだったと思ったけど」

「……時間、かけたからね」

「……そっか」

「っていうか何、やっぱり結構見えてたんじゃん」

「見えてないよ、帰りに危ないからって僕の腕を掴んでくれただろ。だから近くなって、髪の毛だけちょっと見えてたんだよ」

「あー……そういえば、そんな事もあったかもね」


 口の中がムズムズしてる。

 エナ……じゃなかった、国見さんとこうして会話してるだけで、嬉しいと思う自分がいる。 

 嬉しい、かな。いや、楽しいの方かも。


「あ、そうだ」

「……なに?」

「渡そうと思って渡せなかったプレゼントがあるんだった」


 これを渡したいがために、僕はこれまで必死になって国見さんを探してたんだ。

 三か月くらい経っちゃったけど、大丈夫かな。


「えっと……ほら、前に国見さんからボールペン貰ったことあったでしょ? アレのお返しがしたくて、あの時から買ってあったプレゼントなんだけど」

「ちょっと待ち」

「え?」


 絶対に今日渡そうと思ってリュックに入れてあった袋を取り出すも、待ったが掛かる。


「まさか、私にプレゼントをあげるって、みえぽんにも伝えた?」

「……伝えた、けど」

「あー、OKOK、分かった。あのね空渡君」

「う、うん」

「他の女にプレゼントをあげる行為は、基本的に絶対NGだから」

「NGって……でも、僕のこのプレゼントは感謝の表れであって」

「それでもダメ、今の君はもう私じゃなくて、みえぽんが好きなんでしょ?」


 高橋さんが好き……それを国見さんの口から言われると、ドキッとする自分がいる。

 浮気したのを追及された様な罪悪感、でも、自分の気持ちはちゃんと伝えないとダメだ。


「……うん、僕は、高橋さんのことが好きだよ」

「だったら、私への感謝の気持ちも全部、みえぽんに捧げなきゃダメだよ。少しでも他の女の姿があったらダメなの。どうせ空渡君の事だから、告白も出来てないんでしょ?」

「出来てない、しようと思ったけど、出来なかった」

「言い訳しないの。どんな状況であっても、みえぽんは空渡君からの告白をずっと待ってたはずだよ? ダメだよ、ちゃんとしないと」


 国見さんの言う通りだと思う、教えられてばっかりだな、僕は。

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