一週目――奏音①――

――ダメだよ、空渡君はそういう事をしたらダメだと思う。上手くいくといいね、きっと今の空渡君なら……ごめん、私、もう帰るね――


 この会話以降、高橋さんは僕からの連絡の全てを拒絶している。

 電話をしても繋がらず、LIMEにメッセージを書いても既読にすらならない。

 

 前に一緒に行ったレストランにも行き、そこを拠点に高橋さんの家を探しまわったりもした。

 無事家を見つける事も出来たし、お母さんに会う事も出来たけど、美恵はいないの一点張り。

 

 見つけたその日から出来る限り通ったけど、途中から玄関を開けてくれなくなってしまった。

 高橋さんの家族全員が僕を遠ざけている感じがして、やるせない気持ちと、自分が何をしたのかを考え続ける日々。


 僕の中で高橋さんはもう、かけがえのない人になっていると思っていたのに。

 花火大会の日に告白が出来ていれば、こんな状況にはならなかったのかな。


 LIMEに今も残る昔の会話が、ただただ悲しみを誘う。

 会いたい、話しがしたい、笑顔がみたい。

 もう一度やり直しがしたい。


 そして、このことが相談できるのは、やっぱり彼女しかいないんだ。


 始業式当日、僕と会うのを嫌がったのか、高橋さんは姿を見せなかった。

 先生に聞いても教えてくれず、クラスの女子数人からは冷たい視線が僕へと向けられる。

 どうやら、僕と高橋さんとの不仲を、既に把握している子がいるらしい。


 夏休み最後の週で、何もかも変わってしまった。

 そんな中で、何も変わらないままなのは、男友達の園田君だけ。


「空渡!」

「……なに?」

「これ、お前か!?」


 教室中に響く声で見せつけてきたもの、それはあの日撮影したanyanの一ページだった。

 献本でも既に貰ってたし、販売してるのも知ってたけど。


「そうだけど、それがどうかした?」

「どうかしたじゃねぇよ! お前これ、モデルデビューって事だろ⁉」


 クラスがざわつく、今朝から向けられていた冷たい視線とは違う、奇異の視線だ。


「そうだけど、モデルって言っても専属とかじゃないし、それっきりだよ?」

「それにこの相手、国見さんだろ⁉ 一体いつの間にこんな事になってんだよ!?」


 僕へと向けられていた視線が、今度は席に座っていた国見さんへと移る。

 我関せずって感じで本を読んでいた国見さんだったけど、周囲の好奇心の波はとどまる事を知らない。


 ――愛野! 一体いつからモデルになったの!?

 ――他にもモデルの知り合いとかいるの!?

 ――空渡君と二人ってことは、まさか愛野と!?


 いつかの僕の時の様に、国見さんの周囲に男女問わず人の壁が出来る。

 でも、誰かが発したこの一言で、クラスは一気に静まり返ったんだ。


 ――あれ? でも、空渡君って高橋さんと。

 ――今日、高橋さん学校来てない……。


 隠していた訳じゃない、僕と高橋さんが仲が良かったのは、周知のことだ。

 事実、僕もそうしたいと思っていたし、告白もする寸前だったんだ。

  

 訂正しないといけない、国見さんと僕は何も――


「ほら、お前ら騒がしいぞ! 席につけ!」


 ――先生の怒号で皆が一斉に席に戻る。

 訂正する機会を失い、そのまま学校は終わりを迎えてしまった。


 国見さんは僕に何も言わずに、そそくさと教室から出ていくのを見届ける。

 僕に冷たい視線を送っていた女子も、園田君も、全員が教室を後にした。


 始業式の日には、部活がない。


 だからすぐにこの教室は静かになり、学校全体が静寂に包まれる。

 いずれ先生が巡回しに来るのだろうけど、始業式の片付けとかで多分忙しい。


 つまり、時間があるという事だ。

 この誰もいない教室は、いつかの様に誰かの秘密を守ってくれる。


「……来てくれたんだね」


 カラカラと開く教室の扉、そこに立つのは、僕からの手紙を持つ女子生徒。

 緩いパーマがかった髪を下ろしたまま、僕を見つめる素朴な感じの彼女。

 

「だって、手紙、入ってたから、ね」

「まだそんな風に会話をするつもりなの?」


 僕はもう、演技に付き合うつもりはないんだ。

 

「そんな風って」

「花火大会の日、境内の裏で高橋さんと会話してたよね? あの時みたいに喋って欲しい。いいや違う、僕と二人きり、この教室で会話練習してた時みたいに喋って欲しい。……エナ」


 外は唸るような暑さなのに、この空間はとてもひんやりとしている。

 熱が思考回路を邪魔することもなく、ストレスから間違った言葉を発することも無い。

 痛いくらいに静かなこの空間で、僕は国見愛野のことを、黙ったまま一人見つめる。

  

「……あの日、いたんだ」

「しゃがんでたんだ、コンタクトレンズを落としててね」

「……ふぅん、みえぽんからは家族で花火大会って聞いてたのにな」

「僕と二人きりって知られるのが、恥ずかしかったんだと思う」


 段々と喋り口調が変わってきた。

 国見さん……いや、エナは、あの日のように僕とは一つ離れた席に座る。

  

「そかそか……バレたんならしょうがないか。正解だよ、ようやく見つける事が出来たね」


 下ろしていた髪の毛をぐっと後ろに持ってきて、手首にあったシュシュでするっと留める。

 三か月……エナと出会ってからもう三か月も経ったんだ。

 ようやく会う事が出来た、ようやく見る事が出来た、ようやく――――。


「……相談、したい事があるんだ」


 でも、あの時の僕と今の僕は、もう、何もかもが違う。

 

「高橋さんが、僕と会ってくれなくなった……もう一度、彼女に会いたい」

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