三週目と一日①

 国見さんから教わって購入したプレゼントも持った。

 母さんにお願いして生まれて初めての甚兵衛にも袖を通した。

 用意してもらった雪駄も履いて、コンタクトも付けて、準備万端。


「よし、行ってくるか」


 花火大会の会場までは、自転車で一時間程度で行ける。

 でも、間違いなく高橋さんも浴衣で来るはずだから、自転車なんか使わないはずだ。

 なので、多少の混雑は覚悟してのバスでの移動……なんだけど、まだ空いてるみたい。


 適当な場所に腰掛けて、車窓を流れる風景をぼんやりと眺める。

 提灯や浴衣姿で歩く人達、みんな今日の花火を見に行く人達なんだろうな。

 見ると、なんとなくカップルが多いかも。

 

 浴衣姿の女の子、髪も結わえてあって、結構可愛らしい子が多い。

 高橋さんの浴衣姿とか、どんなのだろう? 水着姿は相当可愛かったけど。

 …………あ、いけない、高橋さんに家出たよって連絡しないと。 


 ――バス乗って待ち合わせの場所に向かってます。

 ――はーい、私の方はちょっと遅れるかも。お母さんの車で送ってもらってるんだけど、渋滞凄くて全然動かないの。

 

 ん、画像付きで送られてきたけど。

 うは、車が凄いな、これは相当時間かかりそうだ。


 ――その様子だと、もしかしたらこのバスも遅れちゃうかもね。

 ――ごめんね、浴衣で行くとか言っちゃって。自転車ならこんな状況なかったのに。

 ――いいよ、余裕もっての待ち合わせだから。

 ――ありがと、今日、楽しみだね。


 エナとの待ち合わせの時は、こんなやり取りは出来なかったな。

 思い返してみると、なんとも滅茶苦茶なことばかりしていた気がする。

 何にも見えないままに歩いて、誰かも分からないままに映画を見るとか。

 待ち合わせにも遅れてくるし、そのくせ僕のことをしっかと見てたり。

 

「……ずるいよな、本当に」


 もう、二学期が始まったら教室で叫んでしまおうか? 

 間違いなくクラスメイトの一人なのだから、一人一人尋問してもいいかもしれない。

 でも、エナのことだから完全に黙秘するんだろうな。

 そして僕は叩かれるだけで終わる……なんて、何を考えているんだ、僕は。


 

 待ち合わせ場所は花火会場のすぐそばにある神社、そこの鳥居。

 やっぱり高橋さんの方が遅れてるみたいで、まだ姿は見えない。 


 神社をぐるりと囲うように屋台が並び、焼きそばや大判焼き、かき氷やりんご飴の良い匂いが、既にあちらこちらから漂ってきている。


 予め何か買っておいても良さそうだけど、やめとこうかな。

 どうせなら一緒に買い物をした方が高橋さんも喜びそうだし。


 それに彼女は水泳選手だから、意外と食にはうるさいかも。 

 コンタクトを買った時のフードコートでも、高橋さん何も食べてなかったもんな。

 ファミレスでも飲み物と軽食だけだったし……思えば、相当に気を付けてたのかも。


「あの、お兄さん誰かと待ち合わせですか?」

 

 何も買わずに鳥居に寄りかかっていると、また声を掛けられた。 

 待ち始めて三十分、既に三回目、コンタクトだとやっぱり声を掛けられる。

 あまり見ないようにして、やんわりとお断りだ。


「うん、クラスメイトと待ち合わせしてるんだ。だからゴメンね」

「そんなこと言わずに、私と遊びに行きません?」

「本当にダメなんだ、他の男を誘ってよ」

「他の男とかムリムリ、多分、私の方がその子より可愛いと思いますよ?」


 結構強引だな、あまり顔を見ないようにしてるんだけど。

 そんなに自信があるのなら、少しだけ見てみようかな。

 ちらり。


 真っ白な下地にピンクの花柄、真っ赤な帯……相当に気合が入った浴衣だな。

 飾りの付いたかんざしも刺してるし、髪も結わえてあってお化粧も……って。


「高橋さん?」

「えへへー、どう? 普段の私よりも可愛いでしょ?」


 可愛いというより、綺麗だ。


 細身の彼女に合わせた浴衣は、足のラインを綺麗に描き、スリットの様に見える素足は日に焼けているのにどこか白くて。結わえてセットした髪から覗くうなじが、高橋さんの色香をぐぐっと強め、それらに合わせた濃いめのお化粧が、彼女を別人のように美しく化けさせていた。


 そんな彼女が目を細め笑顔になりながら、浴衣の袖を持ち上げてくるりと回る。

 ほうけてしまう程に綺麗、目を奪われる気持ちがこれでもかって程に理解できた。


「なんていうか、可愛いと綺麗が合わさって、凄い」

「ほれほれー、もっと褒めてもいいんだぞ?」

「そか……えっと、メガネを外した僕並みに別人だね」

「そうでしょそうでしょー? ……ん? それって褒めてるの?」

 

 ケラケラと笑う笑顔は、やっぱり高橋さんのまま。

 いつまでも鳥居にいるのもなんだからと、当てもなく歩き始める。


「しかし、本当にナンパされてるのかと思ったよ」

「上手だった? 下手したら一緒にどこか行っちゃいそう?」

「そうだね……って言ったら、どうなの? 怒るの?」

「うん、怒るよ。ナンパについて行くとかありえないし」

「それ返答に困るやつじゃん」

「あはは、でも、行かないって分かるし。空渡君は、そんな男じゃないって知ってるもん」


 やれやれって感じだな、でも、正解を選べたようで良かった。

 隣を歩く高橋さんは人一倍綺麗で、道すがら何人もの男が振り返って彼女を二度見している。


 ――すっげぇ美人。

 ――男の子も可愛い、なにアレ、芸能人?

 ――撮影とかしてるんじゃないの?

 ――近寄りがたい雰囲気あるわー。


 なんか、色々な声が聞こえてくるけど、まぁいいか。


「信頼されてる様子で何より。どうしよっか? まだ二時間近く時間あるけど」

「屋台とか見て歩きたいかな、今日まだ何も食べてなくて、ちょっとお腹減っちゃったし」


 お腹を押さえながら、さも私はお腹が減りましたよって顔をしてる。

 可愛い仕草だな、あざとさかもだけど、それであっても許せるよ。


「じゃあ、好きなだけ食べていいよ。全部奢るからさ」

「全部奢るって、お小遣いそんなに貰ったの?」

「LIME送ったじゃん、バイトしてるって」


 二週間、定休日の火曜日を除いて毎日出勤したんだからね。

 僕の財布の中にはかつてない程の諭吉さんが座列している。


「うわすご、しかも全部逆さまにしてる」

「こうしてると財布から出て行かないって、母さんに教わったんだ」

「ふっ」

「別に、笑わなくても」

「ううん、相変わらず可愛いことしてるなって思って」


 そういう高橋さんの笑顔の方が可愛いと、僕は思うけどね。

 たこ焼きに焼きそば、綿アメかき氷と、高橋さんはぱくぱくと美味しいそうに頬張る。

 

「そんなに急いで食べると、喉につっかえるよ?」


 適当な場所に座ってもくもくと食べてるけど、高橋さんって結構な大食いなのかも?

 それでいてこんなに痩せてるんだから、体質なのか、水泳が凄いのか。


「だって、美味しいんだもん。大会前は体重増やす訳にもいかないから、コントロール食しかしてなかったし。たこ焼きとかポテトとか、絶対に食べれなかったからなー。あは、美味し………っ、ん、ん!? んんんっ!?」

「言わんこっちゃない、ほら、これ飲んで」

「…………ッッ! っ、ぷはっ、あーびっくりした。たこ焼きって喉に詰まるんだね!」

「噛んで食べてれば詰まらないよ」


 たこ焼きが喉に詰まるとか聞いた事もないよ、熱かったら喉が火傷するかもしれないのに。

 まったく……ん? あれ、高橋さん、飲んだペットボトルを返してくれないぞ。

 どこぞやのCMの様に汗をかいたペットボトルを頬に当てながら、にぃーって口角を上げる。 


「間接キス、しちゃったね」

「……人命救助の場合、大抵のことは許されるから」

「そういう意味じゃなくってぇ。はい、返してあげるね」

「ありがと……なに?」

「ん? いつ飲むのかなって」

「今は飲まないよ」

「間接キスなのに?」

「それは、そうだけど」


 黙ったまま、期待に満ちた瞳でじーっとこっちを見てる。

 飲まざるを得ない。間接キスとか、したことないし物凄い照れるんだけど。 

 もにゃる気持ちのまま、手にしたペットボトルの蓋を開け口に当てて一気に飲み干すッ!   

  

「うひゃー! 凄い飲みっぷりだね!」

「……げっぷ」

「人前でげっぷとかしちゃダメだよー? 私は許すけどね」


 完全にコントロールされてる気がする。

 花火までの残り二時間、一体何をやらされるのやら。

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