三週目の②
なんか、エナのことを聞いてきた高橋さんみたいな質問だな。
じーっと僕を見る国見さんの眼に、無駄に力が入ってるような気がする。
「距離が近いのは間違いないけど、そういった関係じゃないよ」
「そう、なんですか……」
「……あれ? なんだろ、あの子ってもしかして迷子かな?」
僕達の何段か下を歩く、幼稚園児くらいの女の子が泣きながら歩いてる。
応援団の声にかき消されちゃって、誰も気づいてないみたいだけど。
「ちょっと、声かけてくるね」
「あ、あの、私も、一緒に行きます」
近づくと女の子が「ママー!」って叫びながら泣いているのがはっきりと聞こえてきた。
ワンピース一枚、顔を涙でぐしゃぐしゃにしながら、犬の人形を抱きしめて歩く女の子。
後ろで二つに引き詰めた髪、靴はアニメの絵が描かれている感じだけど、名前がないな。
「大丈夫? お母さんとはぐれちゃったの?」
「えぐっ、えぐっ、ママ、ママァァァ!」
ダメだな、完全に大泣きモード入っちゃってるぞ。
どうしようか考えていると、しゃがみ込んだ国見さんが、その子をぎゅっと抱き締めた。
「大丈夫、だよ。お姉さんとお兄さんが、ママを探してあげるからね」
国見さんが抱き締めてあげると、ちょっとは安心したのか。
えづきは止まらないけど、その子は大泣きせずに国見さんの手を握り締める。
「迷子センターとかないだろうから……このまま大会本部の方がいいかも」
「うん、あの、空渡君」
「大丈夫、僕も子供好きだから。お兄ちゃんも手をつないでも、いいかな?」
聞いてみると、その子はウンって頷いてくれて。
女の子の左手には国見さんで、右手は僕だ。
抱きかかえてもいいんだけど、それは拒否られた。
その代わり人形を持たされたから、それなりに信頼はされたのだろう。多分。
「こういう時って、迷子でーすって声出しとかした方がイイのかな?」
「……ううん、もし相手が誘拐犯だったりしたら、危険、だから」
「そっか、僕達じゃ分からないもんね。やっぱり大会本部が最優先か」
国見さん、意外と考え方しっかりしてるんだな。
手をつないだまま大会本部まで足を運ぶと、すぐさま迷子の放送が流れることに。
お母さんがやってきたのは、放送してからすぐの事だった。
「ありがとうございます! もう、メイちゃん、どこに行ってたの!」
「ごえっ、なざいっ、ママ、メイね、あのね」
「もう……本当にありがとうございます。優しいお兄さんとお姉さんに、ありがとうしようね」
「にっに、ねーね、あぃ、がとう、ございましゅ、う、うえぇぇぇぇっ!」
安心してまた泣き始めちゃったかな、でも、お母さんと合流出来て良かった。
放送を掛けるなり大汗をかきながら速攻でやってきたのだから、お母さんも相当に探していたっぽい。
「良かった」
「うん、あの子、また迷子にならなきゃいいけど」
「空渡君って、優しいんだね」
「そう? 迷子を助けるのなんて普通じゃない?」
「……普通。うふふっ、そうだね」
「あ、いけない、そろそろ高橋さんの出番なんじゃないかな」
「本当、急がないと。空渡君も、一緒に応援、しよ?」
え、それって女子の集団に入れって意味だよね?
しかもクラスメイトっぽいし……でもまぁ、拒否する必要はないか。
「うん、分かったって、え?」
「急がないと、間に合わないよ」
ぎゅっと握られた手の感触、背の小ささとかが、どことなくエナっぽい感じがする。
でも、エナはパーマとか掛けてなかったし、あの子は真っ直ぐな直毛だったからな。
国見さんは自然とクセのある毛質だから、やっぱりエナとは違う。
いつでもどこでも頭の中にエナがいる。
こんな事になるのなら、教室で別れを告げた時に追いかければ良かった。
プールの時だってもっと早く気付いていれば、色々と出来てたと思うのに。
次は絶対に失敗しない、そしてエナを見つけたら、僕は――。
★
「凄い凄い! いけー!」
「みえー! 頑張ってー!」
「きゃあああああああああああぁ!」
「わあああああああああああああぁ!」
全員で叫んでの応援って、こんなにも興奮出来て楽しいものなんだ。
全員一緒になって高橋さんを応援して、結果は三位。
高校総体での三位って、相当に凄いことだぞ。
「凄いな、個人で三位って、まだ一年生なのに」
「みえぽん、中学生の時から、水泳ずっとやってたから」
「へぇ、じゃあ筋金入りの人魚姫なんだね」
「……うん、そう、だね」
キラキラした瞳で国見さんは高橋さんを見る。
綺麗に泳ぐ高橋さんは、まさに人魚姫だった。
まだ一年生なんだから、来年には優勝だって狙えるのかも。
他の参加選手は三年生や二年生だから、自然といなくなる訳だし。
でも、そんな勝利を高橋さんは望んでなさそうだ。
なぜなら――――。
「悔しい」
大会終了後、高橋さんは僕を見つけるなり飛びついてきて、そして泣き始めた。
他の部員や保護者の人たちも冷やかしたりはせずに、そのままにしてくれている。
直前まで集団に囲まれながら、笑顔で歩いていたのに。
「絶対、優勝するつもりだったの」
「うん」
「負けるはずがないって思ってた」
「……うん」
「悔しい、悔しいよ……っ」
声を殺しながら泣き続ける彼女を、僕は包み込むように抱き締める。
高橋さんの水泳にかける情熱は、僕の想像を遥かに超えていたらしい。
どの言葉も慰めにしかならない、そして慰めは、今の高橋さんにはきっと不要だ。
★
「急に泣いちゃって、ごめんね」
「いいよ、泣いた方が少しはスッキリするから」
園田君経由で、僕達は電車で帰ると伝え、今は会場の石階段に二人で座り込む。
夏の空といえど、もう八月後半、長かった日も既に沈みかけだ。
燃え上がるような空に数匹のトンボが飛んでいて、どこか涼し気な風が心地良い。
「ねぇ、空渡君」
「うん」
「大会も終わったし、しばらくはお休みだから。残りの夏休み、空渡君と一緒にどこかに行ってもいい……かな」
首から下げた銅メダルを手に持ちながら、高橋さんは僕を見る。
さっきまで泣きはらしていたから、ちょとだけ目の周りが赤くて。
それがまた可愛く見えるのだから、高橋さんって根っこから可愛いんだろうな。
「うん、いいよ。頑張ったご褒美に、どこでも連れてってあげるよ」
「えへ、ありがと。じゃあさっそく明日なんだけど、川沿いで花火大会あるの、知ってる?」
川沿いでの花火大会、小さい頃、両親に連れられて行ったっきりかな。
そこそこに大きな花火大会で、川岸をつないでナイアガラ花火とかあった気がする。
「あるのは知ってるけど、明日なんだ」
「うん、私、ちゃんと浴衣とか着ていくから、空渡君と一緒に行けたらいいなって」
「浴衣か……じゃあ、僕も甚兵衛とか着た方がいいのかな?」
「似合いそうだね、うふふっ、なんか急に楽しみになって来ちゃった」
「さっきまで大泣きしてたのにね」
「もう、それはしょうがないでしょ。イジワルしないでよ」
「あはは、ごめん」
少しでも元気になってくれたのなら、何よりだ。
明日か、何かプレゼント用意しないとだな。
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