三週目と一日②

「最近の屋台ってさ、クジとかどうなんだろうね?」

「どうなんだろうって、何が?」

「ほら、結構前に全部ハズレとか、なんか動画あったでしょ?」


 あったね、出てるの全部購入したら後から追加された有名なの。

 あの動画に負けないくらい賑やかな露天で、沢山の人形を見ながら高橋さんは立ち止まる。

 

「あれから結構対策とかされてるって噂じゃん? 当たりあるのかな?」

「気になるなら買ってみれば? 出してあげるよ?」

「いいっていいって、一回五百円だよ? ジュース三本買った方がお得だよ」

「なら、僕が買ってみよっか。ハズレても自己責任って事で」


 見れば、大当たり云々よりもハズレでも可愛い人形だったから、むしろそれ狙いで。

 最近流行りのちいさくて可愛い奴、それのuasgiが貰えたら最高なんだけど。


「はい、一回五百円ね」

「何が当たるのかな、わくわく!」


 隣で既にニコニコしてる高橋さん、箱の中に手を突っ込んでグルグルと。

 ……ん? 一個だけ、ホチキス止めが違うのがある。

 なんだこれ、コイツだけホチキスが二重になってるぞ?


「よし、これで」

「何が当たったのかな!」


 高橋さん、クジが見たいのか、僕の方にぎゅーっとくっついてきた。

 彼女から漂ってくる香りと夏の空気が合わさって、なんか、凄い良い匂いに変化してる。 

 っていうか密着とか、全然慣れてないし、僕としてもかなり照れる。


 浴衣の隙間から見えちゃいけないような白い何かも見えてるし……裸眼だったら何にも気にせず感触だけ楽しめるんだろうけど、見えるんだよ、コンタクトは。


「開けないの?」


 見上げるように僕へとキラキラした瞳を向けていて。

 こっちの気も知らないで、本当に高橋さんって無邪気というか何というか。


「……開けるよ」

「はよはよ!」


 両手を僕の腕に添えて、今か今かと待ちわびる様はなんていうか……子犬?

 彼女の仕草全部が可愛いと思えてしまうのは、夏のせいなのだろうか。

 ふぅ……と息を吐いてから、ぺりっとクジを捲る。


「……一等?」

「一等?」


 途端、祝福のベルが鳴り響く。

 待ってましたと言わんがばかりに屋台のおばちゃんも「大当たりー!」って叫んでて。

 

「え、え、何が当たったの?」

「きゃー! すごーい! 空渡君、一等だって!」 


 一等なんて見てなかった、どちらかというとハズレの人形目当てだったのに。

 

「はいこれお兄さんおめでとう! 一等の超巨大ぬいぐるみだよー!」

「え、これ!? これ持ち帰るの!?」

「配送とかしてないから、兄さん頑張って持ち帰りなね!」


 嘘だろ、子供一人分くらいの大きさはあるぞ⁉ 

 だって、これから花火見ないとなのに、コイツも一緒に!?

 ちいさくて可愛い奴の白いの、それの超巨大ぬいぐるみ!?


「うわぁ、凄いね空渡君! 最近の屋台って一等入ってるんだね!」

「……う、うん、入ってたね。高橋さん、これ、いる?」

「え? くれるの? それ買ったら何万円もするよ?」

「だって、元々あげるつもりだったから」


 ほうけた顔して、抱えたヌイグルミと、僕とをきょろきょろと。

 

「えー! いいのー!?」

「いいよ、でも、どうしよっか、これ」

「えへへ、袋に入ってるし、持ち歩けばいいんじゃないかな!」

「ちょ、邪魔じゃない?」

「邪魔とかいっちゃ可哀想だよ、怖いお兄ちゃんでちゅねー!」


 抱き締めて頬をスリスリしてるから、まぁ、いっか。

 ありえないぐらいに大きいぬいぐるみ。

 あれ、確か人形をあげるのって重いからダメとか、そんなの前に調べなかったっけ。


「なんか、ごめん」

「へ? なんで?」

「いや、そんな大きいの、どこにも置けないよね」

「……お部屋に置くよ、これだけ大きいと、ベッドかな?」


 ぎゅっと抱き締めながら、にんまりとした笑顔を浮かべて。

 そんなバカでかいの、ベッドに置いたら邪魔じゃないのかな。

 女の子的には、そういうのは関係ないのかも……まだ良く分からないな。


 ――本日の花火大会は、予定通り午後七時開始となります。

 ――大変な混雑が想定されますので、前の人を押さないよう、宜しくお願いします。


 スピーカーから案内が流れると、それまでの人の流れが一斉に花火大会の会場へと変わった。 

   

「僕達も行こうか」

「うん、この子も一緒だから、三人だね」

「そうだね、なんか子供と一緒みたいだ」

「子供かぁ……実際出来たら、どんな子なんだろうね」


 高橋さんの言葉を最後にして、なんとなく沈黙。

 花火に向かう雑踏の中、二人無言のままに歩き続ける。 

 何を喋っても、絶対に意識してしまうと分かるこの空気。


 高橋さんとの子供なんて、運動神経抜群で間違いないと思う。

 目は大きくて、無邪気で笑顔が可愛くて、それでいて甘えん坊。

 僕の視力が遺伝したら可哀想だな、無駄に回転が速い頭は遺伝してもいいけど。

 

「ね、ねぇ」

 

 勝手な妄想に走っていると、高橋さんが僕の袖を引っ張る。


「人が、凄いからさ。……手、握ってくれたり、しないの、かな?」


 大きな人形に赤面した顔をうずめながら、ちょっとだけ空いた手を差し出してくる。

 しなやかに伸びた指先、よく見たらネイルも処理してあって、とても可愛らしい。

 今日の為にどれだけ準備してきたのかな……もしかしたら、これの為に遅れたのかも。


 ――空渡君は見えないかもしれないけど、他の人は見えるから。

 ――そういう所まで意識するものなの。


「……空渡君?」

「……あ、いや、ごめん」


 差し出された手を握るのは、これで二回目だ。

 いや、違う、エナの場合は僕に寄り添いながら歩いてくれたんだ。

 何も見えない世界で、危ないからって。


「なんでもない、会場まで行こうか」


 差し出された手を握り締めると、やっぱり違うんだって分かる。

 高橋さんはエナじゃない、最初から分かっていたことだったのに。

 

「繋いでくれて、ありがと」


 彼女がエナだったら良かったと思う、自分がいる。 

 最低最悪だと分かっているのに、どうしてもそう思ってしまうんだ。

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