二週目

 八月の二週目に突入したものの、相も変わらず僕の姿は美容室にあった。

 家にいても暇なんだもん、高橋さんはずっと練習で忙しそうだし。

 LIMEにバイトしてるって写真送ったら、やたら喜んでくれたけど。


「奏音、ちょっといい?」


 いつも通りに受付をしていると、不意に小夜叔母さんから呼ばれて、バックヤードへと連れて行かれることに。毛染め用の薬剤とか、パーマ液とか色々なものが収納されている傍らで、狭いながらも椅子とテーブルが用意されたこの場所は、従業員のお姉さん方の休憩エリアでもある。


 とはいえ、今は相も変わらずのヘルモードの最中だから、休憩中の人なんか一人もいないはずなんだけど。


 誰だろう? 黒いサングラスをかけた髭が整った男の人がいる。

 正面からじゃなくて、裏から入ったのかな? お客様としては見てないはずだ。 

 「どうぞ」と言われ、案内されるがままに着席する。


「奏音にも紹介するわね、この人、女性総合雑誌のAnyanの記者さんなの」

「Anyanって……お店に置いてある雑誌のですか?」


 スマホ以外では貸出率が結構高い雑誌になるけど。

 へぇ、凄いな、小夜叔母さんのお店ってこんな人まで来るんだ。

 細身でオールバック、雑誌関係者って感じが急にぷんぷんしだしたぞ。


「初めまして空渡君、紹介に預かりましたAnyanの斎藤と申します。実は、折り入って頼みたい事がありまして、今回店長を通して君に会いに来たんです」


 低い声、なのに優しい感じ。

 

「お願い、ですか?」

「単刀直入にお願いすると、空渡君、モデルになる気はないかな?」


 ……モデル? 僕が? 

 驚いた僕をそのままに、斎藤さんは話を進める。


「実はね、今度ウチの雑誌で美容師の特集を組むことになったんだ。最近SNSで話題のこのお店は絶対に外せないと思ってたんだけど、まさかその噂の大元が高校生の君だったとは知らなくてね。店長に聞いたら、そういうのは本人の判断に任せますの一点張りでさ。なに、モデルといっても難しい要求はしない。普段ここでバイトしてる姿を撮らさせてもらえれば、それでいいから」

「え、でも、学校とか、両親とかは」


 バイトしてる事は、もちろん学校には何も言っていない。

 身内だけの話だから、そこら辺はスルーしちゃってたんだけど。

 ちらりと小夜叔母さんを見ると、叔母さんにっこりと微笑む。


「既に姉さんには了解を得てるわよ。学校にも夏休み明けに報告するって。バイト自体禁止してる学校じゃないからね。後は、奏音の返事一つで全部動き出すわよ。私的にはお店の大々的な広告にもなるし、是非ともお願いしたい所なんだけどね」


 既に根回しはされてるって事か、さすがは小夜叔母さん。

 

「それに、もちろんバイト代の他にモデル代も出すわよ? ねぇ斎藤さん?」

「ええ、こちらからお願いするんだ。報酬は約束するよ」


 モデルか……こういうのに参加すれば、エナも驚いてくれるのかな。

 って、エナじゃないだろ、高橋さんにお返しとかの方が優先だろ。

 僕の頭はどうなってるんだ、まったく。


「わかりました、僕なんかで良ければ、是非ともお願いします」


 僕の返事を受けて、大人二人はそれではと動き始める。

 雑誌に載る、これが一体どういう事になるのか、ちょっと予想出来ないな。


  

 水曜日に顔合わせをし、そのまま撮影になるのかと思いきや、実際に機材を搬入しての撮影は、金曜日の閉店後になるとの事だった。確かにごった返した店内じゃ撮影なんか出来ないし、他のお客様が映りこんでしまうのも色々と不味いんだろう。


 そして迎えた金曜日。


 プロカメラマン指導の下、僕は緊張の中、モデルとしての役割を果たすために、精一杯の笑顔を作り続ける。仕草とか腕の角度とか、無駄にハサミなんかも持たされたりして、いかにも美容師っぽい雰囲気だけは出ているに違いない。免許ないけど。


「よし、じゃあお客様役の子を入れますね。国見ちゃん、お願いします」


 国見ちゃん? え、国見ちゃんって、ウチのクラスの? 嘘だろって思い眺めていると、先週カットを終えたばかりの国見愛野が、笑顔でこちらにやってくるじゃないか。 


「うそ、国見さんって、モデルなの?」

「……う、ううん、違う」


 相も変わらずの消えてしまいそうな小さい声、それに顔が真っ赤だ。

 モデルじゃないって、今こうして目の前にお客様役としているのに?


「あ、あのね、先週、店長さんにお願いされたの。絶対に空渡君がモデル引き受けるから、お客様役やって欲しいって。最初は、どうしようかと思ったけど、お客様役なら、いいかなって思って。それに、空渡君と一緒だと、楽しそうだし」


 たどたどしい感じ……緊張してるのかな。

 しかし、先週の内にこの話も動いてたってことか。

 ちらりと小夜叔母さんを見ると、なんかサムズアップしてるし。

 はめられた感が否めないけど、既に引き受けちゃったから、やるしかないか。


 視線を落としつつも、見上げるように僕を見ては、身体を左右に揺らしている国見さん。


 今日の為に服装も整えてきたのだろう、サマーニットに黒い段々が付いたスカートは、普段の国見さんからは想像も出来ない程に派手であり、可愛らしい服装だ。それにヘアアレンジもとてもイイ、多分、小夜叔母さんが直々に施術したであろうカールが効いた髪型は、まさに雑誌のモデル級とも言える。


 逸材を見つけたんじゃないかな? もちろん僕ではなく、国見さんの事だけど。


「国見さん」

「は、はい」

「今日は頑張ろうね」

「――――、う、うん。ね、撮影終わったら、連絡先とか、交換、いい、かな?」

「いいよ、今後も色々と連絡することあるかもしれないし」

「やっ、やった……うん、私、頑張る」


 両手をぎゅっと握って、頑張るのポーズをしている。可愛い。

 モデルとして二人で掲載される事になるんだから、連絡先は知っておいた方がいいよね。


 まさか単なるバイトが、こんな事になるとは思わなかったな。

 それにしても、美容師特集で美容師じゃない僕が参加してもいいものなのだろうか?

 まぁ……そこら辺で悩むのは斎藤さんの役目だろうし、僕は遊び感覚で撮影に望めばいいか。

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