七月

一週目

 七月の第一週の金曜日は、水曜日から始まる期末テストだった。

 先週の一件がなかったとしても、今日の会話練習は無理だったのかもしれない。

 

 月曜日の朝にエナが誰だったのか、なんとなくクラスメイトを遠めに眺めたけど。

 誰一人、僕を見ている女子はいなかった。


 もしかしたら、エナは違うクラスの女の子だったのかもしれない。

 そう思ってしまう程に、分からないままだ。


「あれ? 帰っちゃうんだ?」


 まだ賑やかな教室を出て、一人下駄箱から靴を取り出していると、ふいに声を掛けられた。

 声の主は高橋美恵さんだ、見たところ、彼女も一人で下駄箱まで来たらしい。

 長い髪をお団子にまとめ、首元涼し気にした彼女は、いつかのエナに似ている気がする。


「もう、会話練習は終わったから」

「え? そうなの? なんか、今週元気ないなって思ってたけど」


 高橋さんとはこれといって会話もしてないのに、それでも分かる程に意気消沈してるのか。

 ダメだな僕は、未練がましいにも程がある。

 教室にはエナがいるはずなのに……こんな僕じゃ。


「学校午前中で終わって時間あるし、話ぐらいは聞いてあげようか?」


 誰でもいいから聞いて欲しい、こういった感情って、女子にしかないものだと思っていた。

 でも、今の僕は誰にも言えないこの気持ちを、誰かに聞いて欲しかったんだ。

 高橋さんはエナとの事情を全て知っている、むしろ、彼女にしか話せない。


「……ごめん、助かる」

「いいよ、もしかしたら私が原因かもだし」


 自転車通学の高橋さんと一緒に、学校から少し離れたファミレスへと移動する。

 夏の暑さから逃げることが出来て、レストランに入るなり、思わずふぅと汗を拭った。


「ここね、私の家の近くなんだ」


 着席するなり、高橋さんがこう打ち明ける。


「そう、なんだ。え、大丈夫?」

「大丈夫って、何が?」

「だって、変な噂とか立ったら、高橋さんに迷惑が掛かるもしれないし」

「別に平気だよ。私ってそういうの気にしないから」


 本当かな? 高橋さん、ケラケラと目を細めながら笑ってるけど。

 二人でドリンクバーから飲み物を頂戴して、まだ熱をもった身体を冷やす。

 タッチパネルで適当にポテトとか軽食を注文して、さてとと会話が始まった。 


「それで? 会話練習はどうして終わっちゃったの?」

「……端的に言うと」

「うん」

「前に説明したと思うけど、エナには本命の人がいるんだ」

「あー、それ、聞いた。ということは、その本命の人と上手くいきそうになったから、空渡君は身を引いたって感じなのかな?」


 まだほとんど何も話ししてないのに、もう伝わってしまった。

 黙ったままこくり頷くと、高橋さんは腕を組んで首をかしげる。


「そっか、どういう感じなのかな。実際に見聞きした訳じゃないから、エナちゃんが本当に空渡君を諦めたのかどうなのか、ちょっと分からないかも」

「……本当も何も、本人から言われたんだけど」


 高橋さん、かしげていた首を元に戻して僕を見る。

 

「可能性の問題、実は本命の人なんかいなくて、エナちゃんが私の為に身を引いた可能性だってあるよね」

「いや、それはないと思う。エナから三年生の先輩って、結構具体的な言葉も出てたし」

「そっか……でも、三年生ってだけじゃ分からないよね。他に何か情報はないの?」

「後は、十分遅刻しただけで怒る友達がいるとか、カラコンしてる友達がいるとか」

「うーん、それも結構沢山いるキーワードで、あまり当てにならないかも」

「残るは、今度集まりがあって、その先輩と一緒に遊びに行く、とか」


 あまりエナのプライベートな部分を打ち明けてしまうのは、どうかとも思ったけど。

 でも、エナが言っていたんだ、高橋さんは僕とのことを誰にも話さなかったって。

 エナが言っていた、誰にも話さないでいてくれるっていう安心感は、思っていた以上に強い。


「その集まりって、いつかな?」

「……ごめん、聞いてない」

「それじゃ全然だよ、何にも分からないままだね」


 色々な話をしていたつもりなんだけど、僕はエナのことを何にも分かってなかったんだな。

 改めて思う、エナは本当にしっかりとした子だったんだ。

 あんな子に惚れられる男が、心の底から羨ましい。

 本当に、悔しい。


「ねぇ、空渡君」

「……うん」

「エナちゃんのことをさ、見返してやればいいんじゃないかな?」


 俯いたまま、高橋さんを見やる。


「エナを……見返す?」

「空渡君って、メガネを外すと本当にカッコいいの。それはもう異次元レベルでカッコいいんだよ。だから、思い切ってコンタクトにしちゃうとか、色々あると思うんだ。こんなに良い男を振ってしまったって、エナちゃんに後悔させてやろうよ!」


 エナが後悔とか……するかな。

 なんか、僕が良くなったとしても、笑顔で終わりそうな気がする。


「大丈夫! 私も付きっきりで見てあげるから!」


 でも、エナを見返すとか、後悔させるとかじゃなくて。

 僕がエナを吹っ切るために、必要な事かもしれない。


「……分かった。ありがとう」

「早速今日から……っていきたい所だけど、親に連絡もしてないし、帰らないとだから」

「期末テスト中でもあるしね、来週で大丈夫だよ」

「うん、分かった。じゃあ、来週から宜しくね」


 高橋さんって、本当にいい子なんだろうな。

 水泳部で忙しいはずなのに……来週か。


 コンタクトって、いくらぐらいするのかな。

 バイトとかしてお金貯めた方が良いのかも。


 部屋に引き籠ってるよりも、身体動かした方が気が楽になるし。

 とりあえず、エナに笑われないように、期末テストで良い点とらないとかな。


 ……って、この考え方がダメか。 

 しばらくは抜けないだろうなぁ。

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