二週目と一日①
エナさんとの待ち合わせ場所は、人でごった返したターミナル駅の改札を出てすぐ。
コンサート会場やスタジアムも近いこの駅は、常に人であふれているイメージがある。
繁華街にもいけるし、僕達が目指すショッピングモールだって駅に付随しているくらいだ。
つまり、この駅にいけば、大抵の娯楽は済んでしまう場所ともいえよう。
それだけに、人が多い。
ましてや土曜日だ、平日のそれとは訳が違う。
約束の時間は午前九時半。
映画が始まるのが十時半だから、余裕をもっての待ち合わせのはずなんだけど。
……既に十分遅刻してる。
電車の遅延は放送してないし、単純に寝坊か何かかな。
もしくは、やっぱり土曜日まで僕と一緒は気が引ける、みたいな。
普通こういう時、スマホで連絡したりするんだろうけど、僕達には連絡手段が存在しない。
確認しようにも名前も分からなければ顔も分からないんだから、なかなかに酷い状況だ。
メガネは既に外し、コインロッカーに預けてしまっている。
下手に持ち歩くと付けたくなっちゃうから、今の僕は完全に周囲が何も見えていない状態。
そんなこんなで更に十分が経過……チケットは予約してあるけど。
映画、間に合わなくなる可能性も出てきちゃったかな。
「ねぇ、そこのお兄さん」
……ん? 僕か?
声からするに、エナさんではなさそうだけど。
二人組の女性、一人は薄着の金髪、もう一人は茶髪かな。
「お兄さんカッコいいね、もし良かったら、私達とどこかに遊びに行かない?」
ぐいって近づいてきたけど、良く見えないな。
でも、分かるぞ、これ、多分絵画の販売とか勧誘とかだ。
前に誘われてついて行ったら、なんか意味不明なセミナー受けさせられた事あったし。
「すみません、人と待ち合わせしていますので」
「ずっと見てたよ? もう一時間くらいここにいるじゃん」
「そうそう、こんなカッコいいお兄さんを放置させるとか、きっとろくでもない女なんだって。私達と遊んだほうが絶対楽しいから、一緒に行こ行こ」
ろくでもない女とか、エナさんのことを悪く言うのはどうかと思う。
確かに、既に二十分以上遅刻してるけど。
こういう勧誘はしつこいからな、どうやって逃げようかな。
……っとと? 急に袖を引っ張られたぞ?
「彼、私との待ち合わせなんです。ごめんなさい。空渡君、行こ」
この声は間違いなくエナさんの声だ。
ぼやけた視界でも、風体でなんとなく分かる。
私服……なんだろうけど、白とオレンジの何かにしか見えないな。
「ごめんなさい、ちゃんと早起きしたんだけど、準備に時間かかっちゃって」
「いいよ、大丈夫、待つのは慣れてるから」
「私、いっつも空渡君のこと待たせちゃってるよね。今日だってちゃんと気を付けてたのに」
ぶつぶつ言いながら、僕の服をつまんだまま前を行くエナさん。
重ね着とか、お化粧とか、ヘアアレンジとか、色々としてくれてるのかも。
「もしかして、ちゃんとお洒落とかしてきてくれたの?」
「それは、もちろんするに決まってるでしょ」
「僕には何も見えないのに?」
「空渡君は見えないかもしれないけど、他の人は見えるから。そういう所まで意識するものなの。あ、ほら、急がないと映画始まっちゃうよ」
「急がなくてもチケット予約してあるから。ここから徒歩二十分かからないからね、歩きで大丈夫だよ」
走らなくても大丈夫って知ると、途端にエナさんは内に曲げた膝に手をついて「はぁーっ」と深い息を吐いた。
「初めてのお出かけで遅刻とか、本当最低だよね。ごめん」
「いいよ、僕としても助かったよ。なんか変な人達に勧誘されちゃってたし」
「勧誘……え、あれは単なるナンパだと思うよ?」
「ナンパ? そんなの生まれてからされた事ないけど」
「空渡君、メガネ外してる時ってかなりカッコいいから、無理もないよ」
メガネ外した僕がカッコいい? 自分の素顔なんてもう何年も見てないけど。
お世辞かな、一緒にいても恥ずかしくないんだよって言いたいのかも。
気を遣わせちゃってるな、もっと本当にかっこ良くなりたいもんだ。
映画館に到着すると、やっぱりここも人でごった返していた。
人気映画の公開初日だから、しょうがないのかもしれないけど。
「飲み物とかどうする?」
「途中トイレ行きたくなったら嫌だから、やめとく」
「そだね、じゃあ映画の前にトイレ済ませておこっか」
軽い気持ちで分かれて、とっとと済ませて出てきたものの。
この映画館、人がいっぱい過ぎて、どこにエナさんがいるのか分からないぞ。
あれかな、女子のトイレは長いっていうから、まだなのかも。
適当な壁に寄っかかって、一人ぼやけた視界を眺め続ける。
本当……どうして僕の視力はこんなにも悪くなってしまったのだろうか。
どんどん下がっていって、今や0.01以下だ。
最新のメガネだからビン底って訳じゃないけど、それなりに厚いし。
視力検査するたびに見えなくなっていくんだよな。
将来、車の運転とか出来るのか不安になる。
「……遅いな、もう映画始まっちゃうけど」
映画開始まであと三分なのに、まだ来ない。
トイレにしては長すぎる気がする。
もしかして、中で倒れてるとか?
「あの、すいません」
ん? 僕? また女の人から声を掛けられたぞ。
あれかな、女子トイレの方を見てたから、不審者と勘違いされたのかも。
「映画観終わった感じですか? 良かったら、一緒に感想でも語り合いませんか?」
「いや、僕これから映画観るので、それは」
「あ、じゃあ私も一緒に観ますから、それ終わったらお食事でも一緒に」
え、いま映画観終わったって言ってたよね? 二回連続で見るつもり?
やっぱり勧誘かな、どこかで連絡が入っちゃってるのかも。
引っ張りやすそうなカモがいるから、絶対に連れて来い、みたいな。
「あー! いたー!」
思わず身震いしてしまう程の大きな声。
「もう、どこに行ったのかと思っちゃったよ! トイレ出たとこにいてよ!」
「ご、ごめん、そこの壁にずっといたんだけど」
「え!? そこにいた!? ああ、ほら、映画始まっちゃうから、行こ!」
あれ? エナさん来たら勧誘の人たちがいなくなった。
彼女の大声にまだ心臓がドキドキしてるけど、良かった、助かった。
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