四週目
「空渡君さ、前に高橋さんとお喋りしてたでしょ?」
今日で四回目になるエナさんとの会話練習。
当たり前のように、彼女は僕の真正面一つ奥の席に座って語り始める。
「してたけど、見てたんだ」
「うん、何の内容かまでは聞こえなかったけど」
「美化委員会の話をしてただけだよ。今度校外清掃あるから、ゴミ袋とか手袋の準備とか、そんなのだったけど」
「本当にそれだけ?」
「あとは……世間話的なものもしたかな。音楽の先生が声優さんの声と似てるよね、とか」
「へぇー、凄いね。私はまだ男子とお喋りなんかする勇気ないのに」
机につっぷしたエナさん、今日の髪型はお団子なんだ。
多分、僕が前に髪の長さが見えるって言ったからかな、会う度に毎回髪型が違う。
つまり、僕とは普通に会話するつもりはないって事かな、ちょっとだけ残念。
「多分、エナさんとの練習の成果だよ」
「……私と?」
「うん、ほら、先週エナさん、僕の眼力が凄いって教えてくれたでしょ? あれを聞いて、僕は人の目を見ないで会話する様にしているんだ」
「え、じゃあ、どこを見てるの? 高橋さんと会話してる時、結構ちゃんと見てる感じしたけど」
「目の少し上、おでこの辺りかな」
「おでこ?」
エナさん、額に手を当てて「ここ?」みたいにしてるけど。
「あんまり見えないけど、多分そこであってるよ」
「そうなんだ、おでこか」
「うん、後は会話のテンポとか、話を聞く姿勢なんかも、エナさんとの会話を意識してるかな。エナさんって結構お喋りでしょ?」
「私? そうかな、あんまり自分がお喋りだとは思ってなかったけど」
「あはは、そんなことない、エナさんはお喋りだよ。でも、だからこそ聞きに徹して、どんな返事をどのタイミングですればいいかって、なんとなくコツみたいなのも分かってきたんだ」
エナさんとの会話練習がなかったら、異性との会話なんてどう接したらいいか、分からなかったと思う。共学の学校だけど、男子と女子の間にはやっぱり壁があるし、声を掛ける時には大前提として『嫌われたくない』が存在してしまう。
普通に接してくれれば、異性である前に一人の人間なんだから、普通に返してくれる。
その当たり前の事に気づかせてくれたのだから、この会話練習は僕にとっても大いに役立っているという事だ。
「そっか、私がお喋りか……でも、そうだとしたら、空渡君が話しやすいからだと思うよ」
今度は僕が自分の顔を指差しして、疑問符を浮かべる番だった。
「なんかね、もうこれで四回目になるけど、私との会話練習を誰にも喋ってないでしょ? 他にも、私の一方的な約束なのに、毎回ちゃんとメガネ外して席について待っててくれてるし。なんていうか、甘えても大丈夫そうなオーラが、空渡君からにじみ出てる気がするんだよね」
「男子は基本的に、女の子から話しかけられても甘えられても、嫌がらないと思うよ」
「そんなことないよ!」
エナさん、顔をぶんぶん横に振って否定してるけど。
「話しかけても無視されてたりとか、結構あるし。それにほら、お前みたいなブスと仲良くなりたくない! みたいなのってあるでしょ?」
「……そう、かな? 僕はないけど」
「空渡君はイイ人だからね、そういうの無さそうだけど。でも、私の好きな人は、多分そういうのあるから」
この会話練習の最大の目標が、エナの恋愛成就なんだ。
なんだかんだで約一か月が経っても、まだ意中の人と会話すら出来てないのかな。
「よっぽどカッコいい人なんだね」
「うん、一目惚れしちゃうぐらいに、カッコいいよ」
顔を横に向けている、多分、その人のことを考えているのかな。
「せめて、会話だけでも出来るようにならないとなんだけど……なんか、怖くて喋れないんだ」
「失敗したらどうしよう、みたいな?」
「そうそうそれそれ、嫌われたらもうおしまいでしょ? 残りの高校生活、ずっと後悔しながら生きていかなきゃいけないとか、そんなの耐えられないし」
だったら告白も行動も何もしないで、このまま想い続けているだけにしていればいい。
それが一番傷つかないし、エナもずっとその人が好きでいられる。
だけど、エナは第一歩を踏み出したいから、僕との会話練習なんて方法を選択したんだ。
こういう時に後ろを押してあげるのが、友人としての務めかな。
「大丈夫だよ、エナはちゃんと喋れてる」
「……そう、かな。じゃあ、いきなり告白とかは」
「それはダメだと思う」
「あぅ」
「エナだって知らない人から告白されたら、即で断るでしょ」
「当たり前じゃない、なんで知らない人と付き合わなきゃいけないの……って、なるよね。そっか、まずは会話する所からだよね。分かってるんだけど、きっかけがなぁ」
「きっかけなんて、なんでもいいでしょ。誰かに紹介してもらうのでもイイし、部活で頑張ってるのなら応援でも行けばいいし。何はともあれ、相手に認識してもらわないとね」
それで、エナがその人との恋愛が上手くいけば、僕との会話練習も終了となる。
クラスメイトの男子と一対一とか、絶対に疑われるから。
「色々とアドバイス……ありがとね」
「いいよ、ああ、そういえばなんだけど」
「うん」
「毎回髪型変えてるみたいだけど、あまり見えてないから、してこなくても大丈夫だよ。分け目すら見えてないし、そもそもエナさんくらいの髪の長さの子って、このクラス物凄い沢山いるでしょ? ほとんどがセミロングの子ばかりだから、全然分からないままだからね」
じーっと僕の方を見ているけど、何か不味かったかな。
「別に、正体がバレたくないから、髪型変えてる訳じゃないよ」
「そうなの?」
「……でも、それもあると言えばあるけど。後は、内緒にしとく。じゃあ、また来週ね」
もうそんな時間か、本当に、エナさんと会話練習してると時間が経つのが早いな。
髪型を変える理由か……身バレ以外に、何があるんだろう?
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