三週目
ふと思った。
確か僕は一個だけの約束をOKしたのに、なぜ毎週の約束なのだろう?
ノートを一回写させてもらっただけで金曜日の放課後全てを彼女に使わないといけないのは、割に合わないのではないか。
僕にだって友達と遊ぶ約束とかあるにはあるし、家に帰ってする事だってある。
毎週ではなく、せめて隔週にすべきだと彼女に提案すべきだ。
メガネを外し、決意と共に箱に収納する。
「あ、やっと外した」
メガネを外した途端、教室の隅っこから声が聞こえてきた。
振り返ると、そこには制服姿の彼女の姿が。
「え、ずっとそこにいたの?」
「いたよー? 気付かなかったでしょ?」
ということは、もしかすると彼女は僕の席の後ろに位置する子なのか?
しかし、僕の席は「メガネは前な」の先生の一言で教室中央のやや前より。
後ろというだけでは候補が多すぎてダメだ。
「空渡君ってさ、結構眼力あるよね」
「眼力?」
当たり前のように一つ離れた場所に座って、彼女は会話を始める。
無駄なことを考えてないで後ろを振り向けば、この子が誰だか判明したのか。
というか、眼力ってなんだよ、眼力って。
「メガネかけた時の空渡君の目って、なんか心を見透かしてくる様な気がするんだ」
「へぇ……そうなんだ」
「正直なところ、ちょっち怖いかな。でも、今は全然平気、怖くもなんともない」
多分、褒められてないよね、これ。
むしろ普段の僕は何もしなくとも距離を取られる存在ということか、悲しい。
「ちなみになんだけどさ」
「うん」
「コンタクトレンズとか、してないよね?」
目の前の彼女は、やや引き気味に質問をしてきた。
視力0.01の僕にだって、そういった仕草ぐらいは見える。
「ついさっきまでメガネをかけてた僕が、コンタクトなんかしてると思う?」
「信用はしてるよ? でもさ、ちょっとだけ気になるじゃん?」
「じゃあ、どうやって証明すればいい? 僕はしてないとしか言えないけど」
水掛け論にしかならないと思う、僕はしてない、彼女はしてる。
コンタクトを付けてない証明なんて、出来る訳がない。
そう思っていたのだけど、彼女は立ち上がり僕へと近づいてきた。
「空渡君」
「うん」
「目、閉じてくれるかな」
目を閉じる? ただでさえ見えない僕の目を閉じた所で、一体何が変わるのか。
でも、メガネを外した状態でずっといるのも、実は平衡感覚が崩れて気持ち悪かったりもする。
目を閉じていいのならば、閉じてしまおう。
彼女の言う通りに、すっと瞼を落とした。
すると。
「……え、なに、なにこれ?」
瞼というか、右眼の周りに何か当てられた?
香りでなんとなく彼女が近づいたのは分かるんだけど、なんだこれ?
「じゃあ、右目だけ開けて下さい」
「…………え?」
目を開けると、そこには彼女の目があった。
明るい栗色の瞳が、僕の目をしっかりと見ている。
つまり、いま僕と彼女の距離は、この手の長さ分しかないってことだ。
「……ん、っと」
鼻にかかる彼女の吐息が、距離を無意味に教えてくれる。
じーっと僕の目を見る、僕も彼女の目を見ている訳だから、いま、言葉で表すと見つめ合っているという状況なんだけど。でも、なんていうか、僕の知る見つめ合うとは違う気がする。
これはアレだ、友達に教わった『深淵をのぞく時、深淵もまたこちらをのぞいている』っていうどこかの国の哲学者の言葉と同じ状況なんじゃないか? 意味分からないけど。
「うん、レンズないね、閉じていいよ」
ふわっと目の周りから、彼女の手の感触が無くなった。
慌てて目を閉じるけど、そもそも何も見えないのだからと、そっと瞼を開く。
「肉眼でコンタクトがあるかどうかなんて、そんなの分かるの?」
「分かるよ? コンタクトって微妙に青く光るから、それで判断できる。他にもレンズ自体の淵みたいのが見えたりするから、それでも分かるかな。私の友達とかさ、遊びに行く時にカラコンつけてたりするから、それで知ってたんだ」
「カラコン……へぇ」
「あ、私は付けないから、その情報じゃ探れないよ?」
「別に、探ろうとしてないし」
「そう? そういえばなんだけどさ」
かたんと椅子に座った彼女が、自分のノートを開き始めた。
「私の名前なんだけど」
「え、教えてくれるの?」
「ううん、教えないよ? でも、私を呼ぶときに空渡君、
そんなことを考えてくれてたんですか。
僕は制汗剤の匂いで判断できないかとか、そういう変態思考にちょっと走ってたのに。
分からなかったけどね、大体皆同じようなの使ってたし。
「見えない子ちゃんだから、エナちゃんって呼んでくれたらいいかなって」
「……ミエちゃんじゃないんだ」
「ミエだとクラスにいるじゃん」
「高橋美恵さんか、でもあの子と君……エナさんじゃ、身長とか全然違うでしょ」
「そうだけど、でも、何かの間違いで高橋さんに迷惑かけたらダメだと思わない? っていうか」
「……なに」
「なんで、高橋さんの下の名前まで知ってるのかな?」
ぐっ、言えない。
エナが誰だか知りたくて、ここ最近クラスメイト全員の女子を調べてたとか、口が裂けても言えない。
変態行為だと思うし、気持ち悪い事だと自覚してるし。
それに、場合によってはエナを探る行為自体が、彼女を裏切っている様な気もするし。
「むっふっふー」
「……なに」
「そっかー、いいよ、私の恋愛が上手くいったら、手伝ってあげるからね」
「え、なに、何か勘違いしてない?」
「あはは、照れなくてもいいって。あ、また時間。本当、空渡君と会話してると時間経つの早いね。それじゃ、また来週も宜しくね!」
ぱたたたたって教室からいなくなったけども。
無駄に勘違いされたままだから、次回訂正しないとだな。
……次回、あれ? そういえば僕って、何かをエナに言うんじゃなかったっけ?
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