第7話

 クラブ「モンタナ」を後に、私とスーツの男を乗せた車は、サンフランシスコ市庁舎を右手に見ながらベイエリアへと向かっていた。


 夜が明けつつあるのだろう。


 湾の水平線が白み始めている。


 男が運転席に、私が後部座席に座っていた。


 銃は上着のポケットへしまってある。


 バックミラー越しに視線が合うと、男は苦笑して言った。


「そう怖い顔をするな。俺の仕事はお前をボスのところへ連れて行くことだけだ。それより、銃が暴発してあの世行きってのだけはゴメンだぜ」


 車はやがて、ベイエリアの外れにある中華料理店のビルの前で停まった。




 男に案内されたのは、二階のホールだった。


 豪奢なアラビア絨毯の敷き詰められた広い室内には、アンティーク調の椅子が三脚、三角形を成して並んでいる。


 壁の隅には、龍の飾りがついた中国ランタンが淡い灯を点していた。


 椅子の一つにはジェシィが座り、対角に位置する椅子で痩せぎすの男が一人、葉巻を燻らせている。


 エディ・バニヤーだった。


 屈強な男が二人、その脇を固めている。


「ずいぶん手こずったようだな、ジャック。おかげで娘さんと有意義な話ができた」


 バニヤーはひょろっとした長身を格子柄のスーツに包んでいた。


 髪は相応に白い。


 ナイフで抉ったような頬に、眼光が鋭かった。


「すみません、ボス。こいつ、銃を持ってやがるんで」


「その銃を取り上げて、こっちへ来い」


 バニヤーが命じると、脇の二人が銃を抜いた。


 むろん、こんなところで撃ち合うつもりはない。


 私がポケットから銃を出しジャックに渡すと、二人は銃をしまった。


「さて、掃除屋くん」と、含み笑いを浮かべてバニヤーは言った。「まずは、そこへ掛けたまえ。立ち話は疲れる」


 私は勧められるまま残っている椅子に腰を下ろした。


「別に話などない。大事な預け物を受け取りに来ただけだ。無事で良かった、ミス・フロリアン」


「いったいどういうこと。説明して」


 メイクを落とし、普段着に着替えた彼女はやはり若く、ステージで見るよりずっと小柄だった。


「あんたの隣に座ってる男がモンタナを手に入れたがってる。ブリュエット氏に頼まれて、僕が店を守ることになった」


 みなまで聞かず、ジェシィはバニヤーを睨みつけ、


「このゲス野郎!」


「フム、大分口の悪いお嬢さんだな。私も大切な来賓に無礼なマネはしたくない。が、そっちの出方次第で考えんこともない。店を渡すか娘が死ぬか、二つに一つだ」


 バニヤーは顎を突き出した。


「よく考えろ」


 私は椅子の上で脚を組んだ。


「考えるも何も、ハンデが多すぎる……取引に応じると言ったら?」


「駄目!そんなのあたしが認めないわ!」


 ジェシィが怒鳴った。


「フランクに伝えて、あたしに構わず店を続けろと。それから、あんたにも頼むわ。あたしが死んだら、こいつの首を墓の前に持ってきてちょうだい!」


 言うなり、立ち上がってバニヤーの顔面へ平手打ちを食らわせようとした。


 いい動きだったが、脇の男に押さえつけられた。


 立ち上がろうとした私を、もう一人が銃で制した。


 バニヤーはジェシィの顎へ手をかけた。


「生意気な口がきけるのも、生きていればこそだ。私の温情に感謝するんだな」


 平手打ちが飛んだ。


 すっかり殺気立っている。


「大事な取引の道具を、簡単には殺さん!」


「女を相手に意気がるのはよせ。見てるこっちが恥ずかしいよ。それより、取引について詳しく聞かせてもらおう」


 バニヤーは振り返った。


 目の奥にあった光が消えている。


「今夜7時、ベイ・ブリッジで店の権利書と引き換えに娘を返してやる。橋の両端から、娘と権利書を持ったブリュエットを中央へ向かって歩かせる。こっちは娘に男を一人つける。権利書が本物かどうか調べる必要があるからな。ただし、そっちはブリュエット一人だ。橋の上は暗いから、互いにライトを持つことにしよう。それぞれ目当てのものが手元に届いた時点で取引終了だ」


「たかが紙切れ一枚と人質の交換に、大げさなことだ。映画スター気取りかい」


 私は立ち上がった。


「話はよくわかった。帰ってブリュエットさんに伝えるよ」


「リック、ソニー!」


 バニヤーが脇を固めていた男達へ指を鳴らした。


「使いのジャックがずいぶん世話になったようだ。そいつを少しばかり痛めつけて放り出せ。ブリュエットへの見せしめだ」


 連中は命じられた以上の事をした。


 ジェシィの悲鳴を最後に、私の意識はどす黒い泥沼へと引きずり込まれていった。

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