第4話

「モンタナ」は、ここサンフランシスコでも近頃評判のナイトクラブだ。


 持ち主のフランク・ブリュエット氏は、店と同様好感の持てる人物だった。


 グレーの髪と、澄んだ灰色の眸。


 礼節を重んじ、穏やかな物腰を兼ね備えている。


 照明の落とされた薄暗い閉店後のフロアで、私は彼と差し向かいに座っていた。


 一階のカウンターにほど近いテーブルだった。


「さっき、奴らが来ましたよ」


 私が言うと、ブリュエット氏は瞠目して肯いた。


 2日前に依頼を受けた時より、明らかにやつれている。


「一悶着ありましたが、とっ捕まえて今は表の車にいます」


 私はテーブルのジョッキをつかんでグイッと傾けた。


 冷えたビールが、汗ばんだ身体に心地良い。


「その後、連中からは何か?」


「いや」


 ブリュエット氏は首を振った。


「このところ鳴りをひそめているようだ。何を企んでいるかわからんだけに、気が気じゃない」


「待ってるだけじゃ埒があかない。この機会にケリをつけましょう」


「ぜひ、そう願いたいものだ。二週間後にはレコードも出る。それまでには万事片づけておきたい」


「私も彼女のファンですから」と、私は微笑んだ。


「ところで、そのジェシィはどこです?」


 ブリュエット氏は腕時計を見た。


「さっき店の者に家まで送らせたよ。もう着いてる頃だ。明日はプロモーションの打ち合わせがあると言っていた」


「そうですか。一人にしておくのは危険だ、今からサムを向かわせます」


 私が立ち上がると同時に入口のドアが開き、サムが男を連れてきた。


「グッドタイミングだ」と、私は黒人の肩を叩いた。


「今からジェシィのところへ行ってくれ。交渉には俺が一人で……」


 言いかけたのを男の笑い声がかき消した。


 ブリュエット氏がギョッとして顔を上げ、サムは銃口をその背中へ押しつけた。


「それには及ばねえ。今頃、女はボスの手の中さ」


 顔面蒼白になったブリュエット氏は、テーブルの上で両手を固く握り締めていた。


 私は男へ向き直った。


「どういう意味だ」


「血の巡りが悪いな」と、男が嘲笑する。「俺が一時間で戻らなきゃ、別のヤツが女を押さえる手はずになってる」


 時計を見るまでもなかった。


「彼女に電話を」と、私が言うより早く、ブリュエット氏は椅子を蹴って立ち上がり、事務所へ飛び込んで行った。


 私は男の襟をつかんだ。


「ジェシィをどこへやった?」


「だから後悔すると言ったろう。まだ遅くない。女の命が惜しけりゃ、俺と一緒にボスのところへ行くんだ」


 ブリュエット氏は事務所から出てくると、泣きそうな顔で首を振った。


「ダメだ。誰も出ない」


「ほら見ろ。嘘じゃなかろう」


「取引きってのはこれか。よし、わかった。望みどおりにしてやる」


 サムの表情が険しくなった。


「一人じゃ危険だ。俺も行く」


「いや、お前はブリュエットさんを守ってくれ。連中の狙いは店の権利だ。大事な人質を傷物にはしないだろう」


 私はサムから拳銃を受け取り、男に合図をした。


「さてと。ボスのところへ案内してもらおうか。お前が運転するんだ」


 男の背中へ銃口を向けたまま、そう言って後ろを歩いて行った。


 不意に呼び止められ、私は立ち止まった。


「やはり、こんなことになってしまった。厄介事に巻き込んで申し訳ない」


 そう言って静かに頭を下げたブリュエット氏の身体が、小刻みに震えている。


 今にも爆発しそうな感情を、理性で必死に抑えているのがわかった。


「あなたのせいじゃないですよ。それに……」


 私はブリュエット氏に片目を瞑ってみせた。


「厄介事なら私の商売だ」

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