第3話

 かけ布団を胸に握りしめたまま固まっていると、夢穂の隣に寝ている何かが眉間に皺を寄せ、もぞもぞと身体を動かし始めた。


 やがてゆっくりと身体を起こすとともに、ぴょこんと立ち上がる頭についた二つの三角状の物体。

 犬か猫か、獣の耳に似たものに夢穂が目を疑っていると、シーツにあぐらをかいたそれは頭を掻いて豪快にあくびをした。

 流れるような長髪を後頭部で結ったそれは、侍のような和服を着ており、上は漆黒、下の袴は帯を含め髪に近い色をしている。

 おまけにその腰の辺りから、ふさふさとした太い筆のような尻尾が揺れているのが見えたものだから、夢穂はいよいよ目がおかしくなったのかと瞼を擦った。


 しかし幻覚でもないそれは消えてくれるはずもなく、ぱちりと切れ長の目を開いて夢穂を見た。


「……誰だ、お前」


 言おうとしていた台詞の先を越されてしまい、夢穂は開いた口を魚のようにぱくぱくさせた。


 夢穂が言葉を発する前に、静かな廊下から誰かが急いで走ってくる音がする。

 そしてそれが止まると同時に、襖が大きく開かれた。


「どうしたのですか夢穂!」


 廊下から現れたのは、十年前、夢穂を迎えに行ったあの僧侶だった。

 朝食を作っている最中だったのだろう、黒い法衣に白の割烹着姿の彼は、手に木目調のしゃもじを持っていた。

 太陽に照らされた坊主頭がつやつやと光っている。


「こ、これは私のせいじゃなくて、朝起きたら勝手に」


 僧侶が来たことに気づいた夢穂は焦って弁解を始めた。

 まさか嫁入り前の娘が男、もしくは雄、を寝所に連れ込んだとあれば大変なことになると思ったからだ。

 しかし、今回ばかりは夢穂の杞憂に終わる。


「……影雪えいせつ?」


 僧侶は細い目を大きくしながらつぶやくように言った。

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