第4話

 そしてしゃもじを放り出すと、大股開きで部屋に入り、人か獣かわからないものに近づいた。


「おお、やはり影雪ではありませんか! なぜここに……おやおや?」


 僧侶は影雪と呼んだ彼の顔を両手のひらでがちりと掴み、遠慮なしにその左頬を凝視した。

 黒水晶のように神秘的な瞳の下、頬に沿ってしずくのような黒い粒が三つ、続いていた。


「ほほう、雪のような涙のような、風情のある通紋つうもんですねぇ、まさか同時代にもう一人これが現れようとは……吉報か、それとも不吉な予感か……」


 影雪の白い頬を大福を潰すかのようにぺたんこにしながら、何やらぶつぶつと独り言を並べる僧侶。

 やられている本人は、何を語るでもない目でされるがままになっている。

 

「お兄ちゃん、知り合いなの?」


 蚊帳の外にいるような気分になった夢穂は、納得いかない様子で尋ねた。

 すると僧侶はようやく影雪を離すと、夢穂を振り返った。


「ええ、古くからの、ね」


 含み笑いをする僧侶に、夢穂は思い当たることがあった。


「もしかして、別世界の……?」

「当然でしょう、こちらの世界にこんなのがいたらみんなびっくりしますよ」

「人……獣?」

「あやかしですよ。人ならざるもの、とはいえ、獣ではありません。ねえ、影雪」


 影雪はあぐらをかいたまま、確かめるように僧侶の顔をじっと見ていた。


「……お前、業華ごうかか?」


 僧侶は一瞬真顔になったのち、にこりと微笑むとこう答えた。


「ええ。三年ほど前に会って以来ですね」


 影雪は少し不思議そうに首を傾げた。


「お兄ちゃんが別世界とこの世界を移動できることは聞いてるけど、それ以上のことは知らないからちんぷんかんぷんだわ。詳しく説明してよ」

「そうですね、とりあえずは朝餉あさげにしましょうか。せっかくの白米が冷めてしまいますので」

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